第4話 動き出した僕

〇接触

 鈴木から作戦に関するメッセージが送られてきた翌日、作戦開始のメッセージが送られてきた。現在時刻は午後九時五分。俺たちは再びゲームへログインした。ログインしてみたが、やはりそう簡単に透馬は見つからない。時間が刻一刻と過ぎていき、チャットの中でも少し焦りが見え始めていたころ、俺はついに頭の上に“つっきー”と表示されているアカウントを発見した。チャットに見つけたというメッセージを送り、俺は透馬に接触した。

「あのー。今って暇ですか?」

「はい。暇ですよ。」

「よかったら僕たちとチームを組んでくれませんか?僕のほかにもあと二人いるんですけど…。」

「僕でよかったら。」

「では、つっきーさん含めて四人でゲームしましょう。」

「わかりました。」

俺は久しぶりの会話ということもあって、少し緊張していた。確かに少し暗くはなったものの、声は透馬が出しているものそのものだった。やがて、京と鈴木も合流し四人でゲームを開始した。

「こんにちは~。」

「よろしくお願いします~。」

久しぶりの会話ということもあってか二人とも声が震えており、こちらまで緊張が伝わってきた。

 噂には聞いていたが、透馬は本当にこのゲームがうまかった。この前、一緒にプレイしていた人たちも俺に比べれば当然うまかったが、その人たちとは比べ物にならないほどすべてがうまかった。敵を狙うときも、狙いを定めてから撃ち抜くまでにおそらく一秒もかかっていない。回復アイテムの使い方や身の守り方など、一切の行動にスキがなかった。終わってから少し透馬と話すことにした。

「いやーつっきーさんうまいですね!」

「そうですか?ありがとうございます。」

「俺たち初心者なので、ほぼ頼り切ってしまいました…。」

「大丈夫ですよ。多分誰でも最初はそうなります。」

「本当ですか?優しいですね。もしよければ、これからは僕たち四人でチームを組みませんか?まだまだつっきーさんから盗みたい技術がたくさんあって…。」

「そう言ってもらえると僕もうれしいです。いいですよ。他のお二人がよろしいなら、明日からも組みましょう。」

透馬は快く承諾してくれた。そのまま数試合プレイした後に、俺たちは透馬と離れた。今日いきなり説得に入ってもよかったが、透馬は俺たちのことを知らない。突然知らないやつから声かけられた挙句、自分の人生まで口出しされたらあまり良い気分ではないだろう。気分を害してしまってあえなくなってしまっては本末転倒だ。ここでは、とにかく次の機会を作ることに専念した。直後、鈴木と京から電話がかかってきた。

「どうなった?」

「また一緒にプレイする約束を取り付けた。明日の午後九時半に待合所で集合だそうだ。」

「なんで説得しなかったの?!」

「いきなり声かけられた奴が、いろんな情報持ってたら怖いだろ?!」

「たしかに…。」

京は俺に対しての口調がいつの間にかタメ口になっていた。まあ、よくよく考えれば俺とこいつら同い年だしな。

「明日からはどうするつもりだ?」

「徐々に仲良くなっていって、自分から過去のことを吐かせる。」

「そんなうまくいくか?」

「わからないけど、それ以外方法がない。やってみよう。」

 それからというもの俺たちは連日ゲームへログインし、透馬に何度も接触した。見れば見るほど、透馬の技術はすごくて俺らをサポートしてくれた。京と鈴木も、透馬をある程度話せるようになり(本当はもともと話せるのだが)徐々にお互いの意思疎通が取れるようになってきた。京と鈴木のどちらかが仕事で参加できない日もあったけれど、ほぼ毎日参加してくれた。ついには、透馬の年齢を聞き出すことにも成功した。

時は流れ、俺たちが透馬と接触してから一か月が経った。ゲームログイン前の午後八時半、お助け隊の方のグループチャットに鈴木から、今日説得を始めてもいいんじゃないかという提案が来た。確かに、このままゲームを続けていても目的達成にはならない。俺もその提案に賛成し、京も賛成したためその日から説得が始まった。

午後九時半、いつも通りゲームを始めた。ここで、俺と鈴木が透馬のことをいつも通りほめながら、説得へもっていく。止まっていた人生と物語が、今動き出す。

〇スタートライン

 「ナイス!つっきー!」

「やっぱりうまいっすね!今のエイムとか神でしたよ⁉」

「ありがとう!」

「…きーさん。…っきーさん。つっきーさん!」

「あ、はい。」

僕が学生時代にあった事故の数々を思い返していると、どうやら名前を呼ばれていたようで気がつかなかった。

「すみません。少し考え事をしていて…。」

「全然大丈夫ですよ。ところでずっと聞こうと思っていたんですけど、つっきーさんってお仕事は何されているんですか?」

遂に聞かれてしまった。長時間一緒にいると、気になるのは当たり前か…。

「無職です。親のすねかじって生活してます。引きこもりってやつですよ。」

「そうなんですか。何かあったんですか?」

「いえ、何もありませんでしたよ。ただの僕の自堕落のせいです。」

「本当ですか?つっきーさんなら社交性もあって、素直だからどこでも受け入れてくれそうだけどなー。」

「ごめんなさい。嘘つきました。本当は理由があります。」

この時の僕はすでに泣いていた。

「実は昔………。」

俺は過去にあったことをすべて話した。美鈴のこと。真人のこと。雄大のこと。その時の俺の気持ち。母さんのこと。今は父さんと二人で暮らしていること。なぜかはよくわからないけど、この人たちなら自然に話してもいいと思ってしまった。

 すべてを話し終えると、聞いていた二人は終始親身になって聞いてくれたと思う。自分の気持ちを理解してくれたのが本当にうれしかった。一通り話し終えると、二人は口をそろえてこう言った。“気持ちは理解できるけど、働き始めた方がいいんじゃないか”と。正直僕は、二人に対する信頼を無くした。親身になって聞いてくれているようで、ちっとも聞いてくれていなかった。所詮は引きこもり程度にしか思われていないのだろう。僕は思わず、言い返してしまった。

「そんな言い方はないだろう!僕だって、つらい思いをやっと吐き出したって言うのに!」

「落ち着けよ、つっきー。」

「落ち着いてられるかよ!僕の気持ちと苦労をわかりもしないで!僕だって、何度も何度も立ち直ってはまた挫折してを繰り返したんだぞ!めちゃくちゃ葛藤したんだ!僕が距離を取れば不幸にならないんじゃないかとか、僕が死ねばみんなが幸せになれるんじゃないかとか!」

「その結果が今の引きこもりってわけか。」

「そうだよ!誰とも接触しない!周囲を不幸にすることもない!これが一番いい方法だったんだよ!」

「お前、就職はどうするんだ?今のまま行くと雇ってくれる会社、どんどん少なくなっていくぞ。せっかく大学まで卒業しているのにもったいない。親父さんだって、いつまでも稼げるわけじゃないだろう。」

「就職?するわけねぇだろ!僕にかかわった人は全員不幸になるんだ!そう決まっているんだ!」

「誰がいつ不幸だって言ったんだよ!」

それまで敬語で話していたもう一人が、ため口で話し出した。

「お前直接被害者に聞いたのかよ?今の気持ちを!誰が不幸でしたって言ったんだよ!話を聞いてみれば、同級生三人のうち最後の一人はお前を元気にさせようと旅行を提案してくれたんじゃねぇのか?そんな奴が、事故に遭ったくらいで!お前とかかわったことで不幸になったって思うわけねぇだろ!お前が好きだから!お前に感謝してるから!お前と一緒にいると幸せだから!そんなお前を励まそうとしてくれたんじゃねぇのかよ!そいつの気持ち考えたことあるのかよ!?」

「そいつらのためにも働いた方がいい。そいつらが目を覚ました時に、胸を張って生きていられるように!恥ずかしがらなくてもいいように!」

僕はハッとした。今まで僕が不幸にさせると思っていたのは、すべて僕の思い込みなんじゃないか。目の前のことから逃げたくて、逃げる理由を作ってあいつらに理由を着せてただけなんじゃないか。でも、話したことないんだから被害者が幸せだと思っているか不幸だと思っているかなんて、どちらともいえないじゃないか!そう思った俺はいつの間にか部屋を飛び出していた。久しぶりの外だった。暗かったけど、久しぶりに吸う外の空気は新鮮だった。家の外に飛び出した俺は、そこで予想外の人物に出会う。

「え…? 美鈴…?」

「久しぶりだね。透馬。」

信じられなかった。何が起きているのかわからなかった。俺はその場で泣き崩れた。すると、美鈴がそっと抱きしめてくれた。その手は、どんな手よりも優しい手だった。

「聞いたよ?辛かったよね?苦しかったよね?よく一人で耐えたね。偉いよ~!」

「美鈴……!ごめん、俺のせいで!俺のせいで事故に遭って。」

「大丈夫。透馬のせいじゃないよ。私透馬がいてくれて幸せだったよ?毎日が楽しかったし、ドキドキだったし、だから透馬は傷つかなくていいんだよ。」

俺はその言葉がうれしくて、その場から動けなかった。その瞬間に初めて、今までのことが報われた気がした。

 しばらくして落ち着いてから、美鈴にふとこんなことを聞かれた。

「今透馬は何してるの?随分と外見変わったけど。」

僕は正直に答えるのが恥ずかしくなった。本来であれば、社会人として働き始めている年代だ。

「無職。精神的に滅入っちゃって、あんまり家から出れてなかったんだ。」

「そっか。じゃあ仕事探さないとね。探すの手伝うよ。」

「そうだね。ありがとう。」

こうして僕の人生はまた動き出した。止まったままでいたこともできたけれど、真人と雄大に申し訳なく思えてきた。今ではゲームで知り合った三人にも感謝している。そのうちの一人は声を聴くことなく終わったけれど。

 今では就職活動も無事終わり、大手企業の新人として働いている。思ったよりも呑み込みが早いらしく、昇級も近いかもしれないとのことだ。真人に雄大、それに母さんのためにも胸を張れるように生きていこうと思う今日であった。私生活はというと、僕が美鈴に気持ちを伝えて無事付き合うことができた。いろいろな面から支えてもらっているが、それはまた別の機会にしよう。

〇スタートライン~お助け隊視点~

透馬と接触する約一時間半前、俺たちは透馬説得に向けて最終会議をしていた。これまで京は一回もゲームのボイスチャットで透馬と話していないが、それは声バレを防ぐためだ。俺と鈴木はそれぞれ変声器を購入しており、普通に話してもバレる心配はそこまでなかった。しかし京は変声器を持っておらず、幼馴染の透馬から声でバレることが考えられる。その時点で、京が言っていた“名前を伝えずに説得する”という作戦は諦めていた。正確には、完全には諦めていないが、ばれても仕方がないという状況だった。変声器を持っていたとしても話し方や口調でバレるかもしれなかった。ならば、バレた時は潔く白状したほうがいいだろうという考えになった。変に誤魔化すと逆に不信感を与えてしまう。ゲーム内では一回も話していない京は、直接透馬に接触して最後の一押しをする役目だった。俺たちがいくら説得しても、最終的に行動へ移すかどうかは透馬次第だ。そこで京には、透馬が行動できるように接触して、精神面や生活面などを直接サポートしてもらう役割を与えていた。しかし、急に鈴木が敬語をやめて怒鳴りだしたことと、急に透馬が家を飛び出したことは完全に予想外だったが…。俺らの説得に耐えきれず、透馬が部屋を飛び出していったときは急いで京も透馬の家の方まで向かったみたいだ。結果、透馬との接触に成功し順調に生活が進んでいるらしい。後日俺と鈴木も透馬に再会を果たした。透馬の人生がまた動き出した。

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