第2話 動き出す君

〇京美玲編

 「んんっっっ…。」

目覚めると、目には白の天井が映りこんだ。

「美玲? 美玲! よかった~~~!」

両親がすぐ隣で泣いて喜んで、安堵の表情を浮かべている。腕には点滴が撃たれていて、まだ少し意識が朦朧としていた。どうやら私は、交通事故に遭って長い間眠ってしまっていたようだ。

「どれくらい眠っていたの?」

「あともう少しで眠り始めてからちょうど七年になるところだったのよ。」

「七年⁈」

私はしばらくの間、自分が置かれた状況を飲み込むことができなかった。七年間も眠っていたとなると、私は今いくつ?もしかして、社会人一年目⁉そんなにも長い間眠っていたとは…我ながらすごいと思ってしまう。勉強とか就職とか、いずれやらなければいけないことは後で考えるとして、私は薄々気になっていたことをお母さんとお父さんに尋ねた。

「そういえば、透馬は? 透馬は元気?」

それを聞いた両親の顔と周りの雰囲気が明らかに硬くなったのを感じた。

「実は透馬君、あなたが意識不明になってから周りの人が次々と事故に遭ったらしくて…。最終的には、お母さんも事故で今までのあなたと同じように意識不明の重体らしいの。お父さんに聞いたけど、今は自分と関わる人に不幸が降りかかると思って、ほとんど部屋から出てこなくなってしまったらしいの。」

私はすごい衝撃を受けた。今までの透馬に起こったことももちろんそうだが、決してすぐに精神を病んでしまうような暗い性格というわけではなかった透馬が、引きこもりのようになるまで精神を病んでしまうことに。相当なことがあったに違いないことはすぐに理解できた。その時の私は、意識が戻ったばかりということもあって情報を理解するのが精一杯だった。

 意識が回復してから数日が経ち、いろいろなことができるようになっていた。会話はもちろん、日常生活の感覚や遅れていた勉強のことまで着実に元の生活へ戻っていた。

 さらに月日は流れ、やがて退院できる日がやってきた。いつ振りかわからない外の空気、車の音、人の声、そのすべてが新鮮に感じた。七年ぶりに帰ってきた家では、置いてあるすべてのものが懐かしく感じた。私の部屋のものすべてが高校一年生の時から止まっているようだった。

「そう。 すべてが………。」

私は当時使っていた数学の教科書を手に取っていた。私は七年間寝ていたわけだから、身体は社会人一年目でも、頭は高校一年生のままなのだ。

「ちょっとやばいかも……」

私は勉強にとてつもない不安感を覚えていた。

「今から必死に勉強して、社会人として働き始めるのは何歳になるんだろう…。」

でも、このまま勉強しないわけにはいかない。私は両親に相談して通信制の高校に通わせてもらうことにした。もう少しゆっくりしてもいいと言われたけれど、少しでも早く働いて年に見合った大人になりたかった。少し辛かったけど、それでも私は動き出した。

 それから時は流れ、私は大手企業の広報部として働いていた。あれから必死に勉強して、高校三年生までの内容を1年でマスター。その後は短期大学へ進み、二年間在学の末、広報部に就職することができた。仕事にはそれなりのやりがいを感じているし、不満も特になかった。あとは順調に働いていければいいかと思っていたが、一つだけ引っかかっていることがあった。

「透馬、何してるんだろ。」

透馬のことだった。私が目を覚まして、あの情報を聞いてから今まで自分のことに必死で考えていなかったけど、やっぱり心配だった。透馬のお父さんに聞いたが、やはりまだ自分の部屋に引きこもってしまって、立ち直れずにいるらしい。唯一の幼馴染だし、小さいころから一緒に遊んできたということもあってどうしても助け出してあげたかった。

「あ、そうだ。」

私は透馬を助けるために必要なものをネットでポチった。少しでも透馬が動き出してくれるきっかけになればいいなと思いながら…。

〇鈴木真人編

俺の時間はあの日から止まっていた。壊れてしまった時計の秒針が動かないように。本当にすべてが止まった。学力も、友人も、学校も、すべてが更新されないまま大学四年生の年になっていた。目覚めてから早一か月が経つ。今も病院で生活を送っているわけだが…。その中で分かったことがある。俺は、透馬を飲みに誘った帰り道に転落してしまったわけだが、まったく透馬を恨んでいないということだった。第一、もともとは自分から誘ったのだ。その帰り道に事故ったからといえど、到底透馬に恨みは沸かなかった。どちらかというと心配が勝った。確かあの日、俺は透馬が精神的に傷ついていたから、飲みに誘ったはずだった。その心の傷は無事に癒えたのか、しっかりと日常生活に戻ることができたのか、問題なく日々の生活を送ることはできているかなどが心配だった。

 気になった俺は、早速透馬に直接電話をかけた。平日の夕方ということもあってか、中々透馬は電話に出なかった。どうしても気になってしまった俺は、すぐに状況が知りたくて透馬のお母さんに電話をかけてみた。しかしいくらコールを鳴らしても一向にお母さんが出る気配はない。

「家族でどこか出かけてるのかな?」

そんなことを考えつつも、どうしても久しぶりに透馬の声を聴きたかった俺はまた夜にかけなおすことにした。

 それから数日経った。あれから何度かけなおしてみても、一向に電話はつながらなかった。電話番号を変えたのだろうかと考えるうちに、透馬のお母さんから電話がかかってきた。

「もしもし!透馬のお母さん?透馬いる?」

相手が言葉を発した時、俺は正直驚いた。電話の向こうには透馬のお母さんではなく、お父さんがいたのだ。少しびっくりして、事情を尋ねると透馬の現状について、話してくれた。どうやらお父さんによると、透馬は引きこもりになってしまったらしい。言葉を失った。嘘で会ってくれと願った。同時に、自分自身へ対して沸々と怒りがこみあげてきていることにも気づいた。俺があの時気をつけて帰っていれば、透馬は今頃こんなことにならずに済んだのではないか、俺のせいで透馬のメンタルブレイクに拍車をかけてしまったのではないかなど様々なことを考えた。お父さんは、俺が繰り返し何度も何度も電話をかけ続けていたことから透馬にとって大切な人であると判断して電話をかけてくれたらしい。

当然透馬を助けたかったが、今の俺には無理な話だった。俺はすぐに残りの大学生活分の勉強に取り掛かった。しかし、思ったよりもやっていた内容が難しくて理解できず、その場の空気にも馴染めなかった。このまま通い続けるのは無理だと判断した俺はやがて、短期専門学校へ編入した。そこで俺は、電気工業系の技術を学びパソコンなどの整備会社に入社した。入社一年目の時は辛かったけども確かに成長していた。確かに俺は動き出していた。

俺は、あらかじめ透馬を助け出すための計画を立てていた。今日は、そのために必要な道具を買いに行く日だ。透馬に、お前が気にする必要も挫折する必要もないということを伝えるために、俺は準備を開始した。

〇水卜雄大編

 俺が目覚めたとき、周りには両親のほかに大学時代の友達やバイト先の先輩も病院へ足を運んでくれていた。気を失う前のことはうっすらと覚えている。確か、同級生(透馬)を励まそうと小旅行を提案したんだけど、旅館へ滞在中に地震が起こって、建物の崩壊に巻き込まれた気がする。そこで俺は透馬の存在を思い出した。

「透馬はいるか?」

周りで喜んでくれている人たちの声を遮ってそう問いかけた。しかし返事は返ってこない。しばらくすると、後輩が口を開いて透馬の様子を伝えてくれた。引きこもりになってしまったことまで聴き終えて、俺は透馬に怒りを覚えていた。おそらくあいつの性格だから、自分の周りの人が傷ついていくのが耐えられなかったのだろう。だが透馬を励まそうと俺が提案した旅行で、俺がけがをしたとしても、自分を責める理由にはならないだろう!俺の旅行であいつが傷ついてしまったら、俺がこの旅行を提案した意味がなくなるじゃないか!俺は、俺が透馬を励ますために企画した旅行で、逆に透馬の心が傷ついていることに対して沸々と湧いてきた怒りを胸に秘め、絶対にあいつを立ち直らせてやるという想いのもと、生活を再開した。すぐに俺の生活は元通りに動き出した。

 俺は幸い、休学扱いで大学に在学中という扱いになっていた。大学三年生の途中から講義を取りなおし、無事に大学を卒業した。半年後、俺は無事公務員採用試験に合格し、区役所で勤務を始めていた。最初は慣れないこともあったけど、徐々に仕事へ慣れていき、今は比較的安定して生活を送れている。公務員ということもあって、残業はほかの企業よりも少なく、十八時頃には確実に家へ帰ることができる。

「さて、始めるか…。」

俺は前々から計画していた透馬の人生やり直させちゃおう計画を実行するために行動を開始した。あいつの人生をまた、動き出させるために。

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