なんでも奪う異母妹を早々に止めました

六道イオリ/剣崎月

前編

 老若男女の皆さん、ごきげんよう。

 ドアマットヒロインを異母姉に持つ、破滅する馬鹿妹になっていることに気付いた、前世アラフォーの独身女です。

 この界隈に詳しい人は上記で全て理解してくれるだろうけれど、分からない人に向けて簡単に説明すると『創作物の登場人物に生まれ変わった』ということ。


 わたしが生まれ変わったのは小説。梗概としては、ドアマットヒロインの異母姉が主人公で、実家で酷い目に遭い、どん底まで落ちるが、そこにドアマットヒロイン異母姉に好意を持っている、地位も名誉もあるスパダリヒーローに救い出され、そこから様々な事件を乗り越え、スパダリヒーローと幸せを掴む。

 その副産物として自業自得ざまぁで破滅してゆくドアマットヒロイン異母姉の親族と、スパダリヒーローに恋している貴族令嬢とその家族。



 ちなみに「ドアマットヒロイン」というのは「ドアマットのように、さまざまな人に踏みつけら虐げられる不幸なヒロイン」のことを差す。



 さらに詳しく説明すると、ドアマットヒロイン異母姉ユリアは、わたしの父ロートス侯爵と伯爵令嬢だった正妻との間に生まれた一人娘。


 父とユリアの母親は政略結婚で、二人の関係は結婚前から冷め切っていた。

 

 ただ冷め切っていようが結婚しなくてはならない。こうして二人は結婚し――すぐに身籠もった。

 妻が身重になると、同衾を避ける慣習がある。そしてその間は、別の女性と関係を持つことが暗黙の了解となっている。

 正妻の妊娠中に男性を満足させる女性は全員が未亡人。

 わたしの母親も未亡人だった――二十歳以上年上の男性の後妻で、結婚して一年半ほどで死別し父の相手に選ばれた元子爵夫人。

 そして年の差婚をしていることから分かる通り、母の実家の子爵家は貧乏である。

 母は父よりも三歳年上だったのだが、父と全てにおいて相性が良く、そのまま愛人に収まった。

 妻が妊娠中に空閨を託つ男性の無聊を慰める未亡人は、ほとんどが愛人の座を狙っている。わたしの母は見事に父を射止めることに成功した、貧乏令嬢のセカンドライフとしては勝ち組――ちなみにわたしと異母姉ユリアは、四ヶ月違いの姉妹だ。


 妻が妊娠中に浮気――わたしがこの物語を読んでいた時代なら大問題だが女性の地位が低いこの世界においては、なんら問題にはならない。

 そんなこの世界の女性の地位の低さの一例を上げると、女性は家督を継ぐことができないことだろう。


 ユリアの母親は、ユリア出産後に体調を崩してしまい、ほとんどベッドから起き上がることができなくなってしまった。そこからずっと体調不良に悩まされ続け、男児を産むことなく、今から二ヶ月前に亡くなり、わたしと愛人の母親は邸に住むことになった。


 ロートス侯爵家の直系はユリアと馬鹿妹ことわたしの二人だけ。

 女性は家督を継ぐことができないが、当主の娘が産んだの男孫には継がせることはできるので、ユリアが婿を取って、男児を産みその子がロートス侯爵家を繋ぐことに


 そこに馬鹿妹ことメラニーが割り込み、ユリアから婚約者を奪い追い出す。


 このタイプの話に多い「実は父親は婿だから、父親の愛人の子には家を継ぐ権利はない」……ならば簡単だったのだが、残念ながら侯爵家は父の血統。

 その為、わたしは侯爵家の跡取りを産むことに関しては問題ない。


 ユリアの母親の実家と、婚約者の実家が口を挟んでくるのでは? それに関してだが――


 ユリアの婚約者ファビアン。物語では簡単にわたしに籠絡される伯爵家の次男だが、このファビアンは原作でも、一二位を争う無能。

 ちなみに無能を争っている相手は、わたしことメラニー。

 それはさておき、ユリアの婚約者ファビアンは無能だ。

 なにせ彼に求められているのは、ユリアを孕ませることだけ――家のことに関わってこない種馬が欲しいだけなので、無能なファビアンは最適。

 才気煥発な婿なんてものは、求められていない――ドアマットなユリアを救い出すスパダリヒーローことディルクは、幼少期から優秀で神童の呼び声も高く……なので、ユリアの婿には選ばれなかった。


 初恋のユリアと結ばれたかったのなら、少しは才能を韜晦すりゃあ良かったのに。


 ユリアの婚約者ファビアンの実家には、当然ながら跡取りの兄がいる。

 この兄はファビアンと違い優秀だが、野心家でわたしの実家の侯爵家も取り込みたいと虎視眈々と狙っている。

 だから跡取りの母として統治について勉強をしている賢いユリアよりも、庶民育ちで責任感皆無な馬鹿妹のほうが、侯爵家を乗っ取り易くなると考えて、弟のファビアンと馬鹿妹メラニーの仲を認める――それが原作の流れ。


 ユリアの母親の実家は、ユリアの母親の体調不良と、それに伴う治療費の支払いで、もともと健全ではなかった財政が更に悪化したこともあり、ユリアの母親が死ぬことを望んでいたくらい――嫁いだのに、治療費を実家が負担のは何故? に関してだが、跡取りを産んでいないので、嫁とは認められていなかったし、実家も言われたら強く言い返すことはできなかった。


 この世界観なら、男児を産んでいれば、治療費の実家負担はなかっただろう。


 治療費を払うのが嫌なら、離婚すれば良かったのでは? と思われるかも知れないが、貴族の離婚は手間も金も掛かりすぎるらしい。

 様々な契約のもと結ばれる結婚が、簡単に解消できてはお話にならないもんね。

 離婚の手続きをするより、金を払っていたほうが幾分らしい。

 またユリアの母親が男児を産めば、実家は楽になったし、実家ではそれを望んでいたが、叶わず――十六年間、だらだらと金を吸われ続けただけ。


 母親の実家からすると、ユリアは金を吸われる原因を作った憎い相手ということ――だからどんな扱いをされていても、まったく興味がなく、原作で金は持っているが身分が低く、人としての品性もどうなの? といった男に売るように嫁がされた時も、反対どころか諸手を挙げて賛成した。


 ユリアが嫁いだ先から、ユリアの母親の実家が援助を受けられるよう父親が整えたからだ。


 こんな感じでユリアは、親族からの助けは一切受けられぬまま、身分の低い男性に嫁ぐことになった。そこで最後のドアマット、望まぬ初夜を迎えてからスパダリヒーローことディルクが助けにくる。



 遅えなあ……スパダリならもっとこう……あくまでも、わたしの所感ですが



 ディルクの実家は、もちろん我が家よりも家柄が良く、王家とも親戚というパーフェクトぶり。


 そんなディルクとユリアは、二人で困難を乗り越えて幸せになる。

 ユリアの婚約者ファビアンを奪った馬鹿妹わたしメラニーは、そのまま結婚するものの、ユリアを助けたディルクからの、執拗な嫌がらせ……というかざまぁを喰らいまくって、最終的に侯爵家は破滅して、馬鹿妹わたしは娼婦に身を落として、最後は性病に罹ってひとり寂しく死ぬ。


 わたしとしては死ぬのは自然の摂理なので構わないが、世間一般の転生悪役令嬢程度には死ぬまでは抗いたいし、できなかったとしても死に方は選びたい――性病に罹患して死にたくはないので、自分が死に方を選べないルートからは早々に降りることにする。


**********


 記憶が戻った翌日からすぐに動いた――わたしの両親は、ユリアに興味はないが、わたしのことは溺愛しているので、中身が変質し別人になったことに気付く可能性が高い。


 なので疑問を持たれる前に、両親から離れる必要がある。十五歳のわたしが、溺愛している両親から離れる最善の策は結婚。


 記憶を取り戻した翌日だが、結婚相手には心当たりがある――その相手はディルクの叔父。

 名前は……覚えていない。ほんの少ししか登場しなかった人物なので。

 名前も覚えていないようなキャラクター、なんで覚えてるの? に関してなのだが、登場は本当に少しなのだが、重要人物だから覚えている。


 ユリアを救い出すディルク、彼は公爵の父親と王女を母親に持つ、公爵家の長男――なのだが婚約者はいなかった。

 婚約者はいたが死んだとか、事情があって婚約破棄になった……などではない。

 ディルクには姉がいて、その姉は第二王子と婚約している――王太子の第一王子が結婚したあと、第二王子は臣籍に下り公爵令嬢と結婚して、中継ぎではあるが公爵の座について……ということが、王家と公爵家の間で決まっていた。

 長男のディルクは跡継ぎにはならず――本来なら馬鹿を装って、婿に入るべきだったのだが、初恋の相手ユリアを忘れられず、ユリアは既に婚約していたこともあり、独身を貫くことにした。


 公爵家の長男が独身を貫けるものなのか? についてだが、ここでわたしが狙っている叔父の設定が生きてくる。この宰相を務めているディルクの叔父は独身、一度も結婚したことのない、正真正銘の独身。



 ディルクの独身設定を補強されるために作られたキャラクターだろうけれど――



 それはさておき前述の通り、優秀な男を婿に欲しがる家はない……そしてディルクの叔父は優秀だった。ディルクの叔父自身、婿入りしたくなかったので、家督を継げない次男ながら優秀さを隠さなかった……とのこと。

 この前例があったお陰で、ディルクに婚約者を持たないことが許されていた。そしてディルクはこの叔父の跡を継ぐ形になる――名門公爵家の当主ではなく、公爵家の従属爵位を受け継ぐ形なので、独身主義を撤回して、一度結婚し純潔を散らしたユリアでも妻として迎えることができる。


 ディルクがユリアを「本人たちの目線」で助け出したあと――ユリアを娶った家は、正式な結婚をしたというのに、ディルクの私怨で家を潰されるという悲惨な目に遭う。当主がガマガエルみたいな醜い男とかいう、ガマガエル好きに対して酷い言いぐさ。


 原作を読んでいる時ですら「いや、買ったとはいえ正式な手続きを経た結婚なのに、そんなことする?」とは思った。……それはともかく、こうして救い出したユリアとディルクだが、結婚直前に暗雲が立ちこめる事件が起こる。


 第一王子の急死したのだ――これにより、第二王子の婿入りはなくなり立太子され、ディルクの姉は婚約者として、王妃教育を受けることに。

 そしてディルクが公爵家を継ぐことになり、その婚約者として亡き第一王子の婚約者、王妃になる筈だった令嬢を、ディルクが迎え入れるという話が持ち上がる。


 王太子の婚約者になれるくらいなのだから、家柄は充分。そんな人物に見合う家柄で、独身となるとディルクしかいない。


 第二王子とディルクの姉の婚約を解消して、王太子の妃と第二王子が……という話もあったが、そうなるとディルクの姉の夫になれる人物がいなくなる。

 ディルクの姉の夫が務まる独身がいるのなら、王太子妃の結婚相手に選ばれている――ディルクは独身だったことが禍した。


 こうして王太子の婚約者との婚約問題で、自己肯定感が低いユリアは「あなたに相応しくない」と言いだし……などの物語になるのだが、わたしには関係ないのでどうでもいい。


 原作を思い出しながら、わたしは父の邸に引き取られてから編入した学園に登校した。この学園でわたしは、アホなファビアンと愛を育んでいたわけだが、記憶を取り戻した今となっては、そんなことをしている場合ではないことは分かっている。


 まあ、ファビアンもわたしと結婚しなければ、幸せになれるかも知れないし。もしかしたら、原作の修正力とかいう過去の遺物に操られ、原作のユリアの初婚相手のようにディルクに排除される可能性もあるが、そこは賢く腹黒いディルクお兄さまとともに頑張って乗り越えて欲しい。

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