互助会


 今日、祖母を送る。


 九十を迎えてからは寝たきりだったが、95歳の大往生だ。

 本人は、もっとずっと生きる気で、いたと思う。逝く数日前に、枕元で桃を剝いて食べさせてやっていたら、こんなことを言っていた。

『学ちゃんの子どもも、ばあちゃんが面倒見るからねぇ。心配しなさんな』


 気丈な祖母は、目を細めてとろけるように笑う。


 祖母のその笑みは、どんな時にも俺を安心させた。いわゆる精神安定剤の効果を持つ。

 母子家庭の俺は、学校でよく虐められた。祖母は、仕事に出ていた母さんの代わりに、学校に乗り込んで行くような強い女性だった。

 泣いている俺にはとろけるような笑顔を向け、教員やいじめっ子の親には般若の顔を向けていた祖母。そんな祖母が、大好きだった。


『学ちゃんのいいところは優しいところ。誰隔てなく優しくできるところ。誰かに優しくするのは簡単なようでいて、なかなか難しいことなんだよ。だから、それをなくしたらいけないよ』


 俺は、祖母に言われたことを守って生きてきたつもりだった。だが、情けないことに、五十を過ぎても尚、ばあちゃんに心配をかけている。


 最後まで心残りな孫でごめんなぁと、髪や化粧の済んだ祖母の顔に語りかけた。

 有終の美を飾った祖母は、眠ってるみたいに優しい顔をしている。

 祖母は、あまり手を入れなくても綺麗だったのだと納棺師が言っていた。さすが、ばあちゃんだなと密かに誇らしげな気持ちになる。


「あの、すいません、孤独死でも、互助会の積み立ては使えるんですか?」


 俺の隣で泣いていた母が、ふと、納棺師に質問した。

 昨夜、冷たくなったばあちゃんと並んで寝ている時に「母さんのことは送ってやれるから大丈夫だよ」と、俺が言ったからだろう。

 母が言っている孤独死は、誰でもない俺のことだ。


 五十も半ばを過ぎたというのに、トトロより崩れた体型をしている俺には彼女すらいない。

 エンジニアという職業は問題ないのだが、問題は在宅ワークというところだろう。

 パソコンがあれば、場所に関係なく仕事ができるので、自然と機材が揃っている自室の作業が中心となり、徐々に外出することが減っていき、仕事以外はゲームと動画視聴と飯と間食が生活の重要な核となった。もちろん家族交流もだ。

 スーパーでパート勤めをしている母は、仕事帰りに食料をわんさか買ってくる。

 おれに食べさせるためだ。

 祖母は、たくさん食べて強くなりなさいと薦めてくる。

 その結果がこの崩れトトロだ。けど別に、母や祖母を恨んじゃいない。


 誰のせいでもない。

 俺が好きで食べたんだ。


 一応運動もしてみたけど、もう手遅れだった。

 膝や腰が体重に耐えられないんだ。心臓を始めとした臓器にも負担がかかるということで、医者にかからないと痩せられないことが判明した。

『ばあちゃんが服縫ってやるから、元気出しな』

 サイズが合わなくて着る服がないと落ち込んでいた俺を、祖母は明るく励ましてくれた。

 白内障が進んだ目と、震える手で俺のズボンを繕ってくれた。

『できたできた。正式な場で学ちゃんが困らないように、黒にしたよ。引き締まって見えるからカッコいいよー』若い頃に洋裁を学んでいたという祖母の腕は、大したものだった。

 今日も、祖母が縫ってくれたズボンを履いてきている。履き心地は抜群だ。


「互助会のカードがあれば大丈夫ですか? こちらで葬儀してもらえますか?」

 必死の形相の母。

 やっぱり俺は、母にも心配をかけてばかりの不甲斐ない息子なんだと、ちくっと胸が痛んだ。


 俺はエンジニアになる前は、普通のサラリーマンだった。


 二十代前半。もちろん普通体型だ。

 新卒で入社できた某電気会社は、日本でトップスリーに入るほど有名なブラック企業だった。

 俺は、そこで三年働いたが、最終的には精神を止んで退職。

 早い話がドロップアウトしたのだ。

 半年程、カウンセリングにかかり引き蘢りながら自問自答の日々を送った。


 全て自分のせい・・

 自分のせい・・自分のせい・・なのか?


 ミスをしたわけでもないのに、ある日突然職場の上司に忌み嫌われるのも、四面楚歌になって晒し者にされるのも、全部自分のせいなのか?


 俺は優しくあろうとした。それなのに、偽善だと言われた。

 思いやりは相手を選ばないと伝わらないのだと、学んだ。

 自分しか主観に据えない相手に、いくら尽くしても無駄なのだ。

 それどころか、仇となって返ってくる。一度そうなったら最後、これでもかこれでもかと、あらゆる手段を駆使して虐め抜かれ、大勢の前で見せしめのように、給料袋を掲げて不条理な正義で裁いてくる。

 無実の罪を被せて責めたてる。まるで、戦後の東京裁判だ。

 雇用主という盾を持つ彼らに与えられた権限は労働契約上のことのみ。

 人はそれをパワハラという。

 逆らっても耐え続けても、バカを見る。

 雇用主と直近たちに胡麻を擦れる者と、受け流すことができる者のみが生存を許される、小さな国。


 柔らかく受け流すことができなかった俺は、やはりダメな人間なのだ。


 優しくあればいいということじゃない。


 しなやかな強さがなければ、いけなかったんだ。


 俺は、カチカチで柔らかさなんて微塵もない。体も堅い。情けない。柔軟性を身につけたい・・

 そんなこと鬱々と考えて過ごすうちに、失業手当ての支給期限が残り僅かになってきた。

 そんな状況でも、祖母と母は、いつもと変わらずに接してくれる。

 俺が、無職でいることに自責が沸いて謝る時など、大丈夫大丈夫、焦らなくていいから、学ちゃんのペースでやればいいよと、とろけるような笑顔を向けてくれる。

 けれど、調子のよくない祖母は入退院を繰り返していたし、母も歳をとって以前のようにはフルタイムで働けなくなっていた。俺は、そんな現実を見なければいけないのだ。


 二人に、いつまでも甘えているわけにはいかない。

 生きるには金がいる。


 しっかりしろ!


 いつまでも過去に踞っていないで、自分の存在している場所をよく見渡さなければいけない。


 俺のやるべきことは、なんだ? なんだ? なんだ?


 俺は、パソコンを立ち上げ、ネットで見つけたプログラミング教室に即刻申し込んだ。

 そこからは、猪突猛進。プログラミングを猛勉強して、国家資格をいくつか取ると、エンジニアの道に踏み出した。

 後悔はない。むしろ、常に家族の近くにいられる最良の選択だったと思っている。

 お陰で、祖母も介護できたし、最後まで看取ることができたんだ。

 俺は、これからもずっと、このスタイルを貫くつもりでいる。

 そうすれば、母に介護が必要になった場合も自宅介護ができるし、送ってやることが可能だろう。その後のことは・・

「俺は、確実に、孤独死だな」

 いつだったか、祖母を寝かしつけた後、母と二人でサスペンスドラマを見ている時だった。

 被害者が殺されて、長期間放置されてしまったので、腐敗が進み、指紋や人相がわからなくなったために捜査が難航しているような場面だったと思う。

 なんの気なしに口にした俺の言葉で、母の笑顔は吹き飛んだ。

「母さん、やだよそんなの。あんたが、一人ぼっちでなんて」

「嫌って言っても仕方ないだろ。俺はこんななんだから」俺は笑いながら麦茶を傾ける。

「痩せなきゃ。がんばって痩せるのよ」

「うん、まあ、がんばってはみるけど」そんなことを言う側から、スナック菓子を摘む。

「母さんが買ってきてくれた、これ、おいしいね。いつも、ありがとう」

 片手で肘を抱いた母は、まったくもうーと眉を八の字にして深い溜め息をついた。

「あんたは、そんなだから、いっつも強く怒れない」

 母は祖母譲りのとろけるような笑いを浮かべた。


 納棺師は困っているようだった。

 当たり前だ。部門違いだから、わからないのだろう。

 俺は、尚も食い下がる母の肩を、もういいよと押しとどめた。

「よくないよ。大事なことじゃないの」

「あとで、葬儀の担当の人に聞けばいいよ」

 申し訳ございませんと謝る納棺師を手で制して、祖母を納棺した。

 元々小柄だった祖母は、更に軽くなっていて、その少な過ぎる体重が悲しかった。

「この棺、いい色だね。季節先取りだけど、ばあちゃんが好きな紅葉柄にして、よかったね」

「そうね。母さんもこれがいいな」母は棺の表面の紅葉の刺繍を撫でながら言った。

「じゃあ、そうするよ」

 出棺前、霊柩車の運転手と共にトイレに行った母を待っていると、背後から話しかけられた。

「恐れ入ります。先程の互助会に関してのご質問なのですが・・」

 ああ、はい、と俺が振り向くと、ブラックスーツ姿の女性が、手にしたファイルを捲っていた。納棺師が、母の問いを葬儀担当者に伝えたらしいのだ。

「御身内がいらっしゃらない方ですと、知人や専門家といった受任者と、財産管理委託契約を結んでおくのが一般的です」

 年齢不詳の女性は、すらっとしたスタイルと、後れ毛一つないきっちりとまとめた髪が引き締まった小さな顔を引き立たせている。白い肌に奥二重のキレイな目が特徴的だ。そこまで観察して、俺は首を捻った。

 アレ・・この人、どっかで、会ったことあるか?

「ご本人様の年齢や状況によって契約の内容も変わってきますが、亡くなった後を心配されているようでしたら、死後の届出や葬儀手配、遺品整理などの作業を受任者に委託する契約、死後管理委託契約を結ばれてみてはいかがしょうか?」

 資料を見せながらテキパキと説明するその女性の顔を食い入るように凝視していた俺は、あ!と声を上げてしまった。

 女性は話すのを止めると、俺の次の言葉を待っている。

「あ・・いえ、すみません。なんでもないです。どうぞ、続けてください」

 よろしいのですか? と確認してくる女性に、何度も首を縦に振った。思い出したのだ。

 この人は、俺が辞めた前職の会社で受付嬢をしていた女性だ。まだ若かった当時の彼女は、上品さに生花のような瑞々しい美しさを兼ね備えた会社のマドンナだった。社長を始め上役からも気に入られていた彼女は、後々は社長秘書または社長の愛人にでも抜擢されるのではないかと様々な噂が絶えなかった女性。どうして葬儀屋でなんて働いているのか。

「互助会が適用されるのは、お亡くなりになった後、死後事務委託契約内でですので、受任者様が決定した後に、受任者様を交えて、事前に当社で見積もりの打ち合わせを行っていただければと思います。その際に・・」

 よく見ると、彼女の目元には皺が幾本もついている。涙袋がふっくらとした咲き立ての花のようだった受付嬢の時代にはなかったものだ。彼女の苦労が忍ばれた。左手には結婚指輪をしていたが、幸せ、なのだろうか?

「また、行政のサービスとして、エンディングプランサポート事業という取り組みがありますので、そちらも合わせてご検討してみてはいかがでしょうか? もし、そちらをご利用されるようでしたら・・」

 葬儀屋という職種上、笑顔よりも微笑みなのだろうが、それにしても彼女の表情に見え隠れする憂へはなんとしたことだろう。色々と聞いてみたい気もしたが、彼女は以前の職場での俺の存在を知らないだろう。そして、分け隔てなく笑顔を向けてくれる彼女に密かに抱いていた俺の憧れについても知ることはないのだ。

 母が戻ってきた。トイレの水の出が悪く、苦労したのだという。それを聞いた彼女は一礼するとトイレに向かった。

「今の誰なの?」母は興奮して聞いてきた。

「互助会の担当の人だよ」と、俺が答えると、なぁんだ、そうなのと肩を落とす。

「学ちゃんのお嫁さんになってくれたらいいなと思ったのに」などと、おかしなことを言い出す。

「なに言ってんだよ、母さん。あの人、既婚者だよ。それに、俺こんなだから、」

 俺がいくら説明しても、母は上の空で、ひたすら彼女が消えたトイレの方を未練がましく眺めていた。

 出棺の時間だ。

 七月終わりの炎天下の中、祖母を乗せた霊柩車は、火葬場へと向かった。

 俺は、吹き出てくる汗を拭い拭い運転しながら、彼女の名刺をもらっておかなかったことを思い出した。

 まぁいいや。どのみち、清算がまだだから、その時にいたら、もらっておこう。あくまで、互助会担当者としてだ。

 エアコンの温度を下げてふと見ると、母は、陽光が反射して眩しい窓の外を食い入るように眺めている。

 自分が死んだ時に通る道順を覚えてでも、いるのだろうか。

 俺と違って、標準より痩せ形の母は、強過ぎる夏の日差しの中に溶けてしまいそうだ。そこはかとない不安が過り、不意に胸が詰まった。

「母さん」

「なんだい?」母は窓から目を離さずに答えた。

「ううん・・なんでもないよ」

 母がやっとこっちを見た。いったい、なんだっていうのよ? と詰め寄ってくる。

 俺は、ちょっと安心する。いつもの母だ。

「俺、がんばって痩せるよ」だから・・そこから先を、言葉にすることはできなかった。

 火葬場に到着したのだ。

 祖母を納めた棺が降ろされて、窯の前にセットされる。いよいよだ。

「最後のお別れを」

 そんなこと言ったって、祖母にはもう触れられないじゃないか。

 棺の天窓から見るキレイ過ぎる祖母は、既にどこか違う次元にいる人のようだった。

 まるで、この天窓が数分間だけどこか別世界と繋がっていて、そこで眠っている祖母を見ているような、そんな妙な感覚だった。


 ・・ばあちゃん


 俺は、心の中で祖母に話しかけた。

 こんなの、祖母に届くかなんてわからない。でも、


 ・・俺、最後まで心配かけてばっかりの、情けない孫で、ごめんな


 向かい側に立っている母は、なにも言わずに、ハンカチで忙しく目元を押さえている。

 俺は、そういえば、今日は一滴も泣いてないことに気付いた。

 きっと、昨晩で涙が切れたんだ。それか、全部汗に変換されちゃったか。

「よろしいですか?」

 俺たちが頷くと、天窓が閉じられ、窯の口が開いて、祖母が入った棺が中に吸い込まれていく。そうして祖母をすっぽり納めた窯の口は閉じられた。

「では、個人様のご冥福をお祈りいたしまして、合掌!」

 俺たちが合掌をした瞬間、点火の静かな音がした。


 ダメだった。


 俺は、両手を顔に当てて、泣きじゃくりながら祖母を呼び始めた。

 驚いた母が慌てて俺を抱いて押さえようとしたが、俺はしっかりと閉められた窯の口に手を伸ばして叫び続ける。

 業火に焼かれる祖母を想像するだけで、地獄の苦しみだった。


 ばあちゃん、俺、やっぱダメだわ。

 骨になった、ばあちゃんなんて嫌だよ!

 この世からばあちゃんの体がなくなっちゃうなんて、俺、耐えられないよ!


 ばあちゃん!

 ばあちゃん!

 ばあちゃん・・!


 俺は、結局、焼き上がるまで窯の前で踞って泣いていた。母は、丸まった俺の背中を撫でて、ずっとあやし続けた。

「学ちゃん、ばあちゃんのお骨、拾える?」

 すっかり骨になった祖母が出てきた。

 俺は、再び慟哭を上げる。

 骨になってしまったら、もう取り返しがつかないじゃないか。

 汗と涙でビショビショになった顔を擦って、湿った袖で鼻を擦りながら、俺は母と一緒に祖母の小さな骨を拾った。

 俺の目から落ちる大きな涙が、祖母の骨を濡らしていく。

「お孫さんにこんなに愛されて、幸せなおばあさまですなぁ」

 静かに様子を見守っていた年配の火葬技師が、微笑みながら顎を撫でた。

「時代、ですかねぇ。祖父母が死のうが、親が死のうが、ペットが死のうが、ちっとも感情が動かない方が増えていますからねぇ」人間らしくて立派なことです、と何度も頷いた。


 人間らしい?

 立派?

 この俺が?


 家族以外、初めて面と向かって褒められたので、いささか気が動転してしまった俺は、祖母の骨を一つ取り落としてしまった。


 祖母が入った小さな骨壺を抱いて、帰宅したのは夜だった。

 クーラーを強にしてから、先に逝っている祖父の位牌と隣り合わせで、位牌と骨壺を並べる。

 仏壇が、一気に窮屈そうな見た目になったが、祖母は大好きだった祖父と一緒のところに行けて、きっと喜んでいることだろう。


 若くして戦争で亡くなった祖父の写真は、俺より遥かに若い見た目。

 爽やかな笑顔を浮かべた、なかなかの色男だ。

 子どもの頃には、祖父を兄だと勘違いしていた。

 俺もいつか兄のようにカッコいい男になるのだと、信じて疑わなかった。

 そんな淡い記憶を思い出して、ふっと笑いが漏れる。


 結局、カッコいい男には・・なれなかったなぁ。


「ご飯にしましょ」出来合いだけど、と母が先程寄ったスーパーで買った値引きシールの貼られた寿司や総菜を食卓に並べた。

 いつもなら、真っ先に食卓に着くのだが、どういうわけか、足が動かなかった。

 なぜか今夜は空腹を感じられないのだ。


「母さん、俺、ちょっと散歩してくるよ」


 母は一瞬怪訝そうな顔をしたが、気をつけてねと送り出してくれた。


 半月がかかった蒸し暑い夏の夜だった。

 俺は、垂れてくる汗を拭いながら、せっせと足を動かす。

 時折すれ違う通行人が眉間に皺をよせて俺を見た。口の開き方は、うわー。

 もう慣れっこの光景だ。今夜は特に酷い顔なのだろう。

 俺は足を前に出すことに集中する。


 左右、左右、左右、左右・・


 汗が、体中から溢れ出る。汗製造機みたいだ。

 それにしても、汗なんて、いくらかいてもちっとも痩せないもんだな。

 汗をかくってことは、新陳代謝が上がっているってことなのだろうが、燃焼させるべきものが多過ぎて、恐らく間に合っていないってことなのだろう。

 脂肪。

 贅肉。

 痩せなきゃな。

 だが、

 俺が、もしダイエットに成功してスリムになったら、彼女ができるやもしれない。ややもしたら、結婚に行き着くことができるかもしれない。ふと、彼女の顔が浮かんで消える。いやいや・・

 だが、そうしたら、孤独死は回避できるだろうから、母さんの心配はなくなるな・・でも、

 それで安心した母さんは、思い残すことなく逝ってしまうかもしれない。

 俺の世話を焼けなくなって、急にボケてしまうかもしれない。

 それでも、俺は母さんの介護をするんだ。見捨てたりなんて絶対にするものか。

 最後まで看取るんだ。そうか、

 そう考えたら、やっぱり俺はこのままでいたほうがいいのかもしれんな。

 俺は歩みを止めた。

 それから、踵を返して来た道を戻り始めた。


 母さんが待っている家に帰らなくてはいけない。

 帰ったら、母さんと一緒にご飯を食べるんだ。

 ばあちゃんとじいちゃんにも、線香を焚いて、ご飯をあげないと。


 俺と母さんの暮らしは、こうして続いていく。


 母さんが先に逝ったら、俺は、孤独死をするのだろう。

 だが、それがどうした? なにを恐れることがある?


 今が幸せなんだ。

 それが全てだ。


 彼女に名刺をもらうのを忘れないようにしないと。

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