後編

 登校したわたしは教室に向かわず学園長室へと赴き、学園長にディルクの叔父宰相に会わせて欲しいと頼み込んだ。

 貴族どころか、王族も通う学園なので学園長は宰相などとも連絡は取れる仕組みが整っている。


「手短に用件を」


 学園長を急かしたところ、依頼した二日後に学園長室で、宰相との面会が叶った。

 もちろん忙しい人なので、面談時間は僅かだと言われた。その宰相が今、目の前にいる。

 ユリア視点では、ディルクが年を取ったらこんな感じかしら……的なことを言っていたが、わたしにはそんな余裕な台詞を吐いている暇はない。


「わたしと結婚していただきます」


 わたしは用件を告げた。

 宰相は少しだけ口を開き、


「なんだ?」

「詳細を省けといったので、省かせていただきました」

「…………」


 宰相の後に立っている、伴ってきた秘書のような人物に視線を向け軽く頷いてから、


「詳しく説明しろ」


 詳しい説明を求めてきた。


「では説明させていただきます。まずは、こちらをご覧下さい」


 わたしはこれも学園長に頼んでいたもので、わたしメラニー、ユリア、ファビアンの成績表を机に並べる――わたしの成績表は、編入の際に受けた試験の結果だが、形式上のものだったのだ……と分かる程に酷いものだった。


「…………」


 机に広げられたわたしとファビアンの成績表に目を通した宰相は、明らかに「馬鹿だな、こいつら」と――眉間の皺が物語っていた。

 うん、馬鹿なんだ。

 メラニーの名誉の為に言っておくと、メラニーは市井で最低限の勉強しかしてこなかったから、この地を這うような成績でもおかしくはない。


「これがどうしたのだ?」

「わたしと姉の婚約者ファビアンが結婚などしたら、侯爵領が目も当てられないことになるのは、閣下ならお解りになるでしょう」


 わたしの言葉に、宰相はもう一度成績表を見直し、


「だろうな」


 わたしの意見に同意した。声には出さなかったが、学園長や秘書も同意しているのが分かる。

 そしてわたしは宰相に、父がわたしを家から出したくないばかりに、姉を追い出しファビアンとわたしを結婚させようとしていると告げた。


「姉を冷遇して、妹を可愛がっているとは小耳に挟んでいたが、それほどまでとは」


 宰相の小耳に届いた情報の源ディルクだろう。ディルクは実家で両親にユリアについて語っているので、そこから宰相の耳に入ってもおかしくはない。


「わたしとしては、家など継ぎたくはないのです」

「……続けろ」

「はい。そもそも、わたしの育ちで侯爵家を継ぎたいと思う筈などない……と父も分かっていると思っていたのですが」


 わたしの父ロートス侯爵は、ユリアの母親との結婚生活を窮屈に感じていた。その他、有爵貴族の当主としての雁字搦めな生活についての愚痴を吐きながら、わたしと母親のいる邸で、羽根を伸ばして生活していた。


 そう、わたしは何度も父親から「貴族は不自由」と聞かされて育った――


「父親からそんな話を聞いていたら、継ぎたいなどとは思わないだろうな」


 愛人の家で、貴族としての義務や親戚づきあいに関して愚痴るのは、当たり前のことなので宰相も疑問には思わなかったようだ――学園長や秘書も微かに頷いているように見えたのは、きっと……見間違いではないだろう。


「わたしはファビアンにも魅力を感じません。よく一緒にいたのは、守ってもらうためです。愛人の子が姉のいる学園に編入した……ということで、よく思われないことなど珍しくもないこと。本来なら姉に守ってもらうのでしょうが、どうも姉は気弱で。その点、ファビアンは頭が緩いながらも堂々としているので。それでファビアンが勘違いし、彼の兄やわたしの父に話したようで」


 宰相も心当たりがあるのだろう、顎に手をあてて頷いた――ユリアが気弱だということについての同意なのか、ファビアンの頭が緩いことは良く知っているという意味なのかは分からないけれど。


「婿に家の実権を取られないようにするために、婿は愚鈍なのを選ぶのが普通だとつい最近知りました。ファビアンは婿として最適だそうですが、それは父になにかあった場合でも、領地経営ができるほど成績優秀な異母姉ユリアの婚約者だからであって、この成績最劣等のわたしと、愚鈍なファビアンの結婚は、誰も幸せになれません」

「そうだろうな」


 テーブルに広げられている成績表に視線を落とすことなく、宰相が頷く。


「わたしの成績もご覧の通り。わたしとファビアンが結婚し、万が一父が早世したら、ファビアンの兄に実家が乗っ取られます」


 これに対して宰相は無言だったが――学園長に用意してもらっていた、ファビアンの兄の成績表を並べる。

 驚いたのだが、原作で才媛と言われているユリアよりも成績は良かった。本当に頭良いんだな、ファビアン兄。


「ファビアンの実家と侯爵家との結婚は、事業提携……とかいう、今更なかったことにはできない政略結婚。わたしを手元に置きたい父が取れる手段は、姉ではなくわたしを婚約者にするしかないと考え、実行しそうなのです」

「そうだな。貴女は姉の婚約者とは結婚したくはなく、実家も継ぎたくはないということか」

「姉の婚約者を奪うなんて。それも、どこか傑出したところがあるのならまだしも、この成績ですよ」


 成績表を指差すと宰相が同意するように、微笑んだ。もちろん冷笑的なほう。


「父はそれなら、ファビアンと結婚して本当に愛人を作ってもいいと言ってきそうですが、わたしは庶民育ちなので、あまり愛人を持つという気持ちには……わたしの母は愛人から正妻になりましたが、愛人あがりが産んだ子が辛い目に遭うのは、わたし自身が知っております。わたしの感情を無視して考えても、わたしとファビアンの結婚は阻止したほうが、世の中の為になる……と思うのです」

「それで、わたしとの結婚を思いついたと?」

「はい。独身で優秀で、父も納得するような実績をお持ち。さらに、父のこともよくご存じな方を夫に選び、あとはお任せしようかと」


 宰相と父はほぼ同年代……らしい。物語でディルクがそんなことを言っていたし、ユリアも似たようなことを呟いていた。


「稚拙な発想だが、貴女なりに考えたことだけは分かった」


 こうして宰相との面会を終え――


「さすがに今日結論は出せないが、四日後に返事を伝える」

「お待ちしております」


 見送った。

 そして四日後――宰相から「引き受ける」という連絡を貰った。


 これは結婚してから詳しく聞いたのだが、やはりわたしの実家とファビアンの実家が共同で行っている公共事業が頓挫するのは、国としては避けたかったそうだ。

 わたしとファビアンが結婚しても、共同で公共事業は続行できるが、父になにかあった場合、わたしとファビアンで代理は無理という判断になったとのこと。


 うん、それは四日もかからないで出せる結論だよね。多分0.1秒くらいではじき出せるよね!


 話を戻すが、ファビアン兄は間違いなく優秀だが、国がわざわざ二家に一つの公共事業を行うよう命じたのは、一家ではカバーしきれない面があるため、二つの家に任せたのだ――父はそれほど優秀ではないが、


「侯爵は馬鹿ではないからな」


 馬鹿でもないので、充分務まるらしい。


 政務においては可も無く不可も無くな父だが、わたしに関する事柄では馬鹿になる――ファビアンとわたしと結婚させ、手元に置いておこうとしているらしいことも、宰相は掴んだ。さすが宰相。

 情報源がディルクのような気がするけれど。


**********


「そいつ、お父さんと同年代だぞ、いいのか?」


 宰相とともに、父と母に結婚の申し込みに――宰相は家令と信頼できる部下を伴って。宰相の両親はまだ存命だが、さすがにこの年齢で、この地位にある人物ともなれば、自身で結婚を申し込みにきても、不自然ではないらしい。


「お父さんみたいで、恰好いいから。メラニー、同年代の子は興味ないの! お父さんみたいな渋い人が好きなの」


 メラニーのいつもを思い出しながら喋り、隣に座っている宰相の腕にしがみつく。宰相は少し体を強ばらせたが、すぐに力を抜いて父を説得し始める。


「若い貴族の男は、貴族以外の人間を知らなすぎるからな。当人はそうは思っていなくても。庶民というものが、どのようなものか知らない若者と、庶民育ちのメラニーは合わないだろう。わたしたちの年齢になってしまえば、貴族以外の階級に対する知識も深まるが」


 わたしとしては、若い貴族男性はちょっと……この体と同年代の子に興味がないというか、中身がアラフォーなので十代の若い子は、ちょっとどころではなく……。見ている分にはいいのだけれど。

 たまに体に引っ張られて精神年齢が……などと聞くが、残念ながらわたしには、その現象は起こらなかった。


 こうして宰相の尽力により、結婚は無事に成立――婚約ではなく結婚で、わたしは入学した学園を早々に退学した、

 学園を卒業していなければ、貴族としては認められない――ということもない。男性はその傾向はあるが、女性に対してはそんなことはない。


 原作のユリアも、わたしとファビアンの婚約が決まった後、学校を退学させられ、嫁がされている。


 今回はわたしが退学し、ユリアは学園に残る――学園生活を謳歌してくださいね、お姉さま。


**********


 わたしと宰相が結婚してから十五年――わたしと宰相は二男一女に恵まれ、家族仲良く過ごしている。

 宰相は数年前に引退しているものの、いまでも王の相談役としてたまに王城へ出向くこともあるが、基本的には公爵領の統治を代行していた。

 ディルクの父親の公爵は、娘が王妃になったことや、いきなり跡を継ぐことになったディルクのフォローについて忙しくなり、領地まで手が回らなくなったので、宰相が代わりに請け負った。その関係で、わたしたちは公爵領のマナーハウスが生活の拠点で、わたしは煩わしい社交も最低限で済んでいる。


 わたしの人生は概ね良好だが、姉のユリアはと言うと、そうでもない。

 姉のユリアは学園を卒業したあと、そのままファビアンと結婚して四人の子どもに恵まれたが、四人とも女児。そして、四人目の出産は難産で、次の子どもは望めない体になってしまった。


 実家は男孫が必要なのだが、ユリアはもう子どもは望めない、そしてわたしと宰相の間には男の子がいるということで――我が家の長男が跡を継ぐことになった。ファビアンの実家との繋がりだが、我が家の長男とユリアの二女が婚約することで決着がついた。


 ユリアとファビアンの長女は、うちの長男より六歳ほど年上だったので、もっとも年齢の近い二女が選ばれ、長女は原作でユリアと結婚した身分の低い男の後妻になった。


 ユリアを救い出すはずだったディルクだが、王太子の婚約者と結婚し公爵家を継いだ。王太子の婚約者だった令嬢だが、原作でユリアの前に立ちはだかるところからも分かるように、あまり性格がよくなく、ディルクとの仲は冷め切っている。


 わたしとディルクは親戚になったので、たまに王都の邸で会うことがある。その時、王太子の婚約者だった令嬢のわたしに対する態度は酷いし、ディルクはそれを諫めることもない――わたしとしても、ディルクが良い人だと良心が痛む……かもしれないので、こちらに対して悪い態度を取ってくれたほうが気が楽というものだ。

 夫はディルクの態度を心配して、わたしたと子どもたちを領地に送ってくれた――夫は良い人だ。


 それにしてもディルクって、わたしがユリアを踏みにじって全てを奪って捨てないことにはどうすることも出来ない程度だったんだな――思いのほか、実力なかったんだなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

なんでも奪う異母妹を早々に止めました 六道イオリ/剣崎月 @RikudouI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ