EP07 集結、特殊騎士部隊

「ふふーんっ! 私の勝ちです! 遅いですよ先輩達〜!」


 突如始まった徒競走。一着は勿論バレッタだ。彼女は息すらも乱さず得意気な表情で、後ろを走るに声を掛ける。


「な……何なんですか、ジェノ君……! あの子……は、速すぎ……」


「っ、はぁ……バレッタちゃん……あの、時空属性……だから……」


 ジェノとカイルは同着で二着。こちらはバレッタと違って息を切らし、すっかりバテバテの状態でようやく止まった彼女に追いつく。二人は揃ってその場に座り込むと、ゼェハァと肩で息をしながらバレッタの異次元の速さについて議論した。


「ははは、任務始まる前に疲れてどうするんだよお前ら〜」


「うむ、全く隊長の言う通りだねぇ」


 それから後に続いて到着したのは、いつの間にか徒競走からリタイアしていたクラウディオと、最初から参加していなかったドラセナであった。二人は幼子の様な三人を暖かい目で見つめている。何処か、保護者面が様になっていた。


「あ……あの、この辺りで大丈夫、です……。その、ありがとうございます……」


「えぇ、かしこまりました。お気になさらず」


 最後に到着するのはロザイアと、彼女の車椅子を押すシルヴィオだった。ロザイアが遠慮がちな声でもう平気だと告げれば、シルヴィオも微笑み、丁寧に一礼をする。


「――ったく、一気に煩くなったと思えば……。一体何の騒ぎですか、お前達」


「あ……チェシャ、博士……」


 と、そんな騒ぎを聞き付けて現れる人物が一人。ジェノが息を整えつつそちらに視線を向ければ、バレッタの後ろに、彼女と似通った身長の者が立っているのが見えた。だが、纏う雰囲気は大人と変わらない。

 毛量の多い勝色かついろの長髪と、口元に当てられた手が隠れる程大きなサイズの白衣、それから小さな丸眼鏡。そんな目立つ格好と、ロザイアが名前を呼んだ事から、恐らくワンダーランド調査隊の一員だろうと推測できる。


「よっ、チェシャ博士!」


「ゲッ……何故ドラセナまでここに……。それからなんです、その見知らぬガキ共と長身は……」


 どうやらドラセナとも面識があるらしく、彼が意気揚々と挨拶をすれば、その人物は顔中で嫌悪を表した。黒曜石の様な瞳が一気に煩わしいと言いたげな色に染まる。


「ど〜も、ご無沙汰してるぜ〜。こっちの金髪がクラウディオで、あっちの黒眼鏡がカイルな。俺の隊の隊員だ。今回の任務、カデットも呼ばれたんだよ」


「はぁそうですか……、それはご苦労な事で」


 男性か女性か、外見を見ただけでは判断しかねるその者はかぶりを振るうと、どうにも思ってもいなさそうな言葉を口にする。


「お初にお目にかかります。今回臨時でユリシス隊の代わりに出撃する事になりました、黎明隊のシルヴィオと申します」


 シルヴィオは、雑な対応をされているドラセナの隣に立ち、一礼。その間に立ち上がっていたジェノは、いつの間にか隣に来ていたバレッタと並んで頭を下げた。


「あぁ、スズカが言っていた奴らですか……どうも、吾輩はチェシャです。一応ワンダーランドの隊員に含まれていますが、実際はスズカに扱き使われてばかりですね。発明から研究まで……色々やらされています」


 どうやら、その人物――チェシャにも話は伝わっていたらしい。ようやく彼は口元の手を下ろすと、うんざりとした様な表情は変えず、長々と自己紹介。小さな口の隙間からは、鋭利な歯が覗いていた。


「チェシャ、ってもしかして、お姉ちゃ……ルネさんが、連れ帰ったって言うオニ喰いの……?」


 それは、かつてルネに功績を与える事になった者の名と合致していて。普段から散々ルネに話をせがんでいるのであろうバレッタは、ぱちぱちと琥珀色の目を瞬かせながら尋ねた。


「ほぉ……吾輩の名を知っている者もいるとは……。まぁあの死にたがりの差し金であれば当然とも言えましょうか。……いかにも、吾輩はオニ喰いです。スズカよりも長生きですが、立場はアレの方が上ですね」


 そうすれば、チェシャの顔に意外そうな表情が浮かぶ。彼はルネとも面識があるらしく、今となっては生気に満ち溢れた彼女を奇妙なあだ名で称し、頭を振った。

 やけに人間離れした雰囲気だと思えば、やはりチェシャは人では無いようだ。


「オニ喰い……!? オニ喰いなんて珍しいじゃないですか! オニの何処食べるんですか!?」


「あっ、確かに! 私も気になります!」


 オニ喰いと言う単語に反応したのはカイル。彼はパァっと目を輝かせると、一気にチェシャへと詰め寄った。カイルの素朴な疑問に、バレッタも一緒になってチェシャの元へと駆け寄る。


「だぁっ鬱陶しいまとわりつくなガキ共! 吾輩の事などどうでもいいでしょうが! いらん事をしてないでさっさと並んで待機したらどうです? さもなくば――……」


 真近くでじゃれつかれたチェシャは声色に怒りを滲ませ、寄ってくるカイルとバレッタを手で追い払う。それでも二人は諦めなかった為、やむを得ず奥の手を使おうと口を開いた。


「すまない、遅くなってしまった」


「ほら、言わんこっちゃない。噂をすれば何とやらですよ」


 だが、チェシャがその言葉を言い切る前に、奥の手側からやって来てしまう。

 括られた臙脂色の髪を翻しながら現れたのは、聖騎士隊クルセイダー隊長のロイスだ。彼は真面目くさった顔で一礼。途端に、カイルの表情が一層明るくなった。


「あーっ! ロイスの兄ィ〜っ!」


 彼は憧れの有名人に会ったが如く、兄とお揃いの臙脂の瞳を輝かせる。それからすっかりチェシャから興味を無くし、大好きな兄へとまとわりついた。ようやく解放されたチェシャは面倒臭そうにため息をついている。


「――! こらカイル、外で……特に任務中はその呼び方を控える様に言っただろう」


「あっ! そうでしたねぇ! ロイスの兄……隊長!」


 即座に飛ぶ注意。だが、ロイスがした指摘は呼び方のみ。本人は厳しく接しているつもりなのだが、傍から見れば普段とは全く違う甘い対応である。


「ロイスさん……ご無沙汰しております」

「どもっす、ロイスさん」


 そんなロイスへと、シルヴィオとジェノは揃って頭を下げた。二人共知り合った経緯は違うが、どちらもロイスを親しい人として認知している。


「シルヴィオ殿……それから、ジェノ君? ……あぁ、そう言えばお二人は同じ隊だったな」


 ロイスは片手で弟を制しながら、僅かに目を見張る。片やかつての自身を赦してくれた人、片や弟の親友だ。一瞬緊張したような表情を見せたが、それもすぐに解れ、片手で眼鏡を上げたロイスは微笑む。


「そーぉうなんですよっ! 聞いてくださいロイスの兄ィ!」


「盟友、呼び方呼び方」


「いつ見てもこのカイルのテンションの上がり方面白いよね」


 ロイスが二人を認知した瞬間、手のひらの下の弟が騒ぎ始めた。どうしても伝えたい事があるらしい。彼の二人の親友も笑いながら歩み寄り、ロイスはすっかり三人の少年に囲まれてしまった。


「――おぉ、銀嶺んじゃらせんか! 元気にしちょったか?」


 と、その様子を微笑ましく眺めていたシルヴィオに、横から豪快な声が掛かる。


「おや……マツバさん……。お久しぶりです、勲章授与式以来ですね」


 緩やかに声の方へ紫紺の瞳を向ければ、そこには手を振りにこやかな表情で歩いてくるマツバの姿が。

 シルヴィオからすればマツバは狂騎士隊ベルセルクの隊長という雲の上の存在だが、どうやら彼はシルヴィオの事を気に入っているらしい。


「お〜、こりゃ随分な重役出勤で……ど〜も親父殿」


 不意に、シルヴィオの背後からドラセナが顔を出した。彼は親しげにマツバへと軽口を投げ掛ける。


「おぉ、セナか。はは、すまんすまん。おい達がおらん間にないか変わった事はあったか?」


「いんやなんも〜。騎士長殿以外勢揃いってな」


「親父殿……? という事は、お二人は……」


 ドラセナが口にした呼び名、揃いの金髪と碧眼。そこから察せる二人の関係はただ一つに等しい。


「そうそう、こちら俺の親父殿。たはは、あんま似てないだろ?」


「わはは、こんわろはどうにもならん軟弱者でな! おいには似てん似つかんど!」


「お〜い親父殿、そりゃないぜ〜」


 二人は互いに似ていないと笑い合うが、姿形から仕草の一つまでそっくりである。シャトール親子は気が付いていないのだろうか、シルヴィオはそれがおかしくて思わず笑い声を上げてしまった。


「…………」


 そんな、楽しそうな空間を遠くで見つめる少女が一人。こちらもシャトール親子と同じ金髪であるが、そのつまらなさそうに伏せられた瞳は藤色だ。

 少女――ミリアは不機嫌そうにため息をつくと、直ぐに視線を自身の彩られた爪に戻した。


「――あのぉ……」


 そんなミリアに、遠慮がちに声を掛ける者が一人――バレッタだ。


「……にゃに?」


 ミリアは落とした視線を少し上げ、バレッタの姿を認めると、眉根を寄せて刺々しい声を返す。明らかに、不機嫌である事が表情に現れていた。


「その、もしかして、そのネイル……ヴァルキリーの新色ですかっ!?」


 キラリとバレッタの瞳が光った。そうして飛び出したのは、ミリアが思っていたのとは違う問いで。


「え……。あぁ……うん、そうだけど。……見る?」


 思わず面食らって、バレッタの顔をじろじろと眺める。それから、ようやく理解が追いついたと言う様に頷いて、おずおずと先程まで視線を注いでいた手のひらを、少女へと差し出した。


「わぁっ! ありがとうございます! これご自分でされたんですか!? あ、よく見たら猫ちゃんが描いてある! 可愛い〜っ!」


 そうすれば、バレッタは琥珀色の瞳を輝かせ、そっとミリアの手を取った。まるで宝石を眺めているかの様に瞳を煌めかす少女は、真っ直ぐな言葉でミリアの手腕を褒め称える。

 それが、なんだかくすぐったくて。


「……ふふ、ありがと。ねぇ、あんた名前にゃんだっけ? 銀色しか持ってないけど、気分良いから後で塗ったげる。むしゃくしゃした時に、ロイスかマツバおじちゃんに塗ってやろうと思ってた奴だけど」


 機嫌を直したミリアはふふんと微笑んだ。

 それも当然だ。彼女の同僚と言えば、ロイスとマツバと言う、お洒落や女子力とは程遠い存在。近くに歳の近い同性がおらず、気軽にこういった類の話が出来る者が居なかったのである。


「本当ですか!? ありがとうございますっ! 私、バレッタって言います!」


「あぁそうだ、バレッタだ。確か武器光の刃ラム・ド・リュミエールでしょ? ミリも一緒にゃの。勲章授与式の時に耳の呪具それ見て気ににゃってたんだよね」


 バレッタの名を聞き、ミリアはあぁそうだ、と思い当たった様な表情を作った。どうやら、彼女はバレッタの事を一方的に知っていたらしい。


「えぇっ!? そうなんですか!? それじゃあもしかして、ミリア先輩も時空属性使えるんですかっ!?」


「そゆこと」


 武器が同じ、と聞いてバレッタは再び目を輝かせた。今まで関わりの無かった二人は一瞬で仲良くなり、途端に話に花が咲く。きゃあきゃあと笑い合う二人の声が、ベースキャンプ中に響いていた。


「――皆様、直ちに整列する事を提案します。スズカ様の御到着です」


 不意に、アカツキの声がその場にいた全ての者の鼓膜を叩く。瞬間、ベースキャンプは静まり返り、先程までの無秩序が嘘の様に隊列を組んだ。


「待たせたの! 揃っておるか、皆の者!」


 そうしてようやく、皆の前にスズカが姿を現すのであった。

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