動き出す君と止まったままの僕、動き続ける君と動き出した僕

@mark-r

第1話止まったままの僕

〇怠惰? 自堕落? それとも悟り?

「っしゃ~!無事全滅!」

平日の夜九時半以降、僕はいつもと同じようにパソコンと格闘している。三年前に成人した。夕方まで寝て、夜七時くらいに起きてパソコンと闘っている。何か特別な仕事をしているのかと問われても、そういうことではない。今日もいつもと変わらず僕、如月透馬は日課であるFPSゲームに勤しんでいる。最近は、始めたころと比べて大分腕も上達してきた。

「ナイス!つっきー!」

「やっぱりうまいっすね!今のエイムとか神でしたよ⁉」

「ありがとう!」

組んでいるチームの中でも、重要な役割を担いつつある。ここまで読んだくれた人はもうお察しだろう。確かに僕は三年前に成人した。大学には行っていない。かといって、プロゲーマーというわけでもない。つまり僕は無職“ニート”だ。別にこれといった理由がってニートをやっているわけではない。働けない理由があるわけでもない。まあ、就活に失敗したといえばそれまでなんだが。(笑)親には、プロゲーマーを目指していると説明してかくまってもらっているが、いつまで続くかは不透明だ。それでも、今はただこの生活が心地よい。チームのみんなが、僕のことを褒めてくれて承認欲求が満たされていく感じが実に気持ちいい。学生時代の気持ちや情熱は、どこかに置いてきた。今となっては、なんであの頃必死に聞きたくもない授業受けたり、働きたくもない会社の就職面接のために対策したりしていたんだろうと常々思う。僕は悟ったのだ。どんなに頑張っても報われない努力がある。どんなに願っても叶わない願いがある。どんなに気を付けても避けて通れない困難がある。ならばいっそ、止まってしまえばいいのではないか、今の地点から前進しようとするから当たりたくない壁に当たってしまうのではないか。努力は必ず報われる、願い続ければ願は叶う、気を付けてさえいれば事故は避けられる、そんなものは全て綺麗ごとだ。僕はいつの間にか、この考えに取り憑かれ、今では自堕落な生活を送るに至っているわけだ。

 ゲーム休憩中にふと思った。気づけば、いつからこうなってしまったんだろう。確かに大学時代までは、今のような考えではなかった。授業だって必死に受けたし、就職だって頑張った。生活の中に多少なりとも光があった。友達ともそれなりに連絡を取っていたし、飲み会とかの集まりにもちょくちょく顔を出していた。ハッとした。

「何を思い出そうとしているんだ、僕は…」

―そうだ。あれは思い出したくもない。悲劇の連鎖の物語だった。―

〇悲劇の連鎖 ―開幕―

 僕には小さいころからよく一緒に遊んでいた幼馴染がいた。名前は、京美玲。女の子だったのだけれども、男勝りな性格で僕はいつも美玲について回った。何をするにしても一緒で、離れていた時間のほうが少なかったと思う。やがて、同じ中学校・高校に進学し僕はいつしか、彼女に恋心を抱くようになっていた。その時にはもう、お互い気恥ずかしさなどもあって一緒に出掛けることはなくなっていた。

 高校一年生になったある日、両親が神妙な面持ちでリビングにて僕を待っていた。

「美玲ちゃんが交通事故に遭って、意識不明の重体だって。」

「……は?」

僕はしばらくの間、言葉の意味を理解することができなかった。美玲が重体?いったいどうして?どこに行った?誰かと一緒にいたのか?命は無事なのか?様々な種類の疑問が一瞬のうちに頭をすごいスピードで駆け巡った。気づいたら家を飛び出して、病院へと足を進めていた。家から病院まで徒歩十五分くらいの距離を十分で到着した。受付の看護師さんに事情を説明して、美玲が寝ている集中治療室の前まで来た。前に美玲の両親が立っていて、こちらに気づくと今の状態を説明してくれた。

「透馬くん?来てくれたの?」

「いきなり交通事故に遭ったって聞いたので、居ても立っても居られなくなって…。それで、美玲は?美玲は大丈夫なんですか?」

「打ち所が悪かったみたいで、もう七年くらいは目を覚まさないんじゃないかって。」

その話を聞いた瞬間、僕はその場で崩れ落ちた。おばさんの表情はよく見えなかったけど、泣いていたと思う。僕も正直ショックで、その日から三日間くらいは立ち直れなかった。だが、いつまでも高校を休み続けるわけにはいかないので、四日目からは復帰することにした。今思えば、僕の精神崩壊はここから始まっていたのかもしれない。

〇悲劇の物語 ―第二ステージ―

 学校に行くや否や、いつも話している僕の一番親しい友達、鈴木真人に心配された。美玲の両親は、今回の事件を学校側へ公表しているわけではないので、心配されても真人に相談できない日々が続いた。それでも、美玲のお見舞いは月に何度か行きつつ、真人のおかげもあって僕は徐々に元気を取り戻していった。

 大学に進んでから二年が経ち、大学三年生の春になったころだ。久しぶりに、真人と飲みに行くことになった。居酒屋で席に着くと、大学に進学してからのことや高校時代の思い出に残っていることなどの話題でとても盛り上がった。やがて時刻は二十三時半を過ぎ、僕と真人も居酒屋を後にした。帰り道にて、途中で家までの道が分かれているところで別れを告げそのまま家についた。その日は疲れていたこともあり、そのまま深い眠りについた。

翌日、昼過ぎくらいに家の電話が鳴った。何事かと思って出てみると、真人のお母さんだった。

「もしもし?」

「もしもし?透馬君?真人が意識不明の重体で今病院にいるの!昨日の夜のこととかいろいろ聞きたいから、一回病院まで来てくれる?」

「……え?」

僕はまた、意味が理解できなかった。わかりましたと返事をしつつ、僕は病院へ向かう途中いろいろなことを考えていた。そして、病院へ到着して医者から説明を聞いた時、さらに心が凍てつくような感覚を味わった。医者の話によると、昨日の夜僕と分かれた後に帰路にて階段の上から落ちてしまい、打ちどころが悪くて意識不明の重体になってしまったとのことだった。「まただ。」僕は思った。また僕の周りの人がひどい目に遭った。真人は、直前まで僕と飲んでいたのに。僕がついていながら。こんなことになるなら、家までついていけばよかった…。とてつもない罪悪感が僕を襲った。先生と真人のお母さんに状況説明をして謝罪し、僕は帰路についた。美玲といい、真人といい、僕の周りにいる人はどうしてこうも不幸な目にあうのか…。その疑問を胸に一週間寝込み、大学にも行けなかった。僕の精神にはしっかり傷が入っていた。

〇悲劇の物語 ―第三ステージ―

一週間後、教授から一度講義に復帰するように言われ、僕はしぶしぶ大学へ復帰した。復帰すると、大学の友達、水卜雄大が声をかけてくれた。しかし、真人はこの大学に在籍しているわけでもないため、簡単に事情を打ち明けるわけにはいかない。また誰にも相談することができずに、僕は悩みを抱え込んだ。それでも、大学の単位のため学校に通い続けた。

 そんなある日、雄大が落ち込んでいる僕を心配して小旅行を提案してくれた。あまり気を使わなくてもいいように二人で。場所は熱海。僕らが住んでいる東京からは、電車で行ける距離だ。何か気晴らしでもしたかったし、何より心配してくれたことがうれしくて僕はその提案を受けた。

 ついに旅行当日、僕たちは楽しみな気持ちを胸に熱海へ到着した。どこまでも広がる海は、これまでの悩みや疑問などをすべて吹き飛ばしてくれるくらい壮大で、僕は見入っていた。夜になって、僕たちは予約をしていた旅館についた。創立百五十年を迎えるその老舗旅館ではおいしい料理や露天風呂が用意されていて、僕たちはお酒と共にサービスを楽しんだ。食事終了後、僕は少し夜風に当たりたくて外に来ていた。

「この海ってどこまで続くんだろう。」

そんな疑問を抱きながら、物思いにふけっていると不意に美玲と真人が頭に浮かんだ。

「あの二人にも見せたかったなー」

そういいつつ、叶わない願いだということを悟っていた。その時だった。急に地面がものすごい勢いで揺れだした。結構大きい地震で、僕は何か物につかまっていないと立っていられないほどだった。揺れでまともに歩けない中、旅館のほうからすごく大きい音が聞こえた。まさかと思い戻ってみると老朽化が進んでいたことが祟ったのか、そこに旅館の原型はなかった。倒壊していたのだ。その時、僕の頭の中には、意識不明になってしまった美玲と真人の寝顔が浮かんだ。必死になって叫んだ。必死になって探した。雄大がどこにいるのか。それだけがただただ不安だった。そして僕は、最悪な状況と鉢合わせることになる。倒壊した建物の中に、頭から血を流して倒れている雄大を見つけてしまった。倒れているというよりかは、建物の下敷きになってしまっていた。

「雄大っ!雄大っ!」

「なあ……目を開けてくれよ……」

周囲にいる人を呼び気すら起きなくて、ただただ見尽くしてしまった。その後、周囲の人たちが集まってきてくれて、雄大は救急車で病院へ運ばれた。「もう嫌だ」僕は思った。一体僕の周りの何人が、どれだけの人がひどい目に遭えば気が済むんだ。今回は前の二人と違って、目と鼻の先に雄大はいたのに。いくら目を離した瞬間だったとしても流石に受け入れられなかった。一体彼らが何をした?何か人に迷惑をかけたか?違う。全員が僕に優しくしてくれた。根っからの善人だ。もしかして、僕がいけないのか?僕がかかわるから不幸になるのか?そんなことを考えながら、病院へ向かう救急車の中で過ごした。きっと、意識不明になった三人ともがそんなことはないと言ってくれる。だが、もうそう思わずにはいられないのだ。いっそのこと、他の人と関わらないほうがいいんじゃないか。そんな思いが僕を覆いつくし、気づけば僕はあまり部屋の外へ出なくなっていた。僕の精神は崩壊寸前だった。

〇悲劇の物語 ―完結―

 雄大との旅行から帰ってきてからはや二か月。両親は雄大の悲報を聞いており、深くは干渉してこなかった。雄大は、大学から近い病院で入院をしている。医者に状況を説明し、雄大の両親には謝罪をした。意識がない昏睡状態だそうだ。もう何事にもやる気を起こすことができなくなって、ほとんど外へは出なかった。大学の単位は、ほとんど取得が終了していたので幸い通う必要はなかったが、卒業するためにはお馴染みの卒論を書く必要があった。卒論は書き終わっていたが、大学まで提出しにいかなければならない。僕の精神状態を心配した母親が、大学まで一緒についてきてくれることになった。

 大学へは徒歩で向かっていた。神様はここでもまた、僕に試練を課すこととなる。僕の不注意だった。横断歩道を渡りかけたとき

「透馬!危ない!」

一瞬の出来事だった。

「バァーーン」

大きな衝撃音と共に母親が、道路へ飛ばされていた。身体は赤色に染まっている。ハッとしてみた時、歩行者用の信号は赤色だった。どうやら精神的に追い詰められた僕には信号の色を見る余裕すらなく、赤信号の時に車道へ飛び出してしまっていたらしい。それに気づいた母親は、僕に代わって向かってきていた大型トラックにはねられたようだ。友達の枠にとどまらず、唯一励まし続けてくれた家族まで傷つけてしまったのだ。また嫌な思考が僕の中を駆け巡る。もういい加減にしてくれ。今回は常に僕の近くにいた。さらに原因が僕の不注意だと?もう僕がほかの人と関わること自体が悪いとしかいえないような状況になった。

―そうか…。 僕が関わるからいけないんだ…。 関わるから僕のせいでみんなは…。―


 母親を病院まで届けた後、状況説明などをして家に帰宅した。医者曰はく、

「お母さんの意識が戻るまでは安心できない。最悪、何かしらの意識障害が残ってしまうかもしれない。」

だそうだ。もう本当に自分のことが嫌になった。何度も死んでやろうと考えた。でも勇気がなかった。散々人のことを死の淵に追いやっておいて、自分が死ぬ勇気はなかったのだ。自分でも惨めな話だと思う。その日から、僕は部屋の外へ一切出ないようになってしまった。あの日から僕は止まってしまったのだ。とうとう僕の精神は崩壊を迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る