【短編】ソロ冒険者なのに突然パーティー追放を言い渡された話

八木耳木兎(やぎ みみずく)

【短編】ソロ冒険者なのに突然パーティー追放を言い渡された話



「お前はパーティー追放だ」





 一瞬、言葉の意味を飲み込めなかった。

 それが、あまりにも突然の出来事だったから。




「言ってる意味が分からないって顔だな。そういう勘の鈍さが、お前がお前たる所以なんだよ」




 言ってる意味が分からない。

 確かにそういう顔で、目を見開き、コーヒーカップも皿において、俺は目の前の発言主を見つめていた。



「最近のお前ときたら、戦闘でも採集でもろくに活躍してねーじゃねーかよ。そういうわけで俺たちはお前のことな、前々から無能だと思ってたんだ」




 言い返せなかった。

 向いに座る一人の男と、彼の後ろに控える数人の冒険者を前にして、徐々に困惑に染まって行く俺の顔が、窓ガラスに映っていた。




「せいぜい不遇な人生を送ってくれ、死ぬまでな。くっくっく……」



 とりあえず、俺は目の前の男に向き直った。

 現実に起こっている状況をなんとしてでも理解したくて、俺も言葉を紡ごうと思ったのだ。










「…………あのさ」











 そして今持っている一番の思いを、彼に投げかけた。
















「…………………………………………………………………………誰?」












◆   ◆   ◆









「クカカ、パーティーメンバーの顔も忘れたか」



 俺は何も言い返せなかった。

 まず状況が全く把握できなかったから。

 徐々に困惑に染まって行く俺の顔が、窓ガラスに映っていた。


 

 無理もない。

 一人で酒場のテーブル席でコーヒーをすすっていたところを、突然初対面の勇者らしき人物―――勇者専用らしきご立派な鎧とご立派な剣を身に付けていた―――とその仲間たちに相席され、開口一番所属してもいないパーティーの追放を言い渡される、という状況にあったのだから。



「使えない冒険者とは思っていたが、まさかパーティーのリーダーたる俺の顔すら思い出せねェとはなァ」


「…………そもそも俺、今ソロなんだけど」


「あァ? 自分が所属していたという自覚すらなかったのか。だからお前は無能だっつってんだよ」


 その眼は曇り一つない。

 嘘を言っているような目には見えない。

 …………記憶喪失にでもなったのかな、俺?

 目の前の人間があまりにも当然のように喋るので、自分の記憶の方が自身が無くなってくる。

 もしかして、今巷で噂の洗脳術にかけられたのかな?

 いや、でもあの洗脳術をかけてくるモンスターってダンジョンにしかいなかったよな……


「昨日のダンジョン討伐を思い出してみろ。お前はモンスター一匹ろくに傷つけられなかったし、レアアイテムも一つも発見できなかったじゃねぇかよ。これが使えない冒険者じゃなくて何なんだ」


「……昨日どころか俺、ここ一週間で一回もダンジョン入ってないし。市場を周ってばっかりだったし」


「ハッ、昨日自分が何をしていたかも覚えてねーのか。どこまで無能なんだお前?」


 俺としては間違ったこと言っていないはずなのだが、何を言っても、罵倒で一蹴される。

 濡れ衣を着せられて取り調べで尋問されているような感覚だった。



「もういいもういい、俺ちょっとトイレ行ってくるから、お前そこでじっと考えてろ。自分がなんで追放されるのかをな」


 俺に追放を言い渡した謎の男は、そう言うと席を立って向うへと去って行った。



(……何????? どういうこと???????)

 理解が全く追い付かなかった。

 困惑に困惑を重ねた俺は、とりあえず状況を整理してみた。




 まず、今俺はソロの冒険者でパーティーに所属してない。

 そしてここ一週間は、いずれ来るダンジョン攻略のために、必要な武器の準備をしようと市場を渡り歩いていただけだ。

 今近場にある第三十四ダンジョンは発見されたばかりで、低階層をレベル三桁の初級者パーティーが探索しているという状況。

 俺たちレベル四桁、五桁の中級者~上級者は、いずれ来る高階層踏破のために、強力な武器を錬成したり、その素材集めのために森や洞窟へ行ったり、といった準備をしている段階だ。

 そして今噂によると、ダンジョン内には洗脳術による味方攻撃の状態異常魔法を得意とするモンスターがいるらしく、集団で動くパーティーほど危険、と推測されている。結果仲間を傷つけないように、という考えから敢えてパーティーから抜け、一旦ソロで動くという選択をとっている冒険者が増えている。

 かくいう俺も、かつてパーティーを組んでいた仲間たちとはいったん二区画離れた町で別れ、ダンジョン偵察と仲間たちが装備する武器の錬成、アイテム貯蓄のためにソロで活動している。

 元いたパーティーの仲間たちは十代後半の同年代ばかりだったし、間違ってもあんな髭ズラで図体のデカい、見た目四十代後半な勇者の所属するパーティーには所属したことがない。ましてあいつと一緒にダンジョンに入って何かした覚えもない。



(その…………はずなんだけどな)



  おっさん勇者へのインパクトに記憶が吹き飛ばされそうになり、自分で自分の記憶に自信が無くなっていた俺の向かいの席に、腰を下ろす人物がいた。

 俺より四、五歳ほど年上という感じの、清楚なお姉さんだった。

 先ほど、急に追放を言い渡してきた男の後ろに控えていた集団の一人だ。

 三角帽子とローブから言って、おそらく魔法使い。



「戸惑って、おられますよね」

 正直なところ、お姉さんが優し気な口調でそう言ってきた時、俺は滅茶苦茶安堵した。

 無理もないだろう。

 先ほどまで俺は、自分の記憶にすら自信がなかったのだ。

 


「えっと、…………どういうこと?」

 俺もそう返した。

 さっきの言葉から言って、このお姉さんは話が通じそうだ。


「心配しないで。あなたがソロなのはわかってるから」

 お姉さんのその言葉で、彼女が俺の心境を理解してくれる人物であると分り、俺は無人島に仲間がいたような感覚を覚えた。


「ステータスを表示してみてくださいな」

「…………【ステータス、オープン】」


 お姉さんの言葉通りに、俺は言の葉を紡いだ。

 冒険者がこの言葉を口にすれば、自分及び自分の視界内にいる冒険者の名前、ジョブ、所属パーティーがウィンドウとなって表示される。


【名前:ハヤテ

 ジョブ:剣士

 所属パーティー:なし】



 俺の記憶通り、現在所属パーティーは無し。

 さっきのあいつが言ったことは、全くの大嘘だったことが無事証明された。

 最初からこうやってステータスを表示すればよかったのだろうけど、あまりにも突然すぎる出来事で動転してたのだから仕方がない。



【名前:アディーネ

 ジョブ:魔法使い

 所属パーティー:断罪者たちの園マイレージ・マイライフ★】



 そして目の前のお姉さんは、風貌通り魔法使い。

 さて、この【断罪者たちの園】―――どこかで聞いたことがあったパーティー名だったが、今それは問題じゃなかった―――とやらのリーダーと思われる勇者が、なぜ俺にあんなことを言ってきたのかが問題なわけだが。



 しかし。



「………………あれ? 表示されない?」



 辛うじて振り向いた先に視界に映っていた、化粧室へと去って行く先ほどの勇者。

 だが視界内に彼を収めても、彼の頭上にウインドウが開くことはなかった。



「…………【隠密】スキル持ちか何か?」

「いえ、違います」

「えっ…………ていうかあなたがパーティーリーダー? なら尚更あいつ何なの!?」

 よく確認したら、アディーネさんのステータスのパーティー欄にはリーダーであることを示す★マークが付いていた。

「だってそもそも冒険者じゃありませんもの、彼」

「は?」

「彼、一般人ですの」





 ……?





「あの人、酒場を行きかう見知らぬ冒険者に【お前はパーティー追放だ】って言って、ちょっとでも冒険者パーティーを統率しているかりそめの優越感を味わうことを趣味にしてる無職の一般人なの」






 ………………………………?





「巷ではあの人、【追放言い渡し屋】と呼ばれているわ」





…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………?




◆   ◆   ◆




「…………ごめん、やっぱり理解が追い付かない」

 彼女の説明で理解ができるかと思ったら、より理解が出来ない答えが返ってきた。

 底なし沼にハマった時ってこんな感覚なんだろうか。




 あと無職なら追放言い渡し屋っておかしいだろ。

 それもっとこう、追放代行サービス、みたいなことやる人に付ける二つ名だろ。




「じゃああいつの言ってること一から十まで大ぼらじゃん。さっき曇り一つない目で俺が役に立たないとか言ってたわけ? 嘘の話をあそこまで真正面から言えるものなの?」

 今ソロで一人だけとはいえ、俺も一応は色んなモンスターを倒してきた上級冒険者だ。

 初級者ならともかく、一般人があんな大嘘を俺の前でこけるとは思えない。



「私が催眠魔法で暗示をかけてるから、あの人は本気であなたがパーティーに所属する役立たずだと思い込んでる。あとはあの人が追放を言い渡すだけ」

 その疑問は、またしても目の前のアディーネさんが答えをくれた。

 あまり理解できない、理解したくない答えを。

 彼女も彼に加担していたとわかり、俺の理解者だと思っていたアディーネさんとの距離感が急に拡がった気がした。




「え、じゃあ服は? 勇者じゃないと装備できないタイプの鎧と剣に見えたぞ」

「それはアタシよ」




 さっきのおっさん―――通称【追放言い渡し屋】の後ろに控えていた、アディーネさんとは別の女性が前に出て来た。

 ピエロを模った衣装を身に纏う彼女は、アディーネさんとは違って、顔に幼さの残る活発な印象の美少女だった。

 ステータスによると名前は【ダリー】、ジョブは【ものまね士】。



「アタシのジョブを応用すれば、勇者そっくりで、かつあの人のサイズに合った鎧も剣も簡単に作れるってわけ。はりぼて同然の仮装だけど、初対面なら簡単にダマせるわ」

「…………なるほど」


 あらかたの問題は、これで答えが出た。

 ただし、それは表層上のものだけだ。




「じゃあ聞くけどさ、あんなヤバイ奴を、なんでアンタらは手助けしてるわけ? 剣も持ってなけりゃ魔法も持ってない、ただ迷惑行為を連発してる無職のおっさんだろ? さっさと捕まえて、町の役人に通報すればいいじゃないか」



 問題のもっと奥深いところを解決しなければいけない、そう思って俺はそう二人に聞いた。

 今さっき追放を言い渡されたということは、おそらく次の日も、またその次の日も、あるいはおれの元パーティー仲間がこの町に来た時にも、追放を言い渡される可能性があるし、正直言って不快極まりない。今彼女たちに何とかしてもらわないと、ダンジョン踏破時の精神状態にも支障が起きかねない。




 【追放言い渡し屋】の後ろにはアディーネさんとダリーの他に、少年や老人もいる。血縁関係か何かだろうか?

 それとも、よく問題になってる、ダメな男に貢いでる女冒険者と旧友……?




「私もあなたのように、当時赤の他人だった彼に、追放を言い渡された時は、通報しようと思ってたわ。あれはちょうど第八ダンジョンを完全制覇した直後、この街に来たばかりの頃だったわね」

「……ちょっと待て……第八ダンジョンって!? この国の最南端にある、国内最難関と呼ばれた黒龍の控えるダンジョンのこと!?」


 そこまで言って、俺は内心であっそうか!!!と思い出した。

 さっき【断罪者たちの園】というパーティー名を見て聞き覚えがあった気がしたが……

 国内最難関の第八ダンジョンだけでなく、南方地方最難関のダンジョンを五つ制覇した、伝説のパーティーじゃないか!!!!!

 俺自身が当時故郷の東方にいて所詮遠方の集団と興味を持てなかったことと、第八ダンジョン制覇後急に消息を絶って世間から忘れられたことで記憶から抜け落ちてたけど、まさかこんな場所に彼女たちがいたなんて……



「ここのダンジョン……そう、この街の近場にある、ダンジョンも最速で制覇しよう、と思ってたところに、あの人に追放を言い渡されたの。丁度、レベルも六桁になったところだったしね」



 六桁……というか、彼女たちって。

 俺はステータスを再確認して、アディーネさんのレベルに注目した。

 マウントのとりあいが疲れる、という理由で、俺らのような中・上級者は普段他人のレベルを不可視設定にしているが、今回はその設定を切り替えた。


 えぇ!?

 レベル200000!?


 ダリーもレベル180000だ!?

 その隣にいる弓矢使いらしきこの少年もレベル150000!!??

 その隣の僧侶らしきお爺さんもレベル120000!?!?!


「やっぱりアンタら最強パーティーじゃないか!!! 尚更あんなヤバイのにかまってないでさっさと冒険しろよ!! アンタならここのダンジョンも即制覇できるしレアアイテムがっぽり入手して一財産築けるだろ!!」

「それはできないわね」

「……なんで?」

 嫌な予感しかしなかったので、理由を聞いたことを一瞬俺は少し後悔した。





「クセになってるもの。追放を言い渡すあの人の後ろで、あなたみたいな人の戸惑っている顔を見るのが」





 ………………この人はこの人でヤバかった。

 





 予感の百倍ほど嫌な回答が返ってきた。

 なお、そう語るアディーネさんの表情は、今までで最も色っぽかった。





「最初あの人に追放を言い渡された時は、私も嫌悪感と怖さでその場をすぐに立ち去ったわ。でも、次の日この酒場に来た時も、また次の日も、そのまた次の日も、彼、毎日違う冒険者に、追放を言い渡してたの。当時は私の催眠魔法もダリーの仮装もなかったし、ただの無職のおじさんが冒険者相手に追放を言い渡してたわけだから、当然不快に思われたし時には流血沙汰にもなった。でもそれでも彼は、【追放言い渡し屋】としての快楽・優越感を諦められなかったの」



 完全に、教祖を崇拝する信者の眼をしながら回想するアディーネさん。



「追放を言い渡す彼の後ろ姿と、その真正面で戸惑う冒険者たちを見て、気付いたの。彼の追放言い渡しと、冒険者の戸惑いに、自分が興奮を覚えていることに。それに気づいて以降、もうダンジョンとか冒険とかどうでもよくなっちゃったの。ダリーたちパーティーメンバーも、最初は嫌がってたけど、今やすっかり【追放言い渡し屋】の一味よ」




「………………………………いや、パーティー結成秘話みたいに語ってるけど、パーティーですらないただの嫌がらせ集団だろ」

 酒や賭博に溺れて堕落する強豪パーティーは聞いたことあるけど、無職のおっさんに堕落させられる強豪パーティーなんて初めて見た。

 この国最強の兵力が、知らない間に一人のヤバイ国民に無力化させられている状況を、俺は目の当たりにしていた。

 戦争とかあった時どうするんだろ。



「それだけじゃないのよッ」

 


 そう声をかけてきたのはダリーだった。

 彼女もあの男に特別な感情を持っているのか、先ほどより目に見えて浮き浮きしている。


「実は【追放言い渡し屋】パパへの協力を続けていたら、結構金になる商売になってたの」

「金になる商売……?」

周りをよく見なさい(というか、何だパパって)



 そう言われてあたりのテーブルを見まわすと、複数の視線が集中していることがわかった。

 男女カップルの冒険者を見ている時のような、羨望と嫉妬の入り混じった目線が、左右前後様々な方角から俺を見つめていた。



 なんで俺を睨んでいるのかと思ったが、聞き耳を立てるとその答えがわかった。



(あの野郎、自分だけあの人に追放を言い渡されるなんてずりぃぞ……)

(あんな奴を追放するんだったら、俺を追放してくれよ……)

(俺も急に追放を言い渡されて、嘘でも戸惑ったりショックを受けたりしてぇのに……)





 …………ヤバい奴しかいなかった、この酒場。





「【追放言い渡し屋パパ】が何度も何度も追放を言い渡し続けた結果でしょうね。強そうな勇者に追放を言い渡されて、仮初でも無力感を味わいたいという内なる欲望に気づいた冒険者がこの一年で急速に増え出したの。そこに需要を見出して、アタシたちは勇者パーティーを演じることで、冒険者たちにサービスを提供している、ってワケ。後で言い渡された冒険者から投げ銭をガッポリ貰ってるから、アタシたちは名実ともに【追放言ついほういわた】なのよ」

「…………風俗のプレイみたいになってんの…………?」

 



 その投げ銭とやらの使い道も気になったが、聞かずともおおよその察しはついた。

 ダメな男に貢いでる女冒険者って予想は、どうやら当たってたようだ。

 その方法は想像と全く違ったけど(てか、そっちが養ってるのにパパ呼びって逆だろ)




「で、ハヤテくんだっけ?」

「本題は、ここからなんだけど」

「……何?」



 ヤバい性格とはいえタイプの違う美女と美少女に左右から詰め寄られて、少し動揺する俺。



「一目見た時から、相性がいいと思ってたわ」

「アンタ、アタシたちと一緒に」

「「【追放言い渡し屋】にならない?」」



 セクシーなアディーネさん。

 キュートなダリー。



 二人の美女に言い寄られれば。



 俺も即答せざるをえなかった。



「い  や  絶  対  嫌  じ  ゃ  !!!!!!!!!!!!!!!」




 美女二人に、一緒に仲間にならないかと誘われる状況。

 男なら、誰でも二つ返事で「はい」と答えるだろう状況。

 だが、俺の答えは真逆だった。




「いくら需要が生まれようがアンタらやってること結局気持ちの悪い迷惑行為じゃねーかよ!!! 成り立ち的に最早カルト宗教だしさ!!!!! おまけに初対面の俺まで巻き込みやがって!!!!!!!!!」




 さすがにいくら美女に言い寄られようが、近づいちゃいけない領域ってものがあるはずだ。




「カルトと思うのは勝手だけど……あなた結構、【追放言い渡し屋】の才能あると思うわよ」

「何しろアンタ、【追放する勇者の後ろでニヤケ顔】だもんね」

「もういいもういいもういい!! 要するにお前らただのアブノーマル性癖(性癖?)集団だろ!!!」

 知らん才能や知らん個性と関連付けられて、俺の脳ももうすぐ限界に来ていた。



「アンタらみたいなヤバイ奴だらけの街にいられるか。ダンジョンなんかどうでもいい、おれはここを出て行く!!!!!! 二度とこんなところ来ないからな!!!!!!!!!!!!!」

「ちょっと! 出ていくなら追放言い渡し代払いなさいよね」

「払うかァ!!!!!」



 そう言って、コーヒー代の紙幣だけおいて、俺はさっさとその場を後にした。

 ダンジョンが攻略できないのは惜しいが、深淵を覗けばなんとやら。

 あの男やこの街は、俺が踏み入っちゃいけない領域だったんだ…………







◆   一年後   ◆






「お前はパーティー追放だ」



「………………………………………………………………誰?」


「クカカ、お前パーティーメンバーの顔も忘れたのか」


 向かいの席に座る俺の幼馴染にして、昔所属していたパーティーのリーダー・カーチスは、言っている意味がまったくわからない、という顔でそう問いかけてきた。

 

「もういいもういい、俺ちょっとトイレ行ってくるから、お前そこでじっと考えてろ。自分がなんで追放されるのかをな」

「おい、ちょっと待て……何なんだお前!!!」

「落ち着け」

「…………え?」

「戸惑ってるみたいだな……いや、いいんだアディーネさん。俺に説明させてくれ、顔見知りだから」

 そう言って、【追放言い渡し屋】の後ろに控えていた俺は、彼の代わりにカーチスの前の席に座った。

 


「ハヤテ…………!? お前、ハヤテじゃないか!!??」


「よっ。久しぶりだな、カーチス……会えてうれしいぜ」


「ハヤテお前……一旦ソロになってこの街でダンジョンを探索するって言ってたよな。お前なんで一年間も音沙汰がなかった!? 半年前もう俺たちのパーティーには戻らないって手紙をよこしてきたのは何だったんだよ!?!? なんであんな変なおっさんの仲間になってるんだよ!!??」


「一年前、俺もお前みたいに戸惑ってたよ……」


「御託は良い!!! 一年間こんなところで油を売ってた理由を言え!!!!」



 俺の胸倉を掴んできたカーチスの表情には、怒りだけでなく、戸惑い、混乱、困惑、その他あらゆる感情がないまぜになっていた。



 そのことが俺には、たまらなく快感だった。




「……クセになってんだ。追放を言い渡すあの人の後ろで、お前みたいな奴の戸惑っている顔を見るのが」



 そう、この世界は何もかもが新鮮だ。


 初対面なのにいきなり追放を言い渡された冒険者の、戸惑い、混乱した顔。


 冒険者によって表情は違うが、それを見て俺が覚えるのはいつも同じ感情。



 ああ、何物にも勝る快感だ……!!



 一年前のあの日、俺はキレ気味で酒場を出て、逃げるように街を出て、隣町の宿に泊まった。

 その日の夜ベッドに伏して、どうしても寝られず、結局朝まで起きていたことは昨日のように覚えている。

 その次の日も、その次の日も、俺は寝られなかった。

 一か月後、俺はやっと眠りにつくことが出来るようになった。

 自分の中で【見ず知らずの勇者にパーティーを追放されたことに興奮を覚えていた】という本能が目覚めていたと、自覚することができたからだ。

 そう自覚した頃には、【もっともっといろんな冒険者が、パーティーを急に追放されて混乱している顔が見たい】という本能的な欲望が脳を包みこんでいた。

 ダンジョン攻略? 何だそれは?




 ぐっすり眠った次の朝、俺は【追放言い渡し屋】の町に戻り、アディーネさんとダリーに必死で非礼をわびた。

 仲間に入れてくれと懇願する俺を、アディーネさんは「どうせ戻って来ると思っていた」とだけ言って、快く迎え入れてくれた。

 今では俺も、立派な【追放言い渡し屋】の一味だ。

 まだまだ新人だから、投げ銭の箱持ちという身分だが、先輩のアディーネさんとダリーに指示されて、【追放言い渡し屋】のサポートをしている。

 冒険者によって細かいリアクションが違うから、この商売は毎日が発見の連続だ。

 正にダンジョンでは見られない、全く新しい世界と言っても過言ではない。



 そして井の中の蛙だった俺に、この世界を見せてくれたのは、他でもない、この【追放言い渡し屋】。



 アンタ、これまで見て来たどの冒険者よりも、男の中の男だよ。



 これからも、俺の目の前で、初対面の見知らぬ冒険者に追放を言い渡してくれ。



 もっともっと俺に、違う世界を見せてくれ。



 この世界に出会った瞬間の興奮・感動・高揚感は、ダンジョンの深層部で強豪モンスターを倒した瞬間、超レアアイテムを手に入れた瞬間よりも遥かに勝るのだから。




「悪いことは言わないハヤテ。俺たちのパーティーに戻って来い!!!!」

「もう遅い」

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