第2話

 朝、目が覚めると、母がまだ隣に寝ていた。いつもなら、起きているはずなのだけれど。疲れているのだろうと思い、朝の支度をしようと立った時、母が目を覚ました。


「お母様、起こしちゃったかしら。今夜は、随分とよく眠っていたのね。いい夢でも、見たのかしら。」


「ええ、そうね、お父様が出てきたの。桜の木の下でね、『まりと会いたい。』ですって。微笑みながら、優しい声で言うもんですから、趣味が悪いわ。目が覚めてしまったらもう会えないから、少しでも長く寝ていたかったのね、きっと。」


そう言って、母は起き上がろうとしたが、しかし、起き上がれなかった。腰に痛みが走ったのか、苦虫を噛み潰したような顔で、腰に手を当てていた。母は、「昨日、ずっと腰を曲げていたからね、きっと。」と言っていたが、やはり心配だったので、下町まで行って、お医者様を連れてきた。お医者様は、「問題ないさ、直に治る。」と仰って、薬を分けてくださった。お茶をお出しして少しお話をしていると、お医者様がふと外を見て、「立派な桜の木だな。」と呟いた。お医者様の言う通り、私の家のお庭には、1本の桜の木が生えている。詳しいことはよく分からないが、大きさから見るに、昔からあるのだろう。

 

 


 お医者様がお帰りになられて、母の様子を見に行くと、朝よりも元気が良さそうであった。お昼ご飯を作って食べさせてやると、少し気恥しそうに、「美味しい」と言った。腰の方は随分と良くなっていて、歩ける程度には回復していた。

 

 その後も、母の様子に異変はなく、実に元気そうであった。


「お母様、腰の方は、もう大丈夫なの?」


「ええ、お陰様で。それより、みどりは自分の心配をした方がいいわよ。もうすぐ19歳でしょう。早く、旦那様を見つけたらどうなの。」


「いいの。私にはお母様がいるから。それに、今みたいに、お母様がまた動けなくなったら、大変だわ。」


「余計なお世話よ。あ、そうだ。明日、下町へお出掛けしましょう。翠、その浴衣、ボロボロじゃない。新しいのを、買いに行きましょう。」


そう言う母は、少し嬉しそうで、楽しそうであった。

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