第2話 出発前夜

父親は急いで長崎市内のホテルを3泊予約した。ゴールデンウィーク期間中にもかかわらず、予約が取れたのは幸運だった。


 出発前夜、陽介はすでに就寝していた。今回は親子2人旅になった。母親はゴールデンウィーク中にどうしても外せない予定があったからだ。


「あなた、長崎のどこへ行くつもりなの?アテはあるの?」


「修学旅行で行く長崎といえば、出島・平和公園・原爆資料館・グラバー園・大浦天主堂・オランダ坂あたりだろう。修学旅行は半分、学習も兼ねているからな。俺たちもそうだった」


「あら、あなた九州へ行った事があるの?」


 妻には初耳だった。


「高校の修学旅行で行った。7泊8日だったかな?確か佐賀県以外は全部行ったと思うが…楽しかったのを思い出したよ。観光地でふざけて走り回って他の観光客とぶつかって、先生からメチャクチャ怒られた記憶がある。それでも懲りずにやったな。たぶん、多くの人に迷惑かけたんだろうな…」


反省するように呟いた。そしてさらに続けた。


「長崎だとオランダ坂と原爆資料館が特に思い出に残っている。オランダ坂の途中に大学があった。観光地なのになんで?と思った…原爆資料館はいろんな意味で衝撃だったな…」


「そうだったの。でもあなた何か楽しそうね」


「息子と2人旅なんて初めてだからな」


 親子3人で旅行したことは何度もある。でも息子と2人旅は初めてだ。


「その意味じゃ、隼人君に感謝かもしれないな…」


「でも…」


 母親は真顔になった。


「わかっている…まず場所が長崎と決まっている訳じゃない…確率は長崎が高いと思うが、隼人君がそう言った訳じゃないからな…」


(今わかっていることは、ご両親の名前・マイクマという商店らしき名前の店が近くにあること・修学旅行生らしき学生が来るような場所の近く、の3つだけだ)


「それにもし本当にご両親を見つけた時、どうするか…そこが一番の問題だな…」


「そう」


 母親は大きく頷いた。


「ご両親にこの事実を伝えて信じてもらえるかどうか。仮に信じてもらえたとして、果たして前世の息子さんと話をしてみたいかどうか…隼人君の記憶はいずれ陽介から消える…一生、話ができる訳じゃない…辛くなるだけなんじゃないか…見つけられなければ、その方がいいのかも知れない…そんな気もする…」


「だからあなた、探しに行くなんて言わなければ良かったのよ」


「そうだったな…行きがかり上、つい言ってしまった…」


「まぁ、そこがあなたの良い所なんだけどね…」


 長崎までは新幹線で行く。本来なら飛行機の方が早いがさすがに飛行機の予約は一杯だった。新幹線のグリーン席しか空きが無かった。


 翌朝、父親と息子はスーツケースを転がしながら、新幹線で長崎へ出発した。



 出発前夜 完 続く

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