第4話 珊瑚のクーペ・エ
「待って。どこへ?」
荷物から水を集め始めたレアにケアヌは狼狽を
「レア! 考えなしに出て行ってもダメだよ。逃げられない」
「何とかする」
「何とかならないから言ってるんだ」
記憶に一度もないケアヌの苛立ちに触れ、レアは自分の
彼女は最早、自分が何を探そうとしているかも判らないまま、手を動かし苛々と応える。
「ケアヌには関係ないじゃない。私は私でやるから」
「君は成り行き任せ過ぎるよ。少しは逃げ方を考えたから話を……」
「そんなこと言って、ケアヌが私を売るためじゃないの!? そうしたらケアヌは褒められるんでしょ? 今より立場だって良くなるんでしょ!」
その姿を宿す金の両眼から涙がほろほろと
「御免ね、レア」
頭に人肌の温もりが
レアが少しずつ
「君はまずマウカで隠れて、こちらに追手を引き付けよう。アヌヘアさんが逃げやすくなる。私有地の地下には退避室や通路があるけれど、一斉に捜査するには広過ぎるから、目を付けられそうな場所を避けて
母の名にレアの心臓は縮むと同時に熱が宿る。
アヌヘアは、彼女ならば何とかしてくれる、と思わせる女性だった。父のハクメレとは対照的に異能を使うところはレアでさえ見たことがない。それ故、人は彼女を『異能知らずの賢者』と呼ぶ。
彼女ならば今の困難を切り
「ヒヴィやその近くから注意が
ケアヌが何をどう把握しているのか、レアには得体の知れない不気味さも感じる。彼女の知らなかった母を、彼女の知らないケアヌが知っている。それが何故かレアには想像できない。
沈黙するレアを暫く見守ると彼は目を泳がせながら言い難そうに切り出した。
「それで、服はその……それを着たままは……」
「判った」
能弁な沈黙を
「待って! 何して……」
慌てて視線を大きく逸らした。
レアはむっとして、それを睨む。彼女とて脱ぎたくて脱いだ訳ではない。むしろ恥じらうケアヌを
「このままじゃ、ダメなんでしょ?」
「レアは一つ、夢中になると他が見えな過ぎるよ」
ケアヌは
「その格好で表に出て、向かいの庭へ走れる?」
レアが頷くとケアヌも頷き返す。
「向かいには
「でも、禁足地って……」
禁足地を
不安の表情を浮かべるレアの前、ケアヌはしゃらしゃら、と桃色の
「
レアの指を握った手に一度、力を込めると、彼は手首へと
「これを着けていて。一族の印みたいなものだから。毎日ハウメアには捧げ物を。その紐を解いて
「珊瑚!? 珊瑚って伝説じゃないの? 水が溜まった海の中にしかないって神話の話でしょ?」
「僕の家ではこれを珊瑚として大事にしてる。一族の外には秘密にする程ね」
それからケアヌは自嘲気味に目を伏せた。苦味の際立つはにかみを浮かべながら、彼はありふれたペレの涙を連ねた紐を取り出し、珊瑚の上から幾重にも巻く。
「結婚を約束する時、珊瑚のレイを贈るんだ。だから、
言い訳するかに告げるケアヌと隠れがちな珊瑚を交互に眺め、レアは息を深く吸い込む。意を決した声が吐き出された。
「こんな貴重そうな物、貰えない」
「どうして? レアは貰って当然だよ」
「婚約解消の時も贈るの?」
その一言と真っ直ぐなレアの
しかし、彼女の掌の下に自らの掌を合わせ、もう一方の手を
「まだそうとは決まっていない……これは僕がレアにあげるためだけに集めた珊瑚だから他に使い道もない。だから受け取って。そうでないと意味がないんだ」
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