EP02 煽る冥王

『――付近のオニの反応消失、任務完了です! お疲れ様でした!』


 蒼穹を振り下ろしたジェノは、の声を聞きながら一息。

 本日の任務は中型を含む群れの討伐だ。そこまでカロリー消費が高い訳では無かったが、極力被弾しない様に心掛けていた為、ジェノはすっかり疲れてしまっていた。


 それは、オペレーターがアヤメでは無い事に起因する。

 少し前、彼女は黎明隊が揃って過ごす部屋に現れたかと思うと、「しばらくオペレーターは休ませてもらうわ」とだけ告げ、居なくなってしまったのだ。一体、彼女に何があったのだろうか。


『あ、そう言えば……黎明隊の皆さんに伝言が届いてますよ』


 ぼんやりと考え込んでいたジェノの鼓膜を揺らしたのは、本日オペレーターを勤めていた女性の声であった。


「――? 伝言、ですか?」


 その呼び掛けに真っ先に答えたのはシルヴィオ。彼は何も思い当たる節が無い様だったが、数々の経験から少し身構えた様にも見えた。


『はい、「冥王」ルネ・ラピスラズリさんから、「ボクの部屋で待ってる」だそうです』


 思わずジェノも、知らず知らずのうちに何かやらかしたかと考え始めたが、オペレーターが告げた名前はこちらを咎める様な存在では無い。


「えっ! お姉ちゃんから!?」


 むしろ、約一名の声色を明るくする様な名前だ。キョトンとしていたバレッタは、途端に目を輝かせて嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「……? えぇ、とりあえず了解しました、ありがとうございます」


 とは言え、彼女に呼び出される理由は依然として不明。やはり思い当たる節が無いシルヴィオは首を捻りつつも、伝言を伝えてくれたオペレーターへと礼を告げた。


『いえいえ。それでは、お気をつけて帰還してくださいね!』


 そろそろ軍用車両が迎えに来る頃合だろう。それにしても、一体ルネは何の用事で黎明隊を呼び出したのだろうか。ジェノは座り込みながら、一人ぼんやりと考えるのであった。


◈◈◈◈


 辿り着いた隊員区画、『冥王』に用意された豪勢な部屋の入口。意気揚々とドアノッカーに手を伸ばしたのは、シルヴィオでは無くバレッタだった。

 すれば、扉の向こう側は途端に騒がしくなり、何かを言い争う様な声が聞こえてきた気もした。


「――おぉ、よく来たな! 中でルネが待ってるぜ。ま、入れ入れ!」


 そうこうして、ようやく開いたドアから顔を出したのはヴィクトールだった。彼は何処ぞの鬼神とは違う、人好きのする笑顔を浮かべて三人を招き入れる。


「はいっ! お邪魔しますっ! ――お姉ちゃ〜んっ!」


 そんなヴィクトールには目もくれず、真っ先に部屋に飛び込んでいくのはバレッタであった。流石は時空属性、彼女の姿は一瞬で消える。


「いや一目散かよ……」


「あはは……お邪魔しますね、ヴィクトールさん。こちらささやかですが、手土産を……」


 振り返って呆れ顔を作るヴィクトールへ、シルヴィオは手に持っていた菓子折りを差し出した。中身はルネの好物だと聞いたフロランタンだ。


「えっ!? いや、そんな、気にしねぇでいいのに……!」


 まさか呼び出された側が菓子折りを持ってくるとは思っていなかったのか、彼はただでさえ小さいペリドットの瞳を、更に小さくして驚きを表していた。


「ま、ヴィオさんこういうとこ抜かりないっすからね〜」


「だなぁ……って、問題児じゃねぇか。今日は蒼穹壊してねぇだろうな〜?」


 ジェノが茶々を入れる様に声をあげれば、逆にヴィクトールは悪戯っぽく目を輝かせた。そうしてにやっと笑った彼が口にしたのは、いつの間にかジェノに付けられていただ。


「っ、はぁっ!? まだそれ言うんすか!?」


 途端にジェノは先程までの余裕を失い、噛み付く様に声を荒げる。そうすれば、ヴィクトールはただただ楽しそうに笑った。


「ははは、冗談だって。ま、二人も中入れよ」


 そうして、彼は顎で部屋に入る様指示すると、先に引き返して行ってしまった。代わりに扉を押さえたシルヴィオに促され、ジェノは膨れ面のままヴィクトールの後に続く。


「……――でね! 私がその時……」


「はは、そりゃ凄いじゃないか。……っと、バレッタ、話は一旦後にしようか」


「あ……うんっ!」


 中では、既にバレッタとルネが言葉を交わしていた。だが、ジェノとシルヴィオも入室してきた事に気が付くと、何時までも話し続けようとするバレッタを諭して、ルネは含みのある笑みを浮かべる。


「……で、今度は何なんすか。先に言っとくと、誰も引き抜きなんて応じませんからね?」


「ジェノ君」


 その笑みに嫌な予感がして、ジェノはじとっとルネを見つめたまま威嚇する。だが直ぐにその行動をシルヴィオに諌められる。その一連の流れを見ると、まるで彼は懐かない飼い猫の様だ。


「あはは、言うねぇ? ……ぅ、ゲホッ……んん、別にもう誰かを引き抜こうだとか居なくなろうだなんて考えてないさ。今日は別件だよ」


 ルネはジェノの態度に笑声を零しながら、言葉を連ねる。その顔に浮かんでいるのは、かつて浮かべていた様な憂う笑みでは無く、晴れやかな笑みであった。


「と、言いますと……?」


 だが、それもシルヴィオの問いに怪しい笑みに早変わりする。彼女が目を細めたのを見て、やはりジェノは何だか嫌な予感がした。


「ナイトとの合同遠征任務――それに、君達を推薦しておいたよ」


「……は?」


 案の定、ルネが含み笑いで告げたのは突拍子も無い事で。ジェノは彼女が総帥直属部隊である事も忘れ、思い切り刺々しい声を返す。


「え……ちょ、ちょっと待って下さい。合同遠征任務ってなんすか? 何も話が見えてこないんすけど。え、て言うか何勝手に推薦してるんすか? は? 正気?」


 ジェノの中の疑問と不満は徐々に膨れ上がっていき、それは段々と態度にも現れ始めた。遠慮がちに放たれた質問から、気が付けば責め立てる様な言葉が飛び出している。


「いやぁ……本当はボクに話が来たんだけどさ。ドクターストップが掛かったし、何より総帥直属部隊が二隊も遠征に出るってのは良くないと思ったからね」


 ところが、ルネが黎明隊をしたのは、どうやらふざけた理由では無いらしい。ドクターストップという単語を聞いて、ジェノはハッとした様に押し黙った。


「だから、代わりに黎明隊きみたちを推薦しておいたんだ……ぅ、ゲホッ……」


わりぃな、三人とも……。本当は俺だけで行っても良かったんだけど、それすると別の意味でこいつ死にそうだから……」


 そう言いながらルネへ視線を向けるヴィクトールの瞳は、からかいと慈愛に満ちていた。


「はは、料理できないしね」


「笑い事じゃねぇよバーカ」


 くすぐったそうに笑うルネ。シルヴィオとバレッタはそれを微笑ましそうに眺めていたが、ジェノだけは威嚇する猫の様に唸り声をあげてしまいそうであった。


「まぁ、主治医のアリスが遠征についてく事を考えると、ボクも行った方がいい気もしたんだけどね。まさか会議に乗り込んできてまで止めに来るとは……」


 ジェノの機嫌がまた悪くなった事を察したルネは、笑いを堪えながら話を続ける。そうすれば、聞き慣れた名前に目を見開いたのはバレッタであった。


「えっ、アリス先生も遠征に……?」


「うん。今回の任務は少し特殊でね……まぁ、詳しい話はアカツキに聞いておくれよ。何せボクは途中からろくに聞いてなかったからね」


 ルネは悪びれる事無くそう言うと、肩を竦めつつ手をヒラヒラと振った。恐らく、彼女の話はここで終わりだろう。一瞬、部屋の中に静寂が落ちた。


「……さて、今日呼んだのはこれを伝える為だけなんだ。もう帰ってもいいよ?」


 だが、ルネはろくでもない事を思い付いたかの様に白金の瞳を輝かせると、標的をたった一人に絞って煽る様な言葉を続ける。


「っ、はぁーっ!? は、腹立つ……! っ、ヴィクトールさん! なんか作ってください。俺もう少し居座ります」


 それは無事にクリーンヒット。ジェノは信じられないと言う様に机を叩いて立ち上がると、ルネの言葉に逆らう為に図々しいお願いを口にした。シルヴィオは窘める様に彼の服の裾を引っ張ったが、ジェノはまるで聞いていない。


「ははっ、お前マジで面白いな? そういう所だぜ、俺にもルネにもからかわれんの」


「〜っ、うるさいっすよ!」


 響くルネの爆笑と、ジェノの照れが入り混じった怒声。愉快な時間は、こうして和やかに流れていくのであった。

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