第8話 ファッションセンス
「次は服を探そうか」
「うん、そうしよう」
ホテルには僕用の服はなく橘が着る予定だった物を使わせてもらっている状況だ。
「あ、そうか。半袖しかないよな」
服屋に入った僕はそう口にする。第三次世界大戦が起こったのは夏で今は日光が届かない都合で冬のように寒い。
「上に羽織るものと組み合わせないとだね。センスが問われるよ?」
「普段はグレーの長袖ばっか着てるんだよな」
汚れてもいい服以外着てこなかった人間にセンスなんてあるわけがない。
「それじゃあファッションセンス対決をしよう」
「話聞いてた?」
「今回選ぶのは汚れてもいい服じゃないからね」
聞いた上での提案らしい。
「自分と相手の服を一種類づつ考えてくること」
「あんまり期待しないでよ」
「罰ゲームは相手が指定した服をどんな服であれ着るってことで」
「聞いちゃいない」
「それじゃあ開始!」
橘はそう言うと服を探しに行く。
「僕も探しに行きますか」
僕はそう呟くと適当に歩き回る。そこには女性用のスカートやワンピースが置かれている。
「これを着せられる可能性があるのか?」
気づいてしまった僕は思わずそう口にする。別に差別をするわけではないが男性用の服を女子が着るのは耐えるがその逆はキツイと思う。
「これって僕が圧倒的にふ……り」
僕は言葉を止めると視線先にあるものを注視する。
「どんな服であれ着る……」
僕はそう呟いて服と読んでいいのか分からないぐらい肌を露出させた白のビキニを手に取る。
「いや、白じゃないな。あの綺麗な白い肌が映えない」
僕はそう呟いて黒い水着を手に取る。
「これいいな。銀色の髪も綺麗に映る」
楽しくなってきた僕はいろんな水着を手に取る。
「これは……アウトだな」
僕はほとんど紐の水着を手に取ってそう呟く。こんな水着は売れるのか疑問だ。
「な、何してるの?」
「水着を見て――」
腕を組んで仁王立ちする橘を見てフリーズする。急激に息が詰まるのを感じる。
「私はそれを水着とは言いたくないかな。意味を成してないしね」
「これは違うんです」
「何が違うのか述べてみよ」
「……好奇心でした」
僕は言い訳を思いつかずにそう口にする。
「着ないよ」
「わ、分かってるよ」
「ならいいけど……負けられなくなったな」
「それはお互い様かも」
僕が思わずそう口にすると橘はジッとした目を向ける。
「そんな卑猥な紐に匹敵するのは見つかってない」
「そんなものあったら困るよ」
「ふふ、それもそうだね」
橘は少し笑って背を向けると僕がさっきまで見ていた黒の水着を手に取る。
「これぐらいなら着てあげてもいいよ?」
「ほ、本当に!?」
「急に元気になったね」
橘は呆れながらそう口にする。
「その代わり神谷が負けたらこれね」
橘はそう言って真っ白なワンピースを見せる。
「……絶対勝つ」
僕は心の底からそう思って行動を開始した。
「僕に分かるのは色合いぐらいだな」
まずは自分用の服を選ぼうとそう呟いて同系色の服を手に取って合わせてみるとパッとしない。
「うーん、何か違う」
次は補色の合わせを見てみると奇抜な印象になる。
「なるほど、絵とは違うのね」
そう理解した僕は主要な色の服を集めて合わせてみる。
「あー、これは無彩色が大事かな?」
赤や青や黄色といった一般的な色だけで揃えると派手で奇抜になるが白や黒といった無彩色に組み合わせれば綺麗にまとまって見えるということだった。
「そもそも僕の場合土台が肌色と黒なんだよな」
逆に橘の場合は白と銀と水色が土台として存在する。元の素材を映えるようにすればいいが僕の場合はそうじゃない。
「……こんなもんか」
白のTシャツと薄い茶色のズボンと鮮やかな水色の上着をカゴに入れて自分のは決定する。
「さて、次は橘のか」
僕はそう言って男性用から女性用のブースに移動する。
「僕のと同じ色合いは違う気がするんだよな」
そもそも鮮やかさは服で出す必要がないほど十分ある。
「そうなると橘を映させるためには控えめがいいな」
補色のように反対の色を当てるのではなく全体を邪魔しない色が欲しい。
「水着と違って肌の露出が少ないから黒は嫌なんだよな」
黒の服を見ながらそう口にする。銀髪は映えるかもしれないが悪目立ちな気がする。それに太陽がないこの世界に黒は暗すぎる。
「出来ればあの眩しい笑顔を映えさせたいな」
この絶望まみれの世界に神聖さをもたらすあの笑顔を打ち消させたくない。
「あ、なるほど。儚さってそういうことか?」
僕が儚さについて理解を深めていると目の前に一際目を惹かれる服が目にとまる。
「これ、いいな。凄くいい」
僕はそう言って茶色の通気性のいい薄いコートのようなものを手に取る。そして乳白色の薄手のセーターとグレーのスカートを組み合わせる。
「これにしよう」
服を選び終えた僕は橘を探しに向かった。
「どの辺にいるかな」
とりあえず一階にある開けたエリアに向かうとすぐにベンチに座って足をブラブラさせている橘を発見する。
「……選び終わった?」
こっちに気づいた橘は微笑みながらそう聞く。
「あ、う、うん」
「どうかしたの放心して?」
「い、いや、なんでもないよ!」
見惚れていたなんて口に出来ずにごまかすために大きな声をだす。
「それじゃあ、ファッション力対決といこうか」
「結構自信あるよ」
「それじゃあ神谷の服から見せてもらおうかな」
僕は選んだ服を橘に渡すとお互いに試着室に入って選んだ服を着る。
「あー、この服なら……」
橘はそう呟くと試着室を出て何かを取りに行く。
「やっぱりこっちの方がいいね」
再び試着室に戻ってきた橘はスルスルという音をたてた後そう呟く。
「準備できたー!?」
「できたよー!」
隣からの橘な声に答えると僕は試着室出ると続けて僕が選んだ服を着た橘が出てくる。そして橘は黒タイツを履いていた。
「お、爽やかだね」
大人な印象の橘は笑いながらそう言う。
「おーい、大丈夫?」
「あ、ご、ごめん」
「どう?似合う?」
橘は服を見せるように回転しながらそう尋ねる。
「う、うん。とても」
「そ、そうだね。いいセンスだね」
橘はフリーズした後そう言うと後ろを向いてかごを手渡す。
「次は私のね」
橘はそう言うと勢いよく試着室に入る。
「どんな服なんだろう」
かごと一緒に試着室に入った僕はそう呟きながら服を取り出す。橘が選んだ服は黒に近い紺のジーンズと鮮やかで濃い茶色のTシャツと白に近い茶色の上着だ。
「これもう一つ小さいサイズがよさそう――」
「サイズは変えちゃだめだよ!」
「いや、でもこの上着ぶかぶかだけど」
「それでいいの!」
押し切られるように僕は着ると試着室を出ると黒の帽子と大きめのダメ―ジジーンズと白ティーを前で結んで大胆にも腹部が露出している。
「け、結構攻めるね」
「一度やってみたかったんだよね」
橘はサイングラスから綺麗な水色の瞳を見せてそう言う。
「思った通り萌え袖になってるね」
「あえてだったんだ」
着心地が良いとは言えずに訴えかけるように腕を上げる。
「やっぱり似合うね」
「そ、そうかなぁ?」
「いわゆる犬系ってやつだね」
「それって褒めてる?」
犬系男子って男が最も嫌悪する人種な気がする。
「もちろん!小さくてかわいいと思うよ」
「男はね、かわいいって言われても嬉しくないんだよ」
「そうなの?私はかっこいいって言われたら嬉しいけど」
かっこいいとかわいいの差は大きいと思うが説明しても無駄な気がした。それにこんなちんちくりんじゃ説得力はない。
「これって勝敗ってどうするの?」
「私の勝ちでしょ」
「いや、それはない」
僕はそう即答する。橘の服はともかく僕の服は負けてない自信がある。
「む、やっぱり神谷は清楚な感じの子が好きなんだ」
「それは別に否定しないけど橘の服はトントンだと思ってるよ」
問題はそこではない。問題はこの服装だ。
「その萌え袖が嫌なのね」
「うん。凄くね」
「えー、別に絵を描くわけじゃないでしょ」
「そういう問題じゃないんだけど……」
「しょうがない、今回の勝負は引き分けにしてあげよう」
橘がさも不本意のようにそう言うのは癪だが引き分けが一番平和だ。
「そうだね、引き分けってことで罰ゲームはな――」
「お互いに罰ゲームを受けるってことで」
「は?」
僕が間抜けな声でそう言うと橘は楽しそうに笑う。
「神谷は白のワンピースを着てね」
「水着を着ることになるけどいいの?」
「神谷が凄く着て欲しそうにしてたからね」
そう言われた僕は言葉が詰まる。頭の中に橘の水着と僕のワンピースが天秤にかけられている。
「……まあいっか」
「自分がワンピースを着てまで私の水着が見たいんだ」
僕の頭が出した答えはそういう事だが言葉にされると顔から火が出そうになる。
「……からかうつもりだったんだけどな」
「何か言った?」
「うんうん、何でもないよ!」
キモイとか言われたのかと思ったがそうじゃなさそうで安心する。
「そ、それじゃあ着る?」
「うーん、ここで着てもおもしろくないよね」
橘はそう言って考えるろ指を鳴らす。
「海に行こうか明日」
「それはいいと思うけど……大丈夫なの?」
この世界の海がまともだとは思えない。
「雰囲気が大事なんだよ」
ということで明日は海で白のワンピースを着ることになった。
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