第6話

 「わざわざおいで下さいまして、ありがとう御座います。」とお茶をお出しした。母が立てなくなったことを伝えると、やはりか、と言って注射を打ってくださった。母の具合は悪くなっている一方なのだが、注射を打つと、母はら少し楽になった、といって、また眠ってしまった。寝室の空気を入れ替えようと襖を開けると、そよ風が入ってきた。その先にある桜の木、美さんを見ると、花が何輪か咲き出していた。一部では既に葉が出ていて、若葉色に輝いていた。その姿に見とれていると、お医者様が「その桜、妙だな。」と言い出した。

 

「ほら、染井吉野そめいよしのを思い出して見てごらんなさい。新芽がついた後に花を咲かせるでしょう。葉はその後につくはずだ。それだのに、今お前さん家の桜の木は、葉が先に出ている。きっとてんぐ巣病だな。てんぐ巣病ってのはな、菌に感染しちまうとなるのさ。感染部分の枝が異常に発達して、放置すると、やがて枯死しちまう。枝を切れば、治るやもしれんがな。」


そう言われた瞬間、蜘蛛の巣に引っかかったような、妙な感覚がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る