第11話

 母が息を引き取って、お葬式を済ませてひと段落ついた頃、ふとあの日記が目に止まったので、ページをめくってみた。日記に変わったところはなかったが、最後のページは違っていた。見覚えのある字で書かれている。母の字であった。


 四月六日 晴 木曜日

 今日は、はるが見事に咲いていますが、しかし、葉の部分が半分を占めています。私の命の火も、もうすぐ消えるでしょう。だから、ここに、私の人生の最後の日記を記しておこうと思います。

 今日は、とてもいい夢をみました。翠が、とても美味しそうなお料理を、私と、健一郎さんに作ってくれる夢です。茶碗蒸しに人参のかき揚げ、あさりのお味噌汁に鮭の塩焼き。私たちは、たわいもない話をしながら、満開に咲いたはるの下で、それを美味しくいただいたのです。翠が少し離れたところに立っていたので、手を振って、こちらに来るように言いました。翠は、少し悲しそうな、嬉しそうな顔をして、こちらに走ってきました。そこで、夢は終わってしまいました。

 目が覚めると、はるは、ほんとうに満開に咲いていました。これで、翠があのお料理を作って、健一郎さんと食べることができたなら、どれだけ嬉しいことでしょう。翠の作るお料理は本当に美味しいので、もし旦那様が出来たら、その人が、少し妬ましいです。

 翠、もう、謝ることはしません。最後に、言いたいことがあります。


――元気に生きて


ただ、これだけのことです。貴方は、「私にはお母様しかいない」と言ってくれましたね。とても嬉しかったです。でも、そんなことはありません。他にも、人間は沢山いるのです。貴方がたっといと思う人を見つけて、私の時とおなじように、その人に尽くすのです。それが、いずれ、貴方の生きる意味になりますから。貴方の前に大きな壁が現れようとも、貴方なら乗り越えられるはずです。貴方は、私と、健一郎さんと、はるの、自慢の娘なのですから。


 愛していますよ、翠。私ははるの下で、健一郎さんと一緒に、見守っていますからね。しばらくの間会えませんが、いつかきっと、四人で、一緒にご飯を食べましょうね。

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