EP03 騎士長の勅命
しばらくの雑談の後、ルネの部屋を出た一行が向かっていたのは任務カウンター。もちろん、彼女に促された通りアカツキから話を聞く為だ。
「……あれ? バレッタちゃんだ。どうしたの?」
そうして、辿り着いたカウンターで何かの資料に目を通していたのはアルフレットであった。彼はバレッタの姿を認めると、嬉しそうに王子スマイルを浮かべる。
「あっ、アルフさん! ちょっとアカツキさんに用事があって……」
駆け寄ったバレッタがそう告げれば、彼は思い当たる節があると言った様に瞬きをした。
「あ、もしかして、合同任務の話? アカツキ室長なら奥に――……えっ?」
だが、その言葉は不自然に途切れる。アルフレットの視線を釘付けにしていたのは、ジェノ。彼は、それこそまさに、死者に再開したかの様な表情でジェノを見つめていた。
「えっ……な、なんすか……」
しかし、ジェノの方にはアルフレットにそんな顔をされる覚えは無い。なんなら、こうして対面で話すのは初めてだ。
「あ……ご、ごめんね! 僕の知ってる人にそっくりだったから……。っと、アカツキ室長だったよね、すぐに呼んでくるから待ってて!」
ジェノの当惑する返答に我に返ったのか、アルフレットはすぐに取り繕った様に笑うと、奥へと引っ込んでいく。結局、ジェノが見つめられた理由は不明なままであった。
◈◈◈◈
「……どういう事なんすかね」
状況が飲み込めず、ジェノは思わず呟きを漏らした。そんな小さな声は、豪勢な絨毯へと吸い込まれていく。
「さ、さぁ……? でもここって第三会議室ですよね……!?」
アカツキに会いに行った数分後、ジェノ達はオーミーン本部の最上階へと案内されていた。彼女が口にしたのは「お待ちしておりました」という一言だけ。
この場へと案内したアカツキが姿を消してから既に五分以上は経過している。
「てかヴィオさん、顔色悪いけど大丈夫なんすか?」
「う……す、すいません……この近くにはあまりいい思い出が……」
ジェノに小突かれ、シルヴィオは苦り笑う。どちらかと言うとジェノの中では勲章授与式の方が印象に残っているが、シルヴィオの中ではそうでも無いらしい。
「――お待たせしました、黎明隊の皆様」
二人がシルヴィオと同じく苦笑いを浮かべていれば、静かに扉が開く音とアカツキの静かな声が三人の注意を引きつける。
「待たせてしまってすまんの! ちとばばの仕事が立て込んでしもうて……」
だが、彼女より先行して入ってきたのは幼子。幼子は黒髪を翻し、自身の丈に合わないマントを引き摺りながら小走りで駆け込んでくる。
「えっ……は……? 子供……?」
「んむ?」
思わず驚きを零してしまったジェノ。その呟きに幼子はキョトンとした顔で三人の顔を見回した。まるで黒真珠の様な瞳が不思議そうな感情を宿している。
「おぉ、そうか。こうして直接会うのは初めてじゃったの! 儂はスズカ。総帥代理にして、特殊騎士部隊の騎士長じゃ!」
やがてぽんっと手を打つと、少女は一方的に黎明隊を知っているだけの事を思い出した。それから彼女は自身の名と肩書きを明かす。首を縦に振りながら「うっかりしておった」と呟く姿は、何処か年寄り臭い。
「総帥代理で騎士長……!?」
その明かされた肩書きに、ジェノは思わず繰り返す様に声を上げた。
特殊騎士部隊の騎士長――それは、ナイトの全ての隊を取り纏める、言わば総隊長とも言えるべき存在。ルネよりも表に姿を現さず情報が皆無である為、本当は存在していないなどと言う噂もあったが、どうやらその通りでは無いらしい。
「話は沢山聞いておるぞ、黎明隊! キュウビの件もガシャドクロの件もご苦労じゃった! 元気な子らが台頭してきてばばは嬉しいぞ!」
スズカはにこやかに笑いながら黎明隊を褒め称える。彼女の表情はまさに、孫を可愛がる祖母そのものだ。
「それから……」
「スズカ様、迅速に本題に入る事を提案します。スズカ様には未完了のタスクがまだ残されておりますので」
スズカはまだ話し足りなさそうであったが、彼女の長話をアカツキが遮る。彼女は仕事の合間を縫ってこの場に姿を現した様だ。
「おぉ、そうじゃったそうじゃった。すまんの、こんな所まで呼び立ててしもうて……。儂はこんな姿じゃからの、大手を振って外を歩き回る訳にもいかんのじゃ」
スズカはハッとすると、途端に苦り笑う。それから申し訳なさそうに自身の右の額から生えた、瞳と同じく黒真珠の様な
「……あの、それってやっぱりオニの角……っすよね?」
その角は、明らかにオニの有する物と言っても過言では無い。最初は触れていいものか迷ったが、本人が切り出した事によりジェノも安心してその話題に触れた。
「……む? お主は……」
だが、スズカはそんなジェノを認めるとすぐに目を見張って、言葉を失う。それは、先程アルフレットが取った行動と同じで。
「えっ……な、なんすか、切り出したのはそっちっすよ」
それを、触れてはいけない深淵に触れてしまったのかと勘違いしたジェノは一人焦る。本人から切り出しておいて触れてはいけない話題なのは、あまりにも罠だ。
「あ、あぁ、すまんの! ちと見知った者に似ておった気がしてな。……いかにも、儂は人の身でありながらオニを喰らった者――いわゆる
我に返ったスズカが口にしたのは、
「オニ喰い……って、昔にお姉ちゃん……ルネさんが連れて帰って来たって言う……?」
人の身でありながら、オニを喰らい生き永らえる――まさに夢の様な話だ。けれど、その様な者達が存在しているのも確かなのである。実際に、過去にルネが連れ帰っているのだ。
恐らくバレッタは、ルネ本人からその話を聞いたのだろう。それくらい、オーミーン隊士の中ではオニ喰いの存在は有名なものである。
「うむ、そうじゃの! そやつも儂の知り合いじゃ。儂らは大昔から、ある者を止める為に尽力しておる」
スズカは目を細めて笑う。だが、その表情はすぐに暗く曇ってしまった。浮かぶ表情の意味は読み取れない。
「…………?」
揃って首を傾げた黎明隊。それを見たスズカはハッとする。
「……儂らは昔からあるオニを追っておっての。今回ようやく、そのオニに繋がる手がかりを掴んだのじゃ。それが……
それから、スズカはもう一度柔らかく微笑んで、本来伝えるはずの本題へと入った。彼女の表情は柔らかいままであったが、纏う雰囲気は一気に真剣になる。それに釣られ、黎明隊の面々も真剣な表情になった。
「お主らに参加してもらいたいのは、その遠征捜索任務じゃ。……少々長期になるからの。無理そうであれば、勿論辞退を選ぶ事も構わぬ。さて……何か、質問はあるかの?」
幼い姿から溢れ出す老婆心。だが、ジェノは既に彼女の事を幼子だとは思えなくなっていた。纏う雰囲気が、紡がれる言葉の重みが、幼子のそれでは無い。
「それでは私から一つ。ナイトの騎士長直々に命令なさる、という事は、今回の任務はナイトと合同……と考えて宜しいのでしょうか?」
質問はあるかと問われて、真っ先に口を開いたのはシルヴィオであった。彼はスズカと同じく真剣な眼差しで、彼女を真っ直ぐと見つめる。
「おぉ、そうじゃった、うっかりしておったの! うむ、お主の言う通り、今回はナイトの三隊長と合流して貰うつもりじゃ! 他には……儂直属の調査隊にも合流して貰う予定じゃの」
その問いを受けて、スズカはハッとした様に手を打った。それからにこっと人好きのする笑みを浮かべると、今回の参加する隊を指折り数える。
ナイト三隊長――つまり、ロイス、マツバ、ミリアの事だ。それはつまり、総帥直属部隊の隊長という事で。
「ナイト三隊長って……総帥直属部隊じゃないすか! え、そんな任務に俺達が行って平気なんですか?」
挙げられたメンバーを聞いて、ジェノは思わず目を見張った。声を上げたのはジェノだけであったが、黙っている他の二人も似た様な表情を浮かべている。
「うむ、ルネの熱烈な推薦じゃったからの。それに……短期間の間に二度も大型を討伐するだけの実力はあると聞いておる。儂はそんなお主らであれば任せられると思ったのじゃ!」
そんなジェノの不安にスズカは微笑んだ。その言葉から、スズカのルネへの信頼と、そのルネからの黎明隊への信頼のどちらも感じられる。
「なるほど……承知しました。と、言いたいところなのですが……お二人を危険に晒す訳には……」
そう言って言葉を途切れさせるのはシルヴィオだった。彼は、隣へ座る
「隊長……私、やってみたいですっ! お姉ちゃんが期待してくれてるのなら、私はその期待に応えたい……。それに、今の私たちならきっと大丈夫ですよっ!」
「そうっすよ、ヴィオさん。俺もバレッタちゃんも、そんなヤワじゃないっす。……それに、大型相手に一人で飛び出してったのを助けたの、一体誰だと思ってるんすか?」
だが、視線を向けられた二人は嫌がるどころか、むしろ前向きに頷いた。ジェノに至ってはシルヴィオの事を揶揄う始末。どうやら、心配は無用の長物であった様だ。
「――! ……ふふ、そうでしたね。では、スズカさん。その任務、謹んでお受けいたします」
瞠目、それからシルヴィオは静かに笑う。そうだ、今の二人は、もう守るだけの存在では無い。シルヴィオも、同じく二人に守られているのだ。
「……うむ、ありがとう。では……よろしく頼むぞ、黎明隊! ……アカツキ」
「承知致しました」
そんな黎明隊の会話を聞いて、スズカも嬉しそうに破顔する。それからアカツキに声を掛ければ、彼女は抱えていたデバイスを操作し、無事に任務は受領された。
「それでは、説明は以上になります。当日まで英気を養っておく事を提案致します、黎明隊の皆様」
◈◈◈◈
「……アカツキ、あの少年の名はなんじゃったかの」
黎明隊が去った後。静かに、ただ静かにそう問うのはスズカであった。彼女の頭を掠めていたのは、行方不明のままのラヴィーナの顔で。
「はい、彼は『荒業』ジェノ・ペラトナー隊員です」
「じぇの、ぺらとなー……」
アカツキはその問いに疑問を持たず、淡々と答える。しかしその答えは、スズカが求めていた物とは異なっていた。
『弟はねぇ、アーリオって言うの! 本当はアリウスなんだけどね!』
自慢の弟がいると笑っていた彼女の声が蘇った。もう何年も、あの透き通った声を聞いていない。鈴の音の様な笑い声を聞いていない。
「ラヴィに、よく似ておったの……」
目を伏せたスズカの瞳には、強い強い哀愁が宿っていた。
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