番いの母
つきなの
第1話
「この人参、ダメかしら。」
私の隣で、母が呟いた。
「なら、それはうちで食べましょう。綺麗なものだけ、ご近所さんに売って回りましょう。」
すると、母は申し訳なさそうな声で言った。
「ごめんなさいね、手伝わせちゃって。健一郎さんさえ生きていれば、良かったのですけれど。」
「お母様、気にしないでと、何回も言いましたわ。きっと、そういう運命だったのよ。」
健一郎とは、私の父の名である。私が産まれるひと月前に、地震による土砂崩れに巻き込まれて、亡くなってしまった。父の顔は、写真でしか見たことがないが、実に穏やかで、優しそうであった。父が生きていた頃は、父のお給金があったため、母は働かずに生活出来ていたのであるが、しかし、今では、そういう訳にも行かないので、自分たちでお野菜を育てて、それをご近所さんに売って、そのお小遣いで生活しているのである。六畳程のお庭で、そう沢山は作れないが、しかし、大変立派なお野菜ができるので、困りはしない。
「お母様、今日はこのくらいにして、ご近所さんに、売りに回りましょう。」
母は、そうね、と言いながら立ち上がった。
「翠、今日のお夕飯に、人参のかき揚げはどうかしら。ほら、今日は、少し余ってしまったから。」
「ええ、いいですとも。私も食べたいわ。でも、お母様、どうしたの?さっきからずっと、腰を摩って。」
「ええ、すこし、腰が痛くて。」
母はそう言って、ふふふ、と控えめに微笑んだ。その後も、母は度々腰を摩っていた。
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