「ちょっと~、歩。さっきの授業前なんで早乙女くんと一緒に遅刻してきたの~? 」

 くねんくねんと腰を左右に揺らしながら終業のベルと同時にカンナが駆け寄って来た。

 自分の名前が呼ばれた事に反応したらしい。横の方から「ガッシャン」と重厚な金属音が聴こえた。

「なんでもないよ。たまたまトイレから戻ったら早乙女くんと鉢合わせしただけ」

 彼の真意に気付いている事を悟られてはいけない。アタシは出来るだけ穏やかにつくった笑顔を向けた。

「え? え?? えええ?? な、なんで、そんなにたおやかなの? 歩じゃないみたいだよ~」


 放課後。

 ホームルームが終り、ざわざわと生徒達が退室している時。背後から「ガッチャンガッチャン」と金属音が近付いてきた。

「あ、愛生さん。もし良かったら一緒に」


「あーー‼ いっけない! 先生に用事頼まれてたーー‼ 」

 完璧だ。完璧な自然を模倣した演技‼ 野生世界だったら究極の擬態と並ぶ最強の高等技術の護身であろう。


 そうして、教室を出ると玄関へ向かう階段の反対側の曲がり角にアタシは素早く身を隠した。思わず、興奮と緊張で「ふーふー」と鼻息が荒くなる。

 おやおや出てきた。出てきた。この平和を乱す邪悪の権化め‼


 そうして、全神経を集中してたから――。

「ねえ、歩~さっきのなぁに~? 」

 背後からの素人であるカンナの気すら感じ得れない。

「な……‼ 」驚きのあまり、時間にして数秒――彼から目を離してしまった。

「わざとらしすぎて、カンナ鼻水でちゃったじゃ~ん」

 ――しまった‼

 慌てて視線を戻すが、最早そこには禍々しいその姿はない。


「カンナ‼ 」廊下に響く大声。怯えた様に背筋を伸ばしてこちらに罪悪感を与える様な反応のカンナ。

 無理‼ 説明を上手く行える自信ない。


 アタシはカンナの手を掴むと、階段へ走り出した。

「ぎゃあ‼ 痛い‼ 歩‼ 」


「走って‼ 」そんな悲鳴をかき消すようにアタシは叫んだ。

 無茶な提案だ。解ってる。でも、カンナに合わしてたら間に合わなくなっちゃう‼

「歩‼ そんなに引っ張られるとあたし、パンツ見えちゃうってば‼ 」

 ごめん、カンナ。せめて今日のは男子が喜ぶような良いパンツである事を祈ってる‼


 そうして肩で息をしながら用務員室のある1階。

 そこで既に異変は起きていた。


「はぁはぁ……?

 なぁに? みんななんで集まってるのぉ? 」 


 そう、不自然な程に生徒や教員が廊下の一か所に集まっているのだ。

 1階隅のそこにあるのは……。


「用務員室‼ 」叫ぶと同時にアタシは駆けだしていた。


「桜井さん‼ 」

 目の前で倒れていた男性にアタシは叫び名を呼びかけた。


「う……あ、あゆむちゃん……」

 桜井さんは後頭部を押さえながらアタシに最期の無念を伝えようとしているのだろうか?

 アタシは駆け寄ると、その両手をしっかりと握った。

「桜井さん‼ 喋っちゃ駄目‼ アタシが必ず仇は討つから……‼

 だから……安心して空から見守っていて……‼ 」

 思わず、自分の台詞の熱さに目頭が熱くなってくる。


「……? あ、あゆむちゃん? いや、そうじゃなくて」

 桜井さんはフラフラと立ち上がると近くに居た教員を呼んで、用務員室へ招く。

「実は、少し部屋を離れていて戻った時に数名の男子生徒が用務員室の鍵を開けて侵入していてね……

 情けない話だが、それを注意した時に突き飛ばされてしまってその際に後頭部を床に打ち付けてしまってね……さっきまで気を失っていたんだ……そしてそこをあの……鎧の……早乙女くんか、彼に見つけてもらって介抱してもらっていたんだ。人を呼んでくれたのも彼だね。

 だけど、その時に――あゆむちゃんと彼から預かっていた仔犬がその男子生徒達に連れていかれてる事が解って……

 いかんあゆむちゃん、そうだった。彼は一人で仔犬を助けに行ったんだ。

 ご覧の通り、あの子達は加減を知らないやんちゃ小僧だ。早く行かないと……彼の身に」


 ある程度、この急展開――理解した‼


「カンナ‼ 桜井さんをお願い‼ 」

 アタシが立ち上がると「相手の子、殺しちゃダメだよ‼ 歩‼ 」とカンナが心底心配した声を挙げた。

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