序 その2

「ねえ、歩? 」

「わ、びっくら寿司」

 突然、視界の外から声を掛けてきたのは小学校の頃から付き合いのあるカンナだった。カンナは、少女漫画の登場人物の様な、ザ・乙女な外見をしていて特に中学に上がってからはより主にその傾向が強くなった。完全に第二次成長期を味方に付けている。

 そんなこんなで、いつしかカンナと並ぶと周囲に「宝塚コンビ」と呼ばれるようになったがあまりその理由は考えたくない。アタシだって年頃だもん。

 カンナはふわふわした少し亜麻色に染めた長髪を靡かせるとアタシに向かい合う様に前の席に座って口元に手を当てて顔を近づけた。


「歩てば、最近早乙女君の方ばっか見てるよね? てか、放課後とかも後を付けたりしてるよね? 好きなの? 」

 ぎくぅと胸の中間に刺し込むような痛みが走った。

「ば、ばばばばっば、だだだだ、んなわけないでしょーが! 」

 クラス中の視線が何事かとアタシに集まる。それを察したカンナはすぐに声のトーンを明るくして「ごめーん、だよねー歩は、どっちかっていうと、王子様だもんねー」と何事でもないかのように振る舞った。為、クラスの関心は直ぐに中和される。

 アタシはカンナの両肩を引き寄せると。

「へ、へへへへへへ、変な事言わないでよ~カンナ~」と鼻がぶつかりそうな程顔を近付けて彼女に抗議した。

「そ、そ~? 早乙女君、確かに恰好は変だし何言ってるか解んないけど授業真面目だし、女子にも優しいよ? 」


「じゃ、じゃあ、アンタはあいつを恋愛対象として見れる⁉ 」

 その問い掛けには「え⁉ 」と驚いた様に大きな目を更に大きくして。

「う~ん」と、顎に色鉛筆の様な指を当てて天井を眺めていた。


「ほら、でしょ⁉ そもそも在り得ないでしょ⁉ アタシがあいつを見てるのは、あいつがクラスに良からぬ悪事をはたらこうとしてないか監視……」


「白馬付きなら……アリかも」

「嘘やん⁉ 」

 カンナのせいで、ちょっと調子が狂ってしまった。

「――ッッ⁉ 」

 しまった。少し目を離した隙に、あの漆黒の鎧騎士は姿を消していた。即座に教室中を見渡すが気配すら残っていない。

 ――アタシとしたことが!

「ねぇ~。歩、今日帰りにサーティにアイス食べに行こうよ」

 だというのに、カンナはのほほんと平和な乙女100%な会話を継続している。

「ごめん、カンナ‼ 」へぇっ?? と、驚いて間抜けな声を挙げるカンナを背に、アタシは廊下に躍り出る。

 首がバッバッと、正拳突きが如き空気を裂く音を鳴らしながら左右を確認する。大丈夫、あんなに目立つ格好だ。すぐに見つかる。

 が――。奴の速度が速いのか。カンナに気をとられていた時間が長かったのか。

 いや、或いは……アタシの監視に気付かれていた⁉

 だとしたら、この振り切られた今の現状は危険だ。遂に彼が本性をさらけ出す可能性がある。

 とりあえずアタシは玄関に向かって駆けた。50M6・4秒の足は並みの男子にだって負けない‼

 ――馬鹿‼ こんな闇雲に走ったところで到底見つけれる偶然性になんて頼っていたら手遅れになる‼ 学園の安寧が奪われてしまう‼


「歩、もし視界が遮られた……そう例えば暗闇で敵と対峙した時。

 頼るのは勘と己の肌だ」

 アタシの脳内に、父親の言葉が木霊した気がした。

 実際は、こんなセリフ聞いた事無いし、もしそうだったとしてもそんな都合よく状況が訪れるなんて出来過ぎだし。


 だけど、それ以外に頼れない時。人はおっそろしい事だがそれを実行しちゃう。

 アタシは、両眼を閉じると息吹を行い、まずは自分の呼吸音と動悸音を軽減させ、そして神経を集中する。


「……そっちか‼ 」

 アタシは、二段飛ばしで階段を駆け上がると踊り廊下のドアを勢いよく開いた。

「ひぃぃっ」

 ドアの傍に居たと思われる初老の男性教師が頭を抱えて驚いた。世界史の小沢先生だ。

「すみません」しかし、相手にしている時間は今のアタシにはない。何故ならばこの学園の平穏が脅かされる危険性があるのだから……!

「……いない? 」

 信じられなかったが、どうやら相手は気を制御しているのかもしれない。アタシが読み外すなんて……。


 ――そう、諦めて俯いた時だった。

 その遥か下方、玄関へと姿を消したのは見間違おう筈がない。


 アタシは、脱兎の如く駆け出していた。

「ひひひひぃいいい‼ 」

 階段の所で再び先程の初老男性を追い越した。ごめんなさい学園の危機なんです。


 丁度、階段を1階まで降りた目の前は玄関だ。

 最後の数段を勢いそのままに飛び降りるとその勢いを抑える為、右手を用いた3点着地で行ったがそれ故に「バシンッ」と大きな音を立ててしまった。

 その為こちらは予想出来ていた意中の相手との対峙。その相手に構えの時間を与えてしまう事になった。

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