EP04 新たな顔ぶれ

「――あっ! 見えてきましたよ!」


 来たる、遠征任務開始日。どんどん森林地帯の奥へ奥へと入っていく軍用車両に揺られていたシルヴィオは、バレッタの興奮した様な声によって顔を上げた。

 シートベルトのおかげでそこまで身動きは出来ないが、首を動かすだけで外の様子を確認すれば、確かに何台かの軍用車両が止まっているのが見える。


 どうやら、今回の遠征任務の拠点となる、ベースキャンプへ到着した様だ。


「ここまで長い間軍車に乗ったのは久しぶりですね……ジェノ君、着きましたよ。起きて下さい」


「ん……整備学は自由教科で…………ぁ?」


 微笑んだシルヴィオに揺さぶられ、ジェノは意味不明な寝言を漏らしながらも覚醒した。眠い目を擦りながら伸びをしていれば、やがて軍用車両は止まる。


「くぁ……っと、意外と早かったっすね」


 寝ぼけ眼でジェノがそう呟けば、バレッタは信じられないといった様な表情で反論を返す。


「えっ? かなり掛かりましたよ!?」


「え、体感秒でしたけど……」


「それは先輩が寝てたからですよ! 私なんて隊長とデバイス・チェス三回もやりましたからね!?」


 デバイス・チェスというのは、その名の通りデバイス上でプレイする事の出来るチェスだ。基本的にデバイスは任務前に預ける物なのだが、遠征任務に関してはその限りでは無い。


「へぇ、結果は?」


「う……さ、三敗です……」


「ははっ、やっぱバレッタちゃん相手でも手加減無しなんすね、ヴィオさん」


 結果を聞いた途端、ジェノは寝起きの顔でふにゃりと笑う。シルヴィオがチェスなどの勝負事で手加減しないのは、既にいつもの事となっているのだ。


「ふふ、お二人とも……お喋りもいいですが、早く降りてきて下さいね」


 そうしていつまでも会話を続けていれば、先に降りていたシルヴィオがひょいと顔を覗かせて、降車を促す。


「あ……うっす」

「あっ、はーい!」


 ジェノとバレッタは揃って返事をすると、慌てて車両から降りた。

 降りてから、ジェノは周りを見回す。止まっている車両は、自分達が乗って来た物を含めて三台。随分、少ないものだと安直な感想を抱く。


「……あ、あれ……アリス先生かな……?」


 不意に、バレッタがある地点を見ながら小さく呟いた。ジェノも彼女に倣って視線を向ければ、一台の軍用車両の前で一組の男女が談笑している姿を認めた。ジェノはアリスの姿を見た事が無かったが、名前から女性の方だろうと察する。


「何にせよひとまず挨拶をしなくては……。 では、行きましょうか」


 シルヴィオはそう呟くと、二人を先導する様に歩き出す。ジェノとバレッタは小さく返事をすると、その後に続いて歩き出すのであった。



「……――やぁねぇ、私だって別に暇な訳じゃないのよ?」


 話し込んでいる男女に近付けば、微糖の紅茶の様な声が聞こえてくる。女性はきょとんとした顔で頬に手を当てていた。バレッタからしてみれば聞き馴染みのある声で、既に何度も見た仕草だ。


「やっぱり! アリス先生だ!」


 途端にバレッタは嬉しくなって駆け出した。その声に気が付いたのか、アリスは目の前の男性と話すのを止め、はたと瞬きをする。バレッタの姿を認めた途端、トパーズの様な瞳に僅かな驚きが混ざった。


「あら……バレッタちゃん? という事は、もしかして貴方達が黎明隊の皆さんかしらぁ?」


 だがそれも一瞬の事。アリスはバレッタの後に続く二人が黎明隊だと察し、破顔した。頬に手を当てて笑う彼女の服装はいつもの白衣では無く、動きやすそうに改造された隊服であった。


「えぇ、お初お目にかかります。本日よりお世話になる黎明隊の隊長を務めさせて頂いている、『銀嶺ぎんれい』シルヴィオ・カトルーフォと申します」


「……あ、俺は『荒業』のジェノ・ペラトナーっす。よろしくお願いします」


 彼女の言葉を受けて、シルヴィオが一礼。それを見ていたジェノも慌てて後に続いて名を口にしながら頭を下げる。


「あら、ご丁寧にありがとう。私はワンダーランド調査隊の隊長、『夜蝶やちょう』のアリス・バークスよ〜。しばらくの間、よろしくお願いするわねぇ」


 それを見てアリスはニコっと笑うと、隊服の長い上着の裾を片手で掴んでカーテシー。どうやら彼女は、スズカが言っていた直属の調査隊の隊長であるらしい。


「えぇ、こちらこそ。どうぞよろしくお願いします」


「えっ!? アリスさんって戦えるんですか!?」


 アリスへ微笑みを返すシルヴィオを他所に、戦闘が可能である事を意味する二つ名が付いている事に対して驚くバレッタ。二つ名は、戦場に出る事への許可証と同じだ。戦えなければ、二つ名を冠することは無い。


「うふふ、ちょっとだけね?」


 素っ頓狂なバレッタの声を聞いて、アリスは莞爾かんじとして微笑んだ。彼女はちょっとだけだと謙遜したが、隊長を務めている時点でその実力は伺う事が出来る。

 医者でありながら、調査隊の隊長を務めている、と考えると、何とも豪華すぎる二足のわらじだ。


「おぉ〜、なるほど、アンタらが黎明隊か。会いたかったぜ〜?」


 と、不意に、アリスの傍らに立っていた青年が嬉しそうに話しかけてくる。どうやら彼は黎明隊の事を知っている様子であるが、見覚えのある人物では無い。ジェノは、シルヴィオのかつての知り合いだろうか、とちらりと彼を盗み見た。


「えぇと、貴方は……?」


 だが、彼はシルヴィオも知らない人物であるらしい。シルヴィオが首を捻るのを認めた青年はぱちぱちと瞬きを繰り返したかと思えば、へらっと脱力した様に笑った。


「っと、悪い悪い。俺はカデット遊撃隊隊長、『神楽かぐら』のドラセナ・シャトールだ。気軽にセナって呼んでくれな?」


 そう言うと、青年――ドラセナはこなれた様に片目を瞑る。人好きのする笑顔、優しさを帯びた目元は勿論歓迎を表していた。


「カデット遊撃隊……? 参加予定の隊に、そんな名前の隊ありましたっけ」


 そんなウィンクを飛ばすドラセナを他所に、ジェノはぼんやりと考え込む。今回参加すると聞いていたのは、総帥直属部隊の三隊長と、スズカの直属の調査隊――つまり、アリスの隊だけだったはずだ。

 流石のジェノでも、総帥直属部隊の隊名は知っている。だが、カデット遊撃隊という隊名はそのどれにも当てはまらず、また遊撃隊と付いている彼らが調査隊であるという線もほぼ無いに等しい。


「あらぁ、セナの隊ってば全然知られてないのねぇ」


 首を傾げるジェノを見て、アリスは呑気に一言。別に今回は知名度の問題では無いのだが、確かに知らないのも事実だ。結果的に、彼女の言葉は正しい物になってしまう。


「や〜仕方ないっすよ、やっぱ特殊騎士部隊うちは上の御三方の隊が有名すぎるもんで……」


 対するドラセナはやれやれと首を振ると苦り笑う。彼が言いたいのは、特殊騎士部隊の代表は総帥直属部隊の三隊だという事だろう。

 その言葉から察するに、カデット遊撃隊というのはナイトの所属らしい。確かに言われてみれば、ドラセナの着こなしている隊服には、漆黒の汎用隊服とは違って白が基調とされていた。


「ま、端的に言えば状況を鑑みて緊急招集されたって訳よ。候補生カデットだなんて付いてるが、これでも立派なナイトの小隊なんだぜ?」


 それからドラセナはジェノへと向き直り、ウインクを飛ばした。確かにナイトの所属であれば、緊急招集されていてもおかしくは無い。隊長であるドラセナはかなり軽い調子の性格の様だが、この場にいるという事はかなりの実力を持っていると言えるのだろう。

 けれど、ウインクは要らない。ジェノは無意識にしっしっと手を払っていた。


「ぶっ……!」


「とりあえず……ここじゃあ何だし、まずはベースキャンプに案内しましょうか。ついてらっしゃいな」


 ジェノがとった予想外の行動に吹き出すドラセナ。それを無視し、アリスは優しげな表情のままパンと手を打った。バレッタは元気に返事をすると、踵を返したアリスへと並ぶ。


「だはははっ! おもしれーなお前ぇ! 最高な奴だわ」


 アリスに置いていかれたドラセナは、大笑いしたままジェノと肩を組みに来た。その深い海の様な瞳に浮かんでいるのは歓喜、なんなら目尻には涙が浮かんでいる。どうやらジェノは、彼にすっかり気に入られてしまったらしい。


「うわ何すか、やめてください」


 急に距離を詰められたジェノは身を捩って抵抗する。だがそれすらも喜ばれる材料と変わり、ドラセナは「やだね」とジェノの抵抗を一蹴した。


「いやぁ、流石だぜ。やっぱは一味違うねぇ?」


 そのままニヤニヤと笑いながらドラセナが口にしたのは、僅かなコミュニティで流行しているジェノの不名誉なで。


「なっ……はぁっ!? 何でそれ知ってるんすか!」


「そりゃまぁ、俺がヴィクターの親友だからで……っと、この話はまた後でな。着いたぜ、兄弟」


 慌てて何処から漏れたのかと噛み付いたジェノだったが、ベースキャンプに到着してしまった事により上手くはぐらかされてしまう。ジェノの肩から、一人分の重さが離れていった。


「あっ! セナの隊長ぉ! ロイスの兄ィ来ました!? ――あ?」

「む、おかえりなさいなのだよセナ隊長。それから……おや?」


 すると、用意された小さなテーブルを囲んでいた少年が二人、ドラセナの声を聞いて立ち上がった。二人は親しげにドラセナへ話し掛けていたが、やがてある者の姿を認めて目を見張る。


「え……は? な……」


 二人の視線が向けられていたのはジェノで。ジェノが浮かべている表情は驚愕。それから、その空色の瞳に映る少年達の表情も驚愕だ。


「カイル!? クラウドぉ!?」


 そこに居たのは、ジェノの親友だった。彼はその名を今にもひっくり返りそうな声で呼ぶと、稀に見ない表情を露わにするのであった。

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