EP05 賑やかカデット遊撃隊
「え、は、な……何でお前らここに?」
ジェノは動揺を隠せないまま何歩か前進すると、ゆると二人を指さして浮かんだ疑問を口にする。前々からナイトに所属予定だとは聞いていたが、このような場に呼ばれているとは思いもしなかった。
「何でもなにも、僕達は
その疑問に答えるのは、黒縁の眼鏡をかけた方――カイルだった。彼は眼鏡の縁を掴んでカチャッと上げると、胸を張ってドヤ顔を見せる。どうやらいつの間にかナイトに配属されていたらしく、真新しい隊服が目に眩しかった。
「とは言え、この間ようやくカデット遊撃隊に抜擢されたばかりなのだけどねぇ」
豪語するカイルの横で、絹の様な金髪を高い位置で結った方――クラウディオがしみじみと呟く。彼が纏う隊服もカイルやドラセナと同じ。つまり、三人は同じくカデット遊撃隊という事なのだろう。
「え……聞いてない……」
「言いましたよ!」
眉をひそめて首を振るうジェノに、カイルは即座に答えた。その眼鏡の奥で光る臙脂色の瞳には、ジェノを煽ってやろうという気概がありありと現れている。普段からジェノとカイルは、煽り煽られの関係なのだ。
「言ってないねぇ」
だが、カイルの言葉をクラウディオが即座に否定する。つまり、カイルの記憶は勝手に捏造された物であるという事だ。
「あれ?」
「ふっ、バーカ」
キョトンとしたカイルを、ジェノはすかさず煽る。形勢逆転、優位に立ったのはジェノの方であった。楽しそうに口角を上げる彼の表情は、黎明隊にいる時にはあまり見せない表情だ。
「あぁ!? バカって言った方がバカなんです! バーカ!」
「うむ、その理論で言うと今の馬鹿は盟友の方だねぇ」
「あは、どういう事だし。意味わかんないんだけど?」
いつも通りすぎるやり取りに、ジェノは思わず吹き出した。カイルは相変わらず馬鹿だし、やはりクラウディオは何処か変わっている。非日常があっという間に日常となり、彼の顔に浮かんでいるのは何処か安堵した様な笑みであった。
「お〜そうか、そういやお前ら知り合いだったっけ? おいおい除け者にすんなよ〜、俺とも仲良くやろうぜきょ〜だァい」
そんなやり取りを続けていると、馴れ馴れしく肩を組んで来るのはドラセナだった。香水の様ないい香りがジェノの鼻腔をくすぐる。
「っ、だから誰が兄弟すか! 暑苦しいんで肩組むのやめてくださいってば!」
どれだけいい匂いがしようとも、邪魔くさい物は邪魔くさい。ジェノは半眼でドラセナを見ながら彼を押し退けようとするが、思っているよりも力の差があるのか、ドラセナの身体は全く動かなかった。
「たはは、お前本当にヴィクターが言ってた通り面白いな?
「だぁっ……からそのあだ名……! てかさっきから言ってるヴィクターって誰なんすか!」
何をやってもドラセナにはのらりくらりと避けられ、ジェノはルネを相手する以上に手強いと感じた。為す術なくキャンキャンと吠えてみれば、彼は不思議そうに瞬きをする。
「誰ってそりゃヴィクターはヴィクターよ……っと、違った。ヴィクターは……ヴィクトールだな。お前らもよくご存知の、な?」
すれば、ドラセナの口から見知った名前が飛び出して、ジェノは全力で天を仰いだ。
思えば、誰が呼び始めたのかは知らないが、『ラウンジの問題児』という不名誉な
「えっ! ドラセナさん、ヴィクトールさんと知り合いなんですか!?」
勿論、ヴィクトールの名に反応したのはジェノだけでは無い。少しだけ戸惑いながらも静かに話を聞いていたバレッタは、即座に目を輝かせて話に飛び付いた。
「知り合いも何も、大親友よぉ俺達。何せ、俺の武器はヴィクターが調整してるくらいでね」
そこでドラセナはようやくジェノを解放すると、微笑みを浮かべてバレッタへウインクを送る。二人の間で話が弾み始めた。
開放されたジェノは香水の匂いを振り払う様に
「――! もしかして……俺がダグさんに絞められてる向こうで、しょっちゅうヴィクトールさんに怒られてるのってセナさんすか!?」
「ヒュウ、ご名答」
「っ、人の事『問題児』なんて言えないじゃないすか!」
ドラセナは口笛を一つ落とすと、パチリと片目を閉じてウインク。何とも格好の付かない正答だ。その態度に何故か腹が立ったジェノは思わず声を荒らげるが、当の本人は「たはは」と笑って何処吹く風。
「そう言えば、どうしてここにジェノ君がいるんです? 今回の任務ってナイトの任務じゃなかったんですか?」
ギリギリと拳を握るジェノに、ふと横から声が掛かる。ハッとして声の方へ顔を向ければ、カイルが不思議そうな顔でジェノを見つめていた。変に律儀な彼の事だ、大方ジェノとドラセナの会話が終わるのを待っていたのだろう。
「正確にはナイトとユリシスの合同任務だけどねぇ。とは言え、その『
そんなカイルの認知を、クラウディオが即座に修正。苦笑を浮かべる彼は、ルネに遅刻癖がある事を知っている様だ。ちらりと森の入口の方へと向けられた碧眼には、呆れの感情が色濃く現れていた。
「あれ、知らないの? ユリシスの代わりに俺達が来る事になったんだよ。アリスさんに止められたルネさんから直接推薦されてさ」
来るはずの無い人の名を上げる友人の様子から、ジェノは彼らが任務内容の変更を知らされていない事を察した。故に、待ち人は自分達だと告げれば、クラウディオのみならずカイルまでもが驚きを顕にする。
「えっ!? そうなんですかぁ!? そんな事一言も聞いてないですよセナの隊長!」
「ん? あ〜おう! 俺もさっき知ったから言いそびれた! ワリィワリィ!」
仰け反って大袈裟なまでに驚き、カイルは思わずドラセナへと詰め寄る。だが、詰め寄られた側のドラセナはへらへらと笑って糾弾を躱していた。何とも適当な人物だろう。
そんな二人のやり取りを呆れた目で見守っていたジェノだったが、不意に背後から視線を感じて振り返る。すれば、シルヴィオがただただ優しい目をしてジェノを見守っていた事に気が付いた。
「あ……さーせん、置き去りにして……。えっと……その、あいつら、俺の同期っていうか、元ダンス部で仲良くて……今でもしょっちゅうつるんでるんすよね」
ほとんど親代わりと言っても過言では無いシルヴィオの前ではしゃいでしまい、ジェノは少しだけ気恥しさを抱えたまま二人との関係を説明する。そうすれば、シルヴィオは納得した様に微笑みを浮かべた。
「成程、そういう事でしたか……初めまして。黎明隊の隊長を務めさせて頂いている、『銀嶺』シルヴィオ・カトルーフォと申します。……ふふ、いつもジェノ君がお世話になっています」
それから、こちらの様子を窺っていたクラウディオの前まで歩み寄り、丁寧な一礼。
「なっ……ちょ、ヴィオさん……!」
彼の茶目っ気で付け足された
「おっと、これはこれはご丁寧に。こちらこそいつもお世話になっております。
「へ……? あ、あぁ……承知しました……?」
だが、クラウディオの口調は先程まで聞いていたものとはすっかり異なっており、シルヴィオはぽかんと口を開ける。それから瞬きを繰り返し、無理やりに事実を飲み込もうとするがそれも上手くいかない。仕方なく疑問符と共に頷いて見せれば、ジェノが慌てた様にクラウディオを揺さぶった。
「あーもうクラウド! ヴィオさんびっくりしてるって! 多分、いつも通り接してもヴィオさん怒らないから……」
「む、そうかい? ならばクラウドはいつも通り振る舞わせて頂こう!」
クラウディオはグラグラと揺さぶられながらも頷いた。彼の出自は聞いての通り、音楽の名門貴族として名高いカイゼル家だ。故に、クラウディオは礼節というものを嫌という程弁えているのである。
その態度の変わりようと言えばまさに別人級であるので、時折それを目の当たりにした人を驚かせてしまうのであった。
「――ふふん、話は聞きましたよ! 貴方がジェノ君の隊の隊長さんでしたか! 僕は偉大なるロイスの兄ィの弟にして、将来すごーい隊長になる予定の『
すれば、瞬間的に響く大声。単に大きな声という訳では無く、綺麗に良く通る大声だ。まるでクラウディオの後に続く様に勝手に自己紹介をしたのはカイルだった。
「うるさ……」
「あぁ!? ンだとオラ!?」
思わずジェノが顔を
「お前が――……」
「――! ロイスさんの?」
いつもであれば次に口を開くのはジェノで、その言葉を起点に程度の低い応酬が始まる。だが、カイルを煽る為に用意された言葉はシルヴィオの呟きに遮られ、ジェノはぽかんと口を開けたまま彼を見つめた。
「んぇ? シルヴィオの隊長さん、兄ィの事知ってるんですか?」
それはカイルも同じであった。彼はジェノに噛み付いていた事も忘れ、兄とお揃いの
「えぇ、彼とは少々縁がございまして」
「え、そうなんすか? ……初耳っす。ロイスさんからもそんな話聞いた事無い……」
微笑んだシルヴィオに、何故かジェノは疎外感を感じて拗ねた様に口を尖らせる。常々シルヴィオの後をついて回っていたのにも関わらず、ジェノにとって馴染み深い人物と知り合いであった事を知らなかったのが不服なのだろう。
「ふふ、そうですね。私も……ジェノ君がロイスさんと御知り合いで、ひいては彼に弟さんが居て、君がその弟さんとも仲がいいだなんて思いもしませんでした」
明らかにいじけて小石を蹴るジェノに、シルヴィオは思わず吹き出しそうになりながらフォローを入れる。知らなかったのはお互い様、まさか知り合いだとは思わなかったので、お互いに言っていなかっただけ。
「……ふーん? ま、まぁ……そうっすよね。お互い様っすよね」
「なぁるほどっ! ならば兄ィの話を聞いて下さいよ! この前ロイスの兄ィがですねぇ――……」
そう言ってやれば、ジェノの機嫌もすっかり元通り。それから、ロイスの知り合いと言うだけですっかり懐いたカイルが口を開いて、堂々と兄の自慢を始める。
「――アリス隊長〜? 向こうの設営ある程度終わったで〜。後は隊長にも確認してもろて――……」
直後、聞き知った声がこちらへと歩いてくる。弾かれた様に声の方向へ顔を向けた黎明隊。三人分の視線を感じて、声の持ち主は手にしていたタブレットから視線を持ち上げた。
「は?」
瞬間、見知った顔は驚愕に染まり、赤い眼鏡の奥の瞳はこれ以上無いまでに見開かれるのであった。
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