EP15 一難去って
相も変わらず鬱蒼と生い茂る木々は表情を変えぬまま存在していたが、不意にミリアを先頭とする集団は開けた場所へと出た。瞬間、四人が取る行動は勿論警戒。だがしかし、その警戒をミリアは真っ先に解いた。
「――! ロイス!」
それは、丁度反対側から同じ様に飛び出して来た臙脂色の髪を見つけたからだ。悔しいが、三隊長の中でミリアの権力は一番下。逆に最高権限を持つのがロイスだ。故に彼の姿を認めた途端、即座に駆け寄る事を選ぶ。
「ミリア!」
「あ〜っ! ロイスの兄ィ……!」
同じく、こちらの姿を認めたであろうロイスが声をあげるのと、ミリアに追走していたカイルが少し潤んだ声をあげ、親愛なる兄へ突撃していくのはほぼ同時であった。時空属性持ちと見紛う程の速さで進んでいく姿はほとんど突進。最大の力でぶつかられたロイスは、少しよろめきながらもカイルを受け止めた。
「おっ……と。……カイルも、無事で良かった。こちらは私とマツバ、それからシルヴィオ殿とドラセナの四人だ。そちらは?」
それから、少しだけ口元を緩めて弟を撫でた後、直ぐにまた真剣な表情に戻って情報の共有を優先する。現時点で一番重要なのは、散り散りになってしまった全隊員の無事だ。
「ん、ミリとあと、元スクール生が三人。……バレッタは?」
ロイスが口にした名前、それから自身の元にいる隊員を合わせても、どう考えたって一人足りない。ミリアは心配を隠し切れない瞳で、頭一つ分高いロイスの顔を見上げた。しかし、ロイスは彼女の行方を知らない。困った様に言葉を詰まらせるばかりだ。
「……おぉ、バレッタならチェシャ博士が一緒だ。心配すんなよ、多分平気だ」
一気に表情を曇らせたミリア、ついでにジェノを確認したドラセナは、二人を安心させる様に微笑んでバレッタの無事を告げる。それから、心配そうに見上げてくるミリアの頭に手を乗せた。
「っ、はぁ? ウザ。別に心配してる訳じゃにゃいし……!」
それに対してミリアは反射的に棘のある言葉を投げ付けたが、ジェノがする様にドラセナの手を振り払おうとはしなかった。「はいはい」と苦笑しながら彼女を宥めるドラセナは、まるで兄の様。ジェノは少しだけ
「――ジェノ君!」
けれど、それも数秒の事。まるで運命の再会を果たしたかの様に呼ばれた名前。弾かれた様に顔を上げれば、焦った様な表情の隊長がこちらへ駆け寄ってきていた。元よりシルヴィオは心配性であったのだが、キュウビを討伐した後くらいからその性質は更に加速している気がする。
「あぁ……良かった、お怪我はありませんか? 何か無茶とか……」
駆け寄ってきたシルヴィオは自身の得物を地面へと置くと、ぱたぱたとジェノに触れて怪我が無いか確かめ始める。まさに迷子になっていた幼子へとするそれだ。
「っ、してませんよ! 俺の事なんだと思ってるんですか!? ……まぁ、でも、その……合流できて良かったっす」
勿論ジェノは立派な高校生男子である。その為気恥しさに耐えられず、今にも抱き締めてきそうな勢いのシルヴィオを押し返そうとする。
頭一つ分どころの騒ぎでは無いくらいの体格差であった為押し返す事は叶わなかったが、相手はドラセナでは無くシルヴィオだ。漂ってきた紅茶に似たいつもの香りに包まれて安心したのか、ジェノは途端にしおらしくなる。
何となく、寂しくなったのだ。少しだけなら、甘えても構わない。
「ははは、成程。バレッタ君がジェノ君の事を猫だと言っていた理由がよく分かるねぇ」
あまりに見ない友人の側面を垣間見たクラウディオは、ぼんやりと彼の評価を思い出して笑声を吹きこぼした。彼の頭の中に浮かんでいるのは、実家で飼っているペルシャが、久しぶりに帰った時に似た様な反応を見せた事である。
「っ、はぁっ!? な……何それ!? は!? 猫!? バレッタちゃんが!? そう言ったの!?」
友人の言葉を聞き届けた瞬間、ジェノはがばりと顔をクラウディオへと向け、素っ頓狂な声で反応する。その拍子に驚いたシルヴィオは両の手を小さく上げた状態で固まっていた。勿論驚いたのはジェノの声にでもあるが、何よりクラウディオの言葉に目を丸くして、きょとんとした表情を見せている。
「うむ、君はシルヴィオ隊長殿によく懐いた猫の様だと言っていたよ」
「はぁぁっ!?」
タチの悪い聞き間違いであれば良かった。だが、現実は非情である。クラウディオはいつもの様な柔和な笑みを浮かべると、聞き間違いであれと祈りながら繰り返されたジェノの言葉を是と頷いた。それはつまり、バレッタが本当にそう言ったと肯定した事になる。
「だはははは! ご主人様に会えて良かったなぁ猫ちゃん!?」
目を剥いて声を荒らげるジェノに、腹を抱えて笑うドラセナ。失礼な事に、彼の目尻には涙まで浮いていた。何せ、ドラセナはバレッタ本人がそう語った瞬間を聞いていたのである。
「っ、あんたは黙っててください!」
「あイッテ!?
天敵の乱入に、ジェノは我慢ならないと言った様に蒼穹で近付いてきたドラセナの脚を叩く。突いたり振り回したりしていないだけ有難いと思って欲しいくらいだ。
「――ったく、声が聞こえたと思えばお前達……一体何を騒いでるんです、正気ですか?」
そうしてやいのやいのと騒いでいれば、森の奥から音も無くチェシャが現れる。その顔に浮かんでいるのは呆れと軽蔑。正気を疑う黒曜石の瞳が、騒いでいる元凶の二人へと向けられた。
「っ、セナさんっすよ!」
「おっ、チェシャ博士! 博士の癖にあわてふためかずその余裕って事は……既に騎士長殿と合流済みだな?」
今回ばかりは自分の所為では無いと言い張りたいジェノは、誤解を解く為に必死で声をあげる。しかし責任を押し付けられた側のドラセナは、全く気にしていないと言う様にからかう標的をチェシャへと変えた。懲りない男である。
「相も変わらず減らず口が健在そうで何よりですよ……! はぁ、全くその通りですがね……。スズカとアカツキ、それから黎明の娘がこちらには居ます」
失礼な言葉に牙を剥いたチェシャであったが、ドラセナの目的が情報共有である事に気が付いたのか、急に矛を収めると諦めた様に首を振るう。全く、ドラセナは一言余計なのだ。その所為で本当の目的が埋もれてしまうのである。
そうしてバレッタの無事を知らされた途端、何名かの表情が安堵に緩んだ様に見えた。
「となると、これで全員揃った事になるのか。――ではチェシャ博士、騎士長の元に案内願いたい」
チェシャの言葉に真っ先に反応したのはロイスであった。
「何故吾輩が……。気乗りはしませんが、どうぞ勝手についてきてください。はぐれても吾輩は知りませんからね……!?」
如何にも案内役であるといった様子で現れたチェシャであったが、どうやら本人にそのつもりは無かったらしい。彼は牙を噛み鳴らして脅しをかけたが、踵を返して走り出したその速度は非常に緩やかなものであった。
◈
一行がチェシャの背を追うこと、約十分程度。ようやく見えてきたのは、先程合流した地点よりも更に開けた場所。気が付けばチェシャの速度は歩みと同等になっており、それはあの場所にスズカがいる事の証明となっていた。
それを察した黎明隊の二人は、減速を始める一行とは反対に更に加速して林間の空地を目指す。
「バレッタちゃん!」
「バレッタさん!」
空地へと駆け付けた黎明隊の二人が同時に呼んだのは、残るもう一人の名前だった。スズカ辺りから貰ったのか、レーションを食んでいたらしいバレッタはびくりと肩を揺らして振り返る。
「あっ……!? 隊長! 先輩! ご、ごめんなさい私……」
そうして二人の姿を認めたバレッタは、琥珀色の瞳を丸くして慌てて口に含んでいたレーションを飲み込む。それから二人の元まで駆け寄ると、心配を掛けさせてしまった事を謝った。
「いいえ、バレッタさんも無事でよかったです。チェシャさんにはなんとお礼を申し上げていいのか……」
シルヴィオは謝罪を微笑みで受け取ると、バレッタを助けてくれたというチェシャには頭が上がらないと首を振るった。
「申し訳ないと思ってんならこれ以上迷惑を掛けないで貰えると嬉しいんですがねぇ……」
「あ、あはは……」
その言葉はチェシャにも届いていた様だ。黎明隊同様空地までたどり着いたらしいチェシャは、ゆっくりと歩きながらシルヴィオへと牙を剥く。ぐうの音も出ないシルヴィオは、ただ力なく笑う他無かった。
「おぉ、皆無事であったか! うむ、皆元気そうじゃの。ばばは安心したぞ!」
それから、小さな軽い足音。そちらに目を向ければ、スズカがまるで、迷子の我が子を見つけた親の様な表情を浮かべて一行を出迎えていた。真っ先にロイスが彼女の前へ出て、現状の報告を始めている。それにミリアとマツバも続いた。どうやら、緊急で会議が始まったようだ。
『――……か、どなたか……! 応答、お願いします……!』
そんな会議を眺めていれば、ノイズ混じりの無線が意味のある言葉を届けた。
「――! ロズ!」
聞けば分かる。その言葉の主はロザイアだ。ドラセナは弾かれた様に顔を上げると、誰よりも早く彼女の要請に応えた。
『あ……せ、セナちゃん……!? 良かった、ようやく繋がった……!』
「心配掛けてごめんな、ロズ。俺は大丈夫だぜ、ピンピンしてる!」
ドラセナが返事をした途端、既に泣き出しそうであったロザイアの声が更に潤んだ。余程心配を掛けたのだろう。ドラセナはそんな彼女を安心させる様に言葉を連ね始めた。
二人だけの世界に入っている様だが、彼らが会話をしているのは電話では無く無線だ。こちらにも丸聞こえである。傍から見れば虚空に語り掛けている様に見えるドラセナを、ジェノと、ついでにチェシャが冷めた目で見つめていた。
『――スズばぁ! 居る!? こっちからはそっちの信号が拾いにくくて……皆無事なのかしら?』
そして、無線越しに聞こえる必死な声がまた一つ。
「む、アリスか! 儂らは皆無事じゃ! 誰も欠けては居らぬぞ! それから――……」
こちらもまた、聞けばわかる。声の主はアリスだ。呼ばれたスズカもまた、彼女を安心させる様に言葉を連ねようとするが、それも最後まで続かない。「スズばぁ?」と耳元で小さく声が揺れた。
「――! スズカ!」
「――スズカ様」
だが、アリスの言葉に答える間もなく、呪力の探知に長けているオニ喰いと、簡易計器を所持したオペレーター長がスズカの名を呼んだ。
「……うむ、儂も感じた。ちと、儂とチェシャが揃いも揃って同じ場所に居すぎたの」
それが意味するのは、たった一つ。オニの接近だ。何より、チェシャと同じオニ喰いであるスズカもその気配を感じ取っていた。
オニは呪力を求めて彷徨っている事が多い。種族が違えば共喰いをする事だってある程だ。
「すまぬ! オニ避けは焚いておいたのだがの……! 儂らの呪力を狙ってオニが来るぞ! 構えろ!」
つまり、接近しているオニが狙っているのは、大型と同等かそれ以上の呪力を持つスズカとチェシャ。どうやら、緊急用の簡易オニ避けは意味をなさなかったらしい。
スズカの叫びに、先程までの安堵に緩んだ雰囲気は掻き消え、皆が一斉に自身の得物を構える。
『うわホンマや! 気ぃ付……み……ニが――……』
「え、ちょ、アヤメさん……!?」
少し遅れて、拠点でもオニの接近を感知した様だ。しかし、アヤメの忠告は次第にノイズに呑まれ、最後には何も聞こえなくなる。焦ったジェノは彼女の名を呼ぶが、返事が来る事は無かった。
そんな、無線に気を取られているジェノの頭上を、大きな影が通り過ぎて行った。
「こやつは……!」
はっとしたジェノが顔を上げるのと、目を見張ったスズカが呟くのは同時。
「――――……」
「……中型のネームド、ヌエの発生を確認しました。ただ今より、全オペレーション権限をアカツキへと強制移行致します。各位、迅速な討伐を提案します」
アカツキの冷静な声が戦士達の足を動かした。
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