第3話 意外な場所

東京駅は帰省客と旅行客が入り乱れ大変な混雑だ。到着するのは夕方になる。東京から行くと、九州の中でも長崎は意外と時間がかかる。息子はこんなに長い時間電車に乗るのは初めての経験だ。退屈するかと思ったが、とどどきジュースを飲みながら、ずっと外の景色を興味深げに眺めていた。

 長旅ではあったが、グリーン車は快適だった。

 長崎へ着くとまずホテルへチェックインした。ホテルは新地中華街駅から比較的近いやや高級なホテルだ。ホテル内のレストランで食事をして部屋へ戻った。息子は余程疲れたのかすぐに寝てしまった。

 父親はホテルのロビーに置かれていた観光案内MAPをもらい、それを見ていた。


(出島からスタートするのが無駄のないコースか…)


 出来れば歩いて回りたいところだが、6歳の子供では難しいだろう。


(観光用の自転車を借り、それで回ろう…)


 改めて観光MAPを見ながら、


(出島はもともとキリスト教の布教を阻止するために作られた、人口の島だったよな)


 人差し指でMAPの出島をパチンとはじいてみた。紙の乾いた音がした。


 大学受験は日本史を選択した。随分と昔でうろ覚えだが、たぶん間違いない…


 平和公園と原爆資料館以外は徒歩圏内だ。自転車なら1日あれば余裕で回れるだろう…

 少し広めの範囲で息子に負担のかからない程度にゆっくり回ろう…


 翌朝、父親はホテルのスタッフにマイクマについて尋ねてみた。隼人君は何を買いに出たのか覚えていないそうだから、お店の特定はできない。


「たぶん、個人商店か小さな地元スーパー、あるいは雑貨屋さんだと思うんです。今はもうないかも知れません。20年前にはあったようですが…」


 フロントのスタッフは心覚えがないとの返事だった。古い話ならと昔からのスタッフにも訊いて下さるとも言ってくれた。


 レンタサイクルの場所をホテルのスタッフに聞き、自転車を借り、最初の出発地である『出島』へ向かうことにした。


 本来なら出島の中へ入る必要はないがせっかく来たのだから観光も兼ねた。

6歳の息子はさして喜んでもいないが、将来、何かの思い出になればよいと思っている。


 中を観光して、周りを自転車でゆっくり回ってみる。今のこの辺りに住宅地は殆ど残っていないようだ。それでも20年前の様子はわからない。もしこの辺りだったとしても隼人君にわかるだろうか…そんな不安が頭をもたげる。だが、それはやってみなければわからいことだ。


 父親が隼人君に話かける。


「少しでも気になる場所や思いがあったら、遠慮なく陽介と変わってな」


「うん」


 隼人君が返事した。回りを走ってみたが、隼人君は何の反応も示さなかった。


 その後、昼食をはさんで、オランダ坂・大浦天主堂・グラバー園と、その周りをまわってみた。昔から住んでいそうな方や商店の方にご両親の名前やマイクマというお店がなかったかどうか随分と尋ねた。だが皆の答えは一様に同じだった。隼人君にも特に変化はなかった。もともとが見切り発車だったのだから、簡単にわかるとは思っていない。


 時間はまだ午後2時だが、6歳の息子の体力を考え、ホテルへ一旦戻ることにした。

 だが、情報は思わぬところから入ってきた。今朝ほどのスタッフが声をかけてきた。


「今朝ほどのお話ですが、ちょっとよろしいですか?」


「昔から働いているスタッフが気になる事を申しておりましたので、今呼んでまいります」


 フロントのスタッフは別のスタッフを呼びに行ってくれた。

 現れたのは55~56歳の背筋がピシッと伸びた紳士的なスタッフだった。名札には赤波江と記されている。珍しい苗字で、たぶん、これも長崎県特有の苗字なのだろう。そのスタッフは私の情報が合っているかどうかはわかりませんが、と前置きをした後、


 住宅地図を取り出すと、ある地点を指差し、


「私はこの近くの出身なのですが、昔、ここに小さなスーパーがありまして、何て名前の店だったかは思い出せませんが、経営者の方が毎熊さんという苗字で、よくご近所では毎熊さんに買い物に行ってくるね、って言ってました」


(なるほど、店の屋号ではない可能性もあるのか…)


 ただ赤波江さんが指さした場所は観光地とは全く違う場所だった。これだと隼人君の言っている場所とは符合しない。


「ありがとうございます。ただこの場所ですと修学旅行生は来ないですよね」


 すると赤波江さんはさらには少し離れた場所を指さし、


「今は無くなってしまったのですが、ここに大型バスを何台も止められるお食事処があったんですよ。修学旅行生も結構来てましたよ」


(そうか、そういうことか…観光地とは限らないのか…)


「黒木準一さんと良子さんのお名前に心当たりはありませんか?」


 父親は少しせぐように尋ねた。


「いや、申し訳ございませんが、そのお名前には心当たりがございません」


 しかし貴重な情報だ。


 矢も楯もたまらず、父親はタクシーで息子とその場所へ向かってみることにした。



 意外な場所 完

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