EP08 “捜索”任務

「……む? アリスと『見鬼けんき』の娘がおらんの」


 並んだ面々の顔をぐるりと見回して、それからスズカはぽつり。見知った顔と、見覚えのある顔が足りなかったからだ。


「あ……、あの、スズカ様……。アリス先生と、アヤメ先輩は……まだ、準備に時間が掛かるそうです……」


 そんなスズカへと、ロザイアは遠慮がちに声を上げた。彼女には、アリスより頼まれていた「スズカに不在を告げる」という重要任務があるのだ。


「おぉ、そうじゃったか! あいわかった、助かるぞロザイア!」


「い、いえ……」


 伝言を聞いたスズカは納得が行った様に頷き、笑った。対するロザイアは、重要任務を果たして何処かほっとした顔をして下がっていく。


「さて、と……うむ! それ以外は揃っておるな! それでは、任務の開始をここに宣言するぞ!」


 小さな少女は胸を張ると、凛とした声で告げる。不思議と、緊張感が湧く声だ。ぼんやりとそれを聞いていたジェノは、途端にピンと背筋を伸ばした。


「まず始めに……儂が特殊騎士部隊の騎士長、『鬼王おにおう』スズカじゃ! こうして力を貸してくれる事、本当に有難く感じるぞ」


 騎士長という特殊な立場と、『鬼王』という特殊な二つ名。それらが、彼女が特別な存在である事をしかと告げていた。

 ジェノが息を飲む隣で、カイルとクラウディオも同じ様な反応を見せている。どうやら、スズカは全てのナイト隊員に姿を見せている訳では無いらしい。


「……ではチェシャ、今回の任務の概要を頼むぞ!」


「はぁ!? 何故吾輩が……! ……チッ、仕方ないですね……」


 次にスズカは、興味が無さそうにそっぽを向いていたチェシャへと説明を丸投げする。彼がこき使われているのは本当の事らしい。

 チェシャは心底嫌そうな表情で舌を打つと、拒んでも無駄だと諦めた様に並んだ面々の前へと移動する。


「どうも、吾輩は『御伽噺おとぎばなし』のチェシャです。誠に不本意ながら説明をさせられる様なので、一言一句聞き漏らさないで頂けるとありがたいですね」


 スズカと場所を入れ替えたチェシャは、不遜な態度で自己紹介。彼に付けられた二つ名は何とも可愛らしいが、彼自身に可愛げがある訳では無い。


「はぁ……いいですか、今回捜索対象になっているのは、大型を超越した超大型、ダイダラです。便宜上捜索任務、と銘打ってはいますが、本来の目的は違います」


 チェシャはため息をつくと、早速今回の作戦について話し始めた。そう言えば任務内容については何も聞いていなかったなと、ジェノは彼の言葉に集中する。


「それが……復活の兆しを見せている奴の再封印」


 だが、チェシャが告げているのは凡そ理解し難い内容で。ジェノが脳内を疑問符で埋めていれば、隣のカイルも同じ様な表情をしていた。


「……ダイダラは今、この地に封印されている状態なんです。吾輩がでは、封印している楔は五つ。ですが、そのうちまだ三つは見つかっていません」


 そんなジェノ達の表情を見たのか、チェシャはふ、と半眼になると苦々しい表情で口を開いた。

 彼は聞いた話、と言ったが、果たして彼やスズカよりオニに詳しい者が存在するのだろうか。だが、ジェノのそんな疑問は今抱いたとしても仕方が無い物である。


「つまる所……お前達には今から二班に別れ、奴を封じる為を楔を探し、機能していない楔を起動して頂きます。勿論、起動に関しては吾輩かスズカ……いや、アカツキですか? まぁ、どちらかが担当しますので」


 現に話は進み、チェシャは今回の作戦で戦士達がすべき事を簡単に纏めていた。どうやら今回ジェノ達がすべき事は、その楔とやらの捜索らしい。思っていたよりも単純な内容で、ジェノは一人ほっとしていた。


「作戦は以上です。どの隊がどちらにつくかはスズカから聞いてください。その他の質問であれば受け付けますが……まぁ、特に無さそうですね。ではこれで終いです」


 質問は無いかとチェシャは面々を見回したが、特に質疑の手が上がる事は無い。それを確認したチェシャは、やれやれといった表情を作って早々と退散していく。


「うむ、助かったぞチェシャ! それでは……ナイト三隊長は儂らと。カデット、それから黎明隊はチェシャと同行する様に! 作戦の実行は明日からにするからの、今日はゆっくり英気を養うと良いぞ!」


 チェシャと変わったスズカから告げられた班分け。今度はジェノが半眼になる番であった。クラウディオはともかく、ドラセナとカイルと共に過ごさなくてはいけないだなんて、一体何の拷問なのだろうか。だが勿論苦言を呈する訳にも行かず、ジェノは半眼のまま敬礼で返答する。


「では、作戦会議は以上じゃ、解散! ……あぁ、ナイト三隊長は後でまた儂の所へ来てくれるかの? 一度会議をしようかと――……」


 彼女の号令で、規則的であった隊列はバラバラと崩れていく。ジェノは案の定ドラセナに絡まれながらも、その場を後にするのであった。


◈◈◈◈


「わぁ……今日からここに寝泊まりするんだ……」


 バレッタがそう言いながら見上げているのは、女性隊員用のテントだ。遠征任務は初めてである。心が踊るのも仕方の無い事だ。

 彼女の煌めく銀髪は夕焼け色に染まっている。もうじき、日が暮れるだろう。


「失礼しますっ! ……って、あれ?」


 アヤメやアリス、それからミリアが居る事を想像してテントへと飛び込んだバレッタであったが、予想に反して広いテント内に居たのはたった一人。


「あ……確か……アヤメ先輩の、隊の……」


 車椅子に座った女性――ロザイアは突然の訪問者に目を丸くしていたが、現れた少女が自身の先輩の隊の一員である事に気が付き、その目をしばたかせる。


「あっ、はいっ! 黎明隊所属、『奔星ほんせい』バレッタ・マークミェールですっ! えっと、確か……」


 バレッタは瞬間的に敬礼をすると、自身の所属を明かした。ドラセナが彼女の名を呼んでいた事は覚えている。だが、その肝心の名前が思い出せない。


「あ……ロザイア、です。ごめんなさい……ちゃんと名乗って無かった、ですよね……? 私は……ワンダーランド調査隊所属、『花蕾からい』のロザイア……ロザイア、ハートクィン……です」


 目の前の少女が言葉に詰まった事を察すると、ロザイアはローズクォーツの瞳を何度もまたたかせて、自身の名前を告げた。その家名を口にする際、少しだけ躊躇いが生じたが、バレッタは気が付かない。


「ロザイアさんっ! っていうか、ハートクィンって……」


 気が付く事が無いまま、ロザイアの名を呼んで、それから家名について触れようとする。


「……っ!」


 ロザイアは覚悟した。を堪える為に。

 ハートクィンと言えば、戦術の名門貴族に数えられる一家だ。その名を冠する誰も彼もが、オーミーンに多大な貢献をしている。しかし、ロザイアだけは違う。『』の自分だけは――。


「もしかして、ハートの女王って事ですか!?」


「え……?」


 だが、少女が目を輝かして告げた言葉は、自身が思っていた様な言葉とは違っていて、ロザイアは呆然と聞き返してしまった。


「ほら、不思議の国のアリスの! ワンダーランド調査隊っ! 凄くないですか!? 先生が居て、さんが居て、それから! まさにワンダーランドじゃないですかっ! 偶然なんですかっ?」


 ロザイアの戸惑いにも気が付かず、バレッタはキラキラと琥珀色の瞳を輝かせて問う。今し方バレッタが挙げたのは、「不思議の国のアリス」に登場する人物と名が同じ者達。特に意識していなかった訳では無いが、改めて言われると、確かに壮観である。


「あ……え、えっと……はい……。初めは、その、アリス先生と……アヤメ先輩の二人だったと、聞きました。アリス先生が、不思議の国のアリスが好きだからと……この隊名になったと聞いてます……」


 それから、戸惑いつつもロザイアはバレッタの問いへと答えた。始まりはただのアリスの趣味。けれど、いつの間にか関係のある名を持つ者が集まって、いつしかワンダーランド調査隊は名に負けぬ面々を揃える事となった。


「へぇ〜、そうなんですね! だったら凄い運命だぁ……! ロザイアってお名前も薔薇みたいで綺麗だし、ロザイアさんはもしかしたらワンダーランド調査隊に入る為に生まれてきたのかもしれないですねっ!」


「…………っ!」


 きっと、彼女はハートクィンの名を冠する意味を知らない。だが、少女が無邪気に放った言葉に、ロザイアもハートクィン家に生まれた意味はあったと言われた気がした。

 そんなの、自分の都合のいい勝手な解釈だ。そんな事、分かっている。けれど、ロザイアの瞳の水膜は気持ちと裏腹に勝手に溢れていく。


「……ロザイアさん? っ、あれ!? な、なんで泣いて……っ!? わ、私何か失礼な事を……!?」


 突如泣き始めてしまったロザイアに、バレッタは焦る他無い。少々自分には無神経な所があると自覚はしているのだ。もしやまた、知らぬ間に相手を泣かせる様な事をしてしまったのだろうか。


「っ……ご、めんなさい……! ……っ、私……そんな事……初めて、言われて……っ!」


 このままでは、バレッタを困惑させてしまうだけだ。そう分かっていても、ロザイアは最早自身の力だけでは溢れ出す涙を止められない。


「……っ、ごめんなさい。私……本当なら、『ハートクィン家の出来損ない』……と、呼ばれる存在で……。家の皆様や、他の方々からは避けられていて……」


 ようやく落ち着いたのか、ロザイアは嗚咽を混じえつつも泣き出してしまった事情を話し始める。彼女の声色は、先程までと打って変わって悲痛な物になっていた。


「出来損ない……?」


 明かされた事情は、バレッタに衝撃を与える。ロザイアの痛みを堪える様な表情につられ、バレッタの眉尻も下がっていく。


「……はい。私のお母様や、お姉様達は……皆、優秀で……私も、家名に恥じぬ様にと、戦士になる事を言い付けられました。でも……私は何をやっても、出来損ない。……結局こうやって、二度と歩けなくなってしまうだけで……やっぱり、お前は出来損ないなのだと、家の皆様を……失望させて、しまいました」


 ぎゅっと胸の前で手を組んで、ロザイアは絞り出す様に声を出した。それは、自身の存在を否定する様な告白で。


「――――……」


 バレッタは、ただ静かにその告白を聞くしか無かった。琥珀色の瞳が揺れている。小さく吐かれた息も震えていた。


「結局、私は調査隊に入っても、皆さんと違って研究をする事しか出来ないと蔑まれて――……あ、ごめんなさい……。こんな話、どうだっていい、ですよね……」


 震える様に紡がれた言葉。それは、不意にロザイア自身によって止められる。こんな話をしたってきっと、困らせるだけだから。


「そんなの、酷いです……っ!」


「……、え」


 だが、バレッタは違う。


「そんなの、私絶対許せませんっ! だって、そんなのロザイアさんの頑張りを否定してるって事じゃないですか!」


「…………!」


 そんな話を聞かされたのであれば、即座に怒る。


「だって今も、二度と歩けないなんて言われても、ロザイアさんは調査隊で頑張ってるじゃないですか! 研究だって誰にでも出来る訳じゃないんですよっ!? 次にそんな事言われたら、私がそんな事無いですって言い返してあげますっ!」


 それは、ロザイアに、では無く、ロザイアを蔑ろにする者達に。赤いリボンで結われた二つ結びを揺らしながら、少女は全身で怒りを表していた。

 思わずロザイアは、目を奪われる。目の前で、自分の為に怒りを見せる少女に。


「……って、知り合ったばかりなのにすいません……! 私ってば、なんかカッとなっちゃって……」


 じっと見つめられ、バレッタはハッとした様に我に返った。それからすぐに顔を赤くすると、ロザイアの視線から逃れる様に目を泳がせる。


「い、いえ……! ……その、嬉しい……です。ありがとうございます、バレッタさん……」


 けれど、ロザイアは気にする事無く笑った。――否、むしろバレッタの言葉に感銘を受けたからこそ、笑ったのだろう。


「……! えへへっ、バレッタでいいですよっ! 折角なので、お友達になりませんか? ロザイアさんっておいくつなんですか?」


 ロザイアが笑ったのを見て、バレッタは嬉しそうに顔を覗き込んだ。彼女がこうして交友関係を広げようとしているのは、恐らく不本意ながらも友人と合流してしまった先輩が原因だろう。


「と、友達……!? あ、え、えぇと……二十一、です」


 かなり強引なバレッタに押され、ロザイアは流されるままに自身の年齢を明かす。


「わ、年上じゃないですか……! ならなら、敬語なんか使わなくていいですよっ! ほら、セナさんにもそうだったじゃないですか!」


「せ、セナちゃんは同い年なので……じゃなくて、だから、かな……? なら……その、私も……ロズ、で平気だよ……?」


 けれど、避けられがちなロザイアにとっても交友関係が広がる事は好ましい事で。彼女は小首を傾げると、バレッタが望む通りに敬語を外してみせた。


「……! えへへ、ロズさんっ! ……で! 私ずーっと気になってたんですけどぉ……ロズさんとセナさんってどういうご関係なんですかっ!?」


 あだ名を呼ぶ事を許されたバレッタは、心底嬉しそうな表情を作って、早速あだ名でロザイアを呼んだ。

 それから、それが本題だと言いたげに問い質し始めたのは、ロザイアとドラセナの関係。昼間、二人で話していた時からずっと、バレッタは二人の関係を探っていたのである。


「えっ!? え、えぇっと……せ、セナちゃんはただのお友達だよ……!」


 まさかそんな事を聞かれるとは思わず、ロザイアは目を泳がせる。耳まで顔が真っ赤になった事は言うまでもない。


「え〜? 本当ですか〜?」


「ほ、本当だよぉ……!」


 少女達の黄色い声が響いていく。夜はまだ、始まったばかり。

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