第9話 渦中の宿望
「よーし、それじゃあ帰ろう!」
必要な物をかごに詰めた僕達はカートに乗せてショッピングセンターを出る。
「元気ないよ神谷」
「ずっと動きっぱなしなのに何でそんなに元気なの」
僕は疲労困憊なのに橘はまだまだ元気そうで思わずそう言う。
「いろんなボードゲームも回収出来たし今日は寝かさないからね」
「……気合いを入れないとな」
「一人じゃボードゲームとか出来なかったからね。やりたいものがたっくさんあるんだから!」
橘は眩しい笑顔でそう言う。本当なら油絵を描こうと思っていたがしょうがない。
「負けないよ?」
「へへ、罰ゲームを考えておかないとだね」
橘は嬉しそうにそう言うと早足になる。
「ちょっと待ってー」
「早く早くー!」
僕は楽しそうにはしゃぐ橘の後ろを気合でついて行った。
「さてと、一息ついたことだし始めようか」
ピンク色のもこもこなパジャマを着た橘はそう言ってオセロを机に置く。
「オセロに自信はある?」
「いや、友達と遊ぶぐらいしかやってない」
「私は全くしたことがないや」
橘はそう言って駒を興味深そうに見る。
「あ、でもルールはさすがに分かるよ」
橘はそう言って中心に白と黒の駒を交差するように置く。
「それじゃあ始めよう!」
一回目は様子見というこで罰ゲームはなしでオセロを開始する。僕は即決した場所に駒を置いていくが橘はゆっくりと考えながら置いていく。
「遅くてごめんね」
「いや、僕が考えてないだけだから」
「そう?結構嫌なところに置いてくるけど」
「一応角は取られないように置いてるからね」
元々僕は考えるのが苦手なわけではない。絵も計算の上で成り立っている。描く順番や色合いを考えて後の自分に迷惑をかけないようにする必要がある。
「橘は何を考えて駒を置いてる?」
「神谷の駒をどこに置かせるか考えてるよ」
「なるほど?」
橘の言葉を聞いて僕の思考は角を取らせないことから昇華して角を取ることにシフトする。
「ここかな」
「う、まずいな」
橘はそう呟くと顎に手を当てて考え込む。
「あ!これなら」
顔が明るくなった橘は嬉しそうに駒を置く。
「ふむ」
僕は少し考えた後駒を置くと橘は一変して険しい表情になる。
「……しょうがない」
橘は渋々という顔で駒を置いた後僕は角を取る。そのまま形勢は変わることなく僕の勝利となった。
「も、もう一回!」
「うん。もう一回やろう」
身を乗り出す橘にそう答えると僕は駒を元に戻す。
「……橘?」
橘の動きが見えないので顔を上げると何とも言えない顔でフリーズする橘がいた。
「ど、どうかした?」
「え、あ、な、何でもない」
橘はそう言うと素早い動きで椅子に座って下を向く。
「黒は譲るよ」
「う、うん」
それから特に会話はなく駒を置く音だけが響く。今回は五分五分の展開で考える時間が多く手持ち無沙汰な時間が多いがその時間が心地いい。
橘は考えるとき顎に手を置いたり椅子に両手を置いて盤面を見下ろしたりする。暇になると駒をクルクル回したりタワーを作ったりして時間を潰している。有利になればニコニコでこっちを見てくるし不利になったら不満そうに唇を尖らせる。
「あ、あのさ。さっきから見すぎじゃない?」
「あ……ごめん」
「否定しないの?」
「否定したくても出来ないから……」
僕がそう答えると橘は俯いたまま静かに立ち上がる。
「ちょ、ちょっとトイレ」
橘はそう言うと勢いよくリビングから出ていく。
「……やらかしたなー」
あんまり見ていた自覚はなかったが言われてみればドン引きするほど見ている。頭を抱える僕はふと視線を横に向けると今朝描いたデッサンが飾られている。
「我ながらよく描けてるな」
でも僕は満足していないことを自覚する。それは技量の問題ではなくひとえに描きたりないという感情だけだった。まだまだ橘の表情を描きたいと思っている。
「キモイよな僕」
神谷がそんなことを思いながら頭を抱えている時橘は廊下で体育座りをしながらブツブツ呟いていた。
「何で逃げたの?」
橘はそう口にする。別にトイレに行きたいわけではない。ただ神谷の目から逃げたかった。あの目から逃げたかったのだ。
「……大丈夫、大丈夫」
目というのは多くの情報を発してしまう。興奮から嫌悪感まで多種多様で偽ることは難しい。神谷の目は今まで見た人の中でも一番まっすぐだ。デッサンの時は集中して真剣、バク転している時は興奮や不安が、水着を選んでる時は好奇心、そして私を見る目は優しさがある。
「はぁー、ふー」
気を遣ったり居心地悪そうにされないことがこんなに嬉しいことだとは思わなかった。
「よし、もう大丈夫」
橘はそう言って息を吐きだすと神谷のいるリビングに戻った。
「ふぁー」
「眠そうだね」
「ま、まだまだ起きれるよ」
橘は目を擦りながらそう言う。
「今日はこれで終わりにしてまた明日やろう」
「……神谷がそう言うなら」
オセロが始まった時は僕がダウンするかと思ったが先に限界がきたのは橘だった。そして勝負が終わると僕達はベットに潜る。
「おやすみー」
橘はそう言って寝室の電気を消すと静寂が訪れる。
「……寝れないな」
しばらくしても寝れない僕は静かに寝室を出てリビングに行くとキャンバスと向かいあう。そして鉛筆で下書きをしていく。
「この絵はお前に捧げるよ
僕には人生の中で最も影響を受けた絵が三枚ある。一枚目は儚さと神聖さを、二枚目はどす黒い嫉妬心を、三枚目は純粋な喜びを表現した絵だ。そしてその内にの二つは
美術科は男子の割合が少ないこともあって授業で話すことが多かった。そして最初の課題で事件が起こった。課題は木を描いてくるというもので僕はネットや公園などでサンプルを集めて雄大な一本の樹を描いた。これは一切の自惚れをなく言えるが僕の絵の腕前はクラスの中でもトップクラスだった、実際にクラス全員の前で比較されるからだ。
「お前と比較されるまでは天狗でいられたんだけどな」
僕は緑と茶色と青を基調にして樹を描いたが伊吹が描いてきた木は赤と青と紫を基調にして描かれた奇抜な絵だった。クラス中が困惑した目を向けていたが僕は目を奪われた。
計算された絵ではないと思った。でも赤と紫で木を描き青で葉っぱを描いているのにまとまっている。手前には虫を描いて遠近感がある。その絵はどこか神秘的で儚さを纏っていた。
生まれて初めての衝撃だった。僕が知らない、僕には描けない絵だった。敗北感が胸を渦巻いていくのを感じた。
「とりあえず一つ追いついたな」
世界が終るという非日常を経験したということには目を瞑ってもらおう。下書きを終えて僕は色を入れていく。黒を基調に僕が見た外の風景を描いていく。そして出来た風景に白と黄色でハイライトを入れていく。
「天使や悪魔を描くのは宗教上の理由だと思っていたんだけど、違うんだな」
僕は天からの光を受けてた綺麗な白い羽根の天使が差し出す手にボロボロの黒い羽根の堕天使が手を伸ばすのを見てそう口にする。本当の絶望の中で眩しく辺りを照らす人を表現するには天使や女神を描く以外の選択肢がないのだ。
「タイトルは渦中の宿望」
崩壊した世界での希望と儚くて神秘的な絵を描くという望みの二重の意味をかけてみる。
「悪くないタイトルだろ伊吹」
僕はそう言うとソファーで倒れるように横になるとそのまま眠りにつく。久しぶりに嫉妬や不安を感じずに安らかな気持ちで寝ることが出来た。
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