前世の記憶から引き出された真実

ゆきもと けい

第1話 プロローグ

 東京近郊に住んでいる家族のお話である。

 

 今日はそこに暮らす男の子の6歳の誕生日だった。

 お父さんとお母さんは、テーブル上のケーキに立てた6本のろうそくに火を点けた。

 子供は母親の横に座り、父親は母親の正面に座っている。


「陽介ちゃん、お誕生日おめでとう」


 横を向き、母親が嬉しそうに言った。


「おめでとう」


 父親もニコニコしながら言った。


 だが男の子は少寂し気な表情を浮かべている。


「どうしたの?」


 母親がちょっと心配そうに覗き込んだ。


「パパとパパがいたらいいのにな~」


 父親と母親は顔を見合わせ、

(この子は何を言ってるんだろう…)


「陽介ちゃん、何を言ってるの?ママもパパもここにいるじゃない?」


 母親が怪訝そうにに言った。


「違うよ。本当のパパとママだよ」


 両親は再び顔を見合わせた。


(本当のパパとママって?)


 少年はさらに続けた。


「それに僕の名前は陽介じゃなくて隼人だよ。黒木隼人…」


「何言ってるの?」


 母親は子供が言っている意味が全く理解できなかった。


「ちょっと待てよ…最近TVで前世の記憶とかやっていたけど…」


「冗談でしょう…」


 楽しいはずの誕生日祝いがとんでもないことになろうとしていた。


 父親は恐る恐る少年に話しかけた。


「黒木隼人君はいくつなのかな…」


「ちょっとあなた…」


 父親は母親の言葉を手で制した。


「6歳。今日が誕生日なんだ」


「そうなんだ~いつ生まれたのか言えるかな?」


 少年が口にしたのは今から20年ほど前の同じ日だった。


「でも今日、僕は死んじゃったんだ」


 父親と母親は又、顔を見合わせた。


「どうして?」


 今度は母親が尋ねた。


「お使いに行く途中で車とぶつかったんだ…それでだと思う…」


「どうしてぶつかったの?」


「う~んよくわからない」


 少年は首を横に振った。


 どうやらすべての記憶があるようではないようだ。断片的なのか、あるいはある部分だけを覚えているのか…

 しかし、これだけでは前世の記憶とは言い切れない。TVやゲームの場面がごちゃ混ぜになっている可能性もある。特に子供はそういうものだ。父親はもう少し訊いてみることにした。


「パパとママの名前はいえるかな?」


「パパは準一でママはよし子…かな…」


(なるほど、父親の準に近い一文字を使って隼人か…)


「どこに住んでいたか、わかるかい?」


「う~ん、わからない」


「さっき、お使いに行くと言っていたけど、どこへいくつもりだったのかな?」


 もし前世の記憶なら、何かヒントになるものがあるかも知れないと思ったからだ。


「マイクマ」


「マイクマ???」


「ママとの買い物はいつもそこに行ってたんだ」


 父親はノートパソコンを取り出し、マイクマとカタカナで入力してみた。

 どうやらマイクマは毎熊と書き、長崎県特有の苗字らしいことが書かれている…コトクマやツネクマと読む場合もあるようだ。

 陽介がマイクマを知っている筈がない。

 もしこの話が本当なら、近所のスーパーか個人商店の屋号だろう…

 ついでに黒木の苗字も検索してみた。珍しい苗字ではないが、宮崎県で一番多い苗字だということがわかった。

 しかし、これだけでは、仮に長崎県だったとしても場所を特定するのは殆ど不可能だろう…


「隼人君、もう少し、わかることはないかな~」


 少年は目を閉じて首をうなだれるようにしながら、


「坂が多くて、僕、毎日自転車が大変だった。あと、家の近くには高校生みたいなお兄さんやお姉さんがいつも一杯いたかな」


 坂が多いのは長崎の特徴だ。それに高校生がいつもいるということは、有名な観光地の近くなのではないだろうか?とすれば、修学旅行で行く長崎の観光地といえば、おのずと限られる。


 隼人君の言ってることはおそらく本当だろう…話に破綻がない…6歳の子供が今の話を作り話で話すのは無理だろう…前世の記憶…陽介の記憶の中に、隼人君の記憶が残っているのは間違いなさそうだ。


 父親は前世の記憶についてパソコンで検索してみた。

前世の記憶は年齢を重ねるごとに薄れていき、10歳くらいまでにはすべて記憶がなくなると書かれていた。しかし、前世の記憶については何ら科学的に立証されるモノではいないことも…


 20年前に6歳で亡くなったとすると、両親は今60歳前後ぐらいか…

 存命であろう…


 来週からゴールデンウィークで5連休になる。どうせ何も予定がない。


「隼人君、君の記憶が正しいかどうか、ご両親を探してみるかい?」


「ちょっとあなた、何を言い出すの?」


「いいじゃないか、どうせ暇なゴールデンウィークだ。楽しい冒険旅だよ」


 隼人少年は嬉しそうに頷いた。


 陽介は普段どおりの陽介として存在しているが、隼人君の記憶も引き出せる陽介も存在する。


 だがこちらから隼人君に話しかけない限り、自ら進んでは現れなくなった。


 父親と陽介は隼人君の為に、長崎へ旅行してみることにした。ちょっとした親子旅の始まりである。



 プロローグ 完 続く


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