【幕間】

『荒業』 友に捧げるラプソディ

「……暇すぎ」


 自室のベッドに寝転んで、そう一言漏らす。


 その日――否、その日だけでは無い。ここ五日間程、謹慎処分中で任務にも行けず、死ぬ程暇な時間を過ごしていた。思わず漏れた呟きも、もう何度繰り返したか分からない程だ。


 最初はまだクリアしていなかったゲームを消化していたのだが、それも三日で全て終わってしまった。今の俺が出来る事と言えば、ヴィオさんにちょっかいを掛けに行くくらい。けれど、あの人は何をさせても強すぎる。現在五連敗中のチェスは暫くやらないと決めていた。

 これがまだ三週間程も続くのかと考えると、至極憂鬱である。


「――! メッセ……」


 そんな時だ。握り締めていたデバイスがメッセージの着信を示したのは。


『親愛なるジェノ君へ。君が何かやらかして謹慎処分になったと聞きました。マジですか?』


 画面へ現れたのはそんなメッセージ。送り主はスクールの時からの親友で、ダンス部として共に過ごしたカイルだった。あいつが楽しそうに笑っているのが透けて見える。腹立つ。


『は? 違うし』


『残念でしたー! ロイス兄ィから謹慎中だって聞いてます! やっぱり何かやらかしたんでしょ! ばーかばーか!』


『は? うざ、何お前』


 随分と面倒臭い奴に謹慎処分の事を嗅ぎ付けられたものだ。兄馬鹿のカイルはきっと、ここで何を言っても認識を改めないだろう。

 ていうかロイスさんも絶対謹慎処分としか言ってないでしょ、何で俺が何かをやらかしたと信じてやまないんだ。


『カイル……ジェノ君をからかうのも程々にして、そろそろ補講に行く準備をした方がいいとクラウドは思うよ』


 そこで同じくダンス部のもう一人の親友――クラウドが参入して、事態は更にカオスな事になる。確かカイルとクラウドは同室だったはずだけど、どうしてメッセ上で忠告してるのだろうか。


『え、お前まだ補講終わってなかったの? 雑魚じゃん』


 ちなみに補講と言うのは、入隊に必要な実技訓練以外の教科の事だ。俺の代や何個か下の代は、スクールの課程を修了する前にアカデミーへと体制が変更された為、受け切れなかった授業分が補講として用意されているのである。

 こうして普通にカイルを煽っているが、かく言う俺も一切終わっていない。


『ジェノ君も終わっていなかったとクラウドは記憶しているのだけどねぇ』


『やべ』


 アホのカイルだけなら騙し通せただろうが、秀才で真面目なクラウドは騙されてくれなかったらしい。即座にツッコミが入って焦った。


『雑魚じゃないですか!』


『は? うるさ』


 案の定煽り返される。だるいだるい。返信は脊髄反射だ。


『今日戦術学ですよ! 遅かった方が今日の飯奢りで!』


『じゃあお前ね』


 そうメッセージを送り返してから、飛び跳ねる様にして起き上がる。鞄何処にやったっけ、急いで準備をしなければ。カイルより遅く着く訳には行かない。


「おやジェノ君……外出ですか?」


 瞬速で準備を終わらせリビングルームへと向かえば、そこには椅子に腰かけて何かの本を読むヴィオさんの姿が。ヴィオさんはキョトンとして、慌ただしく起きて来た俺を不思議そうに眺める。


「ッス。まぁ、時間もあるんで補講受け行こうかなって……」


「あはは、まだ終わってなかったのですね。アカデミーに体制が変わってから、もう三年も経つと思うのですが……」


 そう言って笑うヴィオさんは確か、別にスクール生でも何でも無かったはずなのに、何故か全ての補講を受け、既に全て終わらせていると聞く。化け物か何かなのでは無いだろうか。


「いや、まぁその、戦術学とか色々面倒くさ……難しくて……。まぁとりあえず、友達待たせてるんで行きますね」


 いや、それはいい。とりあえずのらりくらりと補講が終わっていない事を誤魔化し、俺はそそくさと玄関口へと向かう。別に待たせてないけど。待つのは俺だし。


「えぇ、行ってらっしゃいませ」


 笑って手を振ってくれるヴィオさんに手を振り返して、俺は出来る限りの速さで急ぐ。本気で走るのは怠いから、ちょっとだけ、早歩きで。カイルに奢るだなんて真っ平御免だからだ。


◈◈◈◈


『ネクタイ失くしました』


 俺がアカデミーまで足を急がせ、ようやくエントランスへと辿り着いたと言う時。端末に届いていたメッセージはそんな内容だった。


「最悪じゃん」


 一体今までの時間は何だったと言うのだろう。早歩き損だ。こんな時に限ってゲーム機も置いて来てしまったじゃないか。あいつには一番高いご飯を奢らせるとして、今からどうしたものか。


 一人考え込みながら、何か無いものかともう一度辺りを見回せば、ふと目に入ったのはアカデミーの案内図。そう言えばこの場に来るのも久しぶりだ。

 何処に何の教室があったからなんて、既にもう定かでは無いので一応それを確認する事にした。


 案内図の前には一人の先客。同い歳くらいに見える少年が案内図と睨み合っていた。その様子があまりにも真剣そのものだったので、俺は大人しく彼が移動するのをじっと待つ。

 その間に端末を確認したが、友人に送り付けた『雑魚すぎ』というメッセージに返信は来ていなかった。そんなに必死でネクタイ探してるのかよ。


「――ハッ視線!? アァッもしかしてこの地図に用ある人!? ごめん、ごめんね! めちゃくちゃ占領しちゃって――……アァ全部落としたァ!」


 と、俺がじっと待っていた事に少年は気が付いたのか、声の倍くらい大きな動きと共にワタワタとその場から退去する。その際に腕に抱えていた教材を全て取り落としていた。


「えぇ……大丈夫すか」


 流石に彼の大きな言動が周りの注目を集め、手伝わざるを得なくなった俺は、しゃがんで彼の教材を拾い集めてやる。


「……あれ? 戦術学?」


 そこに紛れていた、この後友人と受けるつもりであった教科の教材を見つけ、思わず俺はそう零してしまう。見る限り、俺のと同じく新品な状態だ。


「オーンそれも俺の! ありがとォ! いやそれ次の授業なんだけどサァ、教室がどこ何だか全く分からんくて地図とにらめっこしてたんだよね! けど惨敗! ははは!」


 少年はニコニコと笑いながらそう言った。多分、彼は一を問えば十答える性分なのだろう。ベラベラと聞いてもいない事まで喋り始めた。

 自由教科を受けるという事は、彼も元スクール生なのだろうか。いや、流石にここまで目立つ奴が同期や後輩に居たら、例え関わりが無くても名前や噂くらいは聞くものだろう。彼に見覚えは無い為、その線は薄い。


「あの、俺も友達と戦術学受けるんで、良かったら教室まで一緒に行きますよ。まぁ、友達を待ってからになるんすけどね」


「エェッ! 本当!? ありがとう、めちゃくちゃ助かるよ! 全然問題無し! 待てる! 俺はササ……じゃなかった、ユーマ・ササキ十七歳! よろしく!」


 一先ず困っている様子だったので、手を貸しましょうかと提案すれば、少年は首が取れそうな程に頷いて、その流れで自己紹介をした。どういう流れなんだ。


「ジェノっす。ジェノ・ペラトナー。俺も十七っすね。あの、戦術学それ受けてるって事はユーマ君もスクール生なんすか?」


「へ? す、すくーる? アァッえっとねェ、俺少し前に外から来たからさ! ちょっとこの辺の事まだよく分からんくて……」


 一応疑問をぶつけてみればユーマ君は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに思い出したかの様にそう告げる。それを聞いて俺は納得した。

 エデン外の出身というなら、エデン内にしか無いアカデミーの授業を一から受けていても何も不思議では無い。ヴィオさんと似た様なパターンだ。


「え、て言うかさ、今十七って言った? 同い歳!? じゃあ呼びタメでいいよ! て言うかそうしよう類! 俺同年代の友達居ないんだァ!」


「何で双子葉類……? まぁ、いいっす……いいけど」


 ユーマ君改めユーマは必死に見えたので、何となく構わないと頷いてしまう。この殺伐とした世界で、周りに同年代が居ないと流石にちょっと辛いだろう。本人達には口が裂けても絶対言わないが、俺だってカイルとクラウドに助けられている所もある。


「――やぁやぁジェノ君! 大変お待たせしましたねぇ!」


「申し訳ない盟友よ! このクラウド、馳せ参じたぞ!」


 と、後ろの方から、ちょうど思い浮かべていた大きな声が二つ飛んで来た。エントランスというか、アカデミー自体が吹き抜けの構造になっているので、二人の声は思い切りエコーがかかっている。やめて欲しい。

 ていうか何で二つ? 一人多くない?


 振り返ればそこには全ての元凶であるメガネ――カイルと、クラウドことクラウディオが大股で闊歩して来ていた。と言うか、クラウドは補講を全て終わらせていたはずだ。何故着いて来ているのだろうか。

 まぁ、大方ネクタイを探す流れでそのまま着いてきたのだろうけど。ていうかカイル、結局ネクタイしてないじゃん。見つからなかったのかよ。


「んん? 盟友よ、そちらの御仁は何方だ?」


 呆れた目でカイルを眺めていれば、ふとクラウドの緑の双眸がユーマを捕捉する。

 盟友と言うのは彼の二人称の様なものだ。基本的に俺もカイルも一緒くたにして呼ぶので、どっちを呼んでいるのか分からなくなる事も多々ある。


「あぁ、コイツ……ユーマって言うんだけど、コイツも戦術学受けるんだって。だから一緒にどうかなって思って」


 俺がそう軽く紹介と提案を挟めば、


「成程、勿論構いませんよ! ユーマ君、僕はカイル・ガラットです! よろしくお願いしますねぇ!」


「クラウドも全然構わんのだよ! クラウディオ・フリードリヒ・フォン・カイゼルだ、是非クラウドと呼んでくれたまえ!」


 元からの友人二人は声を張りながらそれを承諾し、そのまま自己紹介に移る。クラウドってそんな長い名前だったっけ、クラウディオまでは覚えていたけどその先は少し怪しいかもしれない。


「アァッありがとう! 紹介にあった通り俺はユーマだよ! ササキ、ササキね家名! よろしくね!」


 ユーマもそれに応戦するが如く、大きな声で自分でも自己紹介をする。


「うるさ……感嘆符が飽和してるじゃん」


 あまりの煩さに俺が思わずそう呟けば、全員が不思議そうな顔をした。何でだよ。自覚が無いのが何よりもタチが悪いと思う。


「それはそうとジェノ君! 僕達はとうとう正式なナイト所属に――……」


「うむ、盟友達よ! 積もる話があるのも分かるが、今はもう急ぐべきだとクラウドは思うのだが、どうかな!?」


「え? ……あ、やべぇ。もう始まる時間じゃん」


 カイルの発言を遮ったクラウドの言葉に誘われる様に端末で時間を確認すれば、既に時刻は始業二分前。その事にはカイルもユーマも気付いていなかった様で、二人共弾かれた様に顔を上げた。絶対片方のメガネが元凶だと俺は思う。


「何ですって!? 困りましたねぇ走りましょう!」


「おぅけぃ勝負ね! 俺の勝ち! ……あ、どこが教室か分からないんだった……」


 そしてぎゃあぎゃあと何かを騒ぎながら、二人は駆けて行く。何故か無駄に足の速いカイル。それを追い越し、でも次の瞬間には失速するユーマ。

 俺とクラウドは顔を見合せて苦笑すると、既にもう遠くに見える二人の後を追うのだった。


 その後もちろん無事に教室を間違えて、結局遅刻した事は言うまでもない。

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