第10話

 次の日の朝、隣を見ると、母が既に起床していた。昨日の夜は、窓を開けたまま寝ていたため、お部屋の中に何枚か花びらが散らばっていた。はるさんは満開で、美しく、見事に咲き誇っていた。「お早う、お母様。」と言うと、こちらに顔を向けて「お早う。」と返してくれた、母の手元には、この前押し入れで見つけた日記があった。


「懐かしいわね。今の私には、さっぱり思い出せないけれど。」


「お母様にも、そんな一面があったのね。あ、そうだ。お母様、今日の晩御飯は、贅沢をしようと思うの。楽しみにしていてね。」


「どうしたの、突然。」と言う母に、「ただの気まぐれよ。」と返すと、変なの、と言って笑ってくれた。


 


 夕方に、下町まで行って、晩御飯の材料を買った。いつもなら片手分で済むのだが、今日は両手分のお買い物だった。茶碗蒸しに人参のかき揚げ、あさりのお味噌汁に鮭の塩焼き。これらは全て、昨日見た夢で、母と父が食べていたものだった。これならきっと喜んでくれる。その一心で、沢山作った。




 晩御飯を作り終わり、寝室に晩御飯を持って行った。「お母様、どんな反応をするのかしら。」と、気持ちが高揚したまま襖を開けた。


「お母様、お夕飯の準備が出来ましたよ。………お母様?」


何度呼びかけても目を覚まさない。私は慌てて母に近づき、息をしているか確認したが


――母は息をしていなかった。

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