EP16 戦場を駆けるスレイヤー
「あはははははぁッ!」
戦場に轟く、狂った様な笑い声。それを
「こっちっすよ! デカブツ!」
ジェノが見据えているのは、大きな身体を軋ませて、眼球の抜け落ちた眼窩でこちらを睨む大髑髏だけ。その他大勢は漂う塵芥にすら過ぎない。
その煽る声が聞こえたのか、大髑髏は残った左手の矛先をジェノへと向ける。
「あは」
あろう事かジェノはそれを受ける構えを取ったが、到底彼が耐えられるはずも無い。
「――ッ!? おい馬鹿死ぬ気かッ!?」
その目の前に飛び出して、代わりに大髑髏の攻撃を受けたのはヴィクトールだった。水を差されたジェノは一瞬だけ不満げな顔を見せたが、その体勢が反撃のチャンスと気が付くと、すぐにまた狂気的な笑みを浮かべる。
「あはは! そのまま抑えてて下さい!」
「はぁっ!? 無茶言うな馬鹿! お前はルネか!?」
喚くヴィクトールを踏み台にし、ジェノは大骸骨の左手へと飛び乗る。後方でまた何か文句を言い始めたヴィクトールを無視し、一気に肩の辺りまで駆け上がった。
「……その顎、俺が砕いてあげますよ!」
何事かと肩の異物に目をやる大髑髏。その顎目掛けて、ジェノは蒼穹を突き上げる。すれば、言葉通り砕くとまではいかなかったが、その顎骨にヒビを入れる事には成功した。
『ギィ――――――――――ッ!』
「――あ」
だが、突如走った激痛に骸骨が身を震わせた瞬間、その身体の上に立っていたジェノは振り落とされる。基本的な属性はどれも扱えるジェノだったが、流石に時空属性までは会得していない為、彼は為す術なく落ちていった。
「っ、先輩ッ!」
叫ぶバレッタ。だが、彼女にも為す術は無い。時空属性で駆けて、例え間に合ったとしても、小柄な彼女ではジェノを受け止め切る事は出来ないのだ。
「――本ッ当に馬鹿! お前ルネ以上に馬鹿だろ!? アイツでもこんな無茶しねぇわアホ! 問題児!」
そんな彼を散々罵りながら、地面に打ち付ける前にその身体を掬ったのはヴィクトールだった。恐らく、ルネが散々繰り返す無茶で、彼の瞬発力は鍛えられたのだろう。
「っ、誰が問題児っすか!」
ヴィクトールが放った一言で、ジェノは正気に戻る。抱えられたまま子犬の様に吠えていれば、ヴィクトールに「黙ってろ問題児!」と再三罵られた。
『あぁもうどないすんねんジェノ君! めっちゃキレとるであの骨!?』
無線機の向こうでアヤメが叫んだ通り、大骸骨は残された左手を地面へ何度も打ち付けながら、全身で怒りを表現していた。
発生する大きな振動。耐えられずに、戦士達はその場に膝を着く。このままでは近付く事さえ許されない。
「チッ、厄介だなあの左手……。バレッタ! もう一度さっきの技は使えるかい!?」
一度走るのを止め、随意的に発生した振動に耐えていたルネは、傍に居たバレッタへと声を掛ける。要は、先程と同じ様に左手も斬り飛ばしてしまえという魂胆だ。
「っ、ごめんお姉ちゃん! まだもうちょっと、呪力が足りない……!」
だが、それも叶わない。最初に右手を斬り飛ばした時から何度も呪力回復錠を服用していたが、バレッタの呪力はもう一度あの空間切断を放つ程回復はしていなかった。
「っ、弱ったな……これじゃどうしようも――……」
『――こちらです』
不意に、無線越しにそんな声がして、大きな頭蓋骨を何発かのスナイパーライフルの弾が穿つ。この場でそんな芸当が出来るのは、シルヴィオただ一人だ。
『ギシャァ――――!』
大髑髏は身体中を軋ませながら、その
「……ふふ、引っかかりましたね?」
それどころか挑発的な笑みを浮かべて、手にしていた武器を銃形態から鎌へと変形させる。その刀身が纏ったのは銀の焔。
シルヴィオは拳が自身にぶつかる前に飛び退いて、その勢いのままに焔を纏った鎌を振り抜く。すれば、たちまち揺らめく炎が広がって、地面に付いた骨の拳を凍り付かせた。
『左手も封じました! ルネさん、お願いします!』
氷の境目の向こう、無線機越しにシルヴィオが叫ぶ。彼が作り出したのは好機。名を呼ばれたルネは瞬時に駆け出した。
『グ、ガ、ギィィ!』
腹立たしそうに骸骨が鳴く。何とも滑稽だ。
それを横目に見ながら、まるで先程ジェノがした様に、動かなくなった骸骨の左手を駆け上がる。
肩口から顔の前へと飛び出したルネは身体を捻って、誰が言い始めたのか散々「死神の鎌」と形容されたそれを構えた。
そんなに言うなら、今だけそれに乗ってやる。
「お前の命――頂いていくよ」
それから、笑みを浮かべて、まさに冥府の王に相応しい言葉を口にして。
ひび割れたその顎骨目掛けて、長い年月を共にした愛機を振り抜いた。鈍い音が響いて、粉々になったそれは白い欠片を散らばらせる。
『ァアアァ――――――――――――ッ!』
轟く号哭。重力に従って落ちていくルネは、その指を銃の様にして、顎骨を無くした大髑髏へと向ける。
視えた未来。自分が顎骨を砕いたその先。しっかりと、その目に映っていたのは――。
「――行け、バレッタ!」
それは、まるで煌めく流れ星の様だった。
名を呼ばれ、突如宙に現れたバレッタが掲げていたのは、天を貫く程に長く伸びた呪力の刃。
「一刀、両だぁぁぁぁあああんっ!」
力を込めて、振り下ろす。響くソプラノの声。走る鮮やかな一閃。遅れて、空間ごと大髑髏は左右に断たれる。それは断末魔を上げる暇も無く、瞬く間にその姿を呪力結晶へと変えた。
『――大型の反応消滅! 同時に百鬼夜行制圧確認! なはは、バッチリや! 完全勝利やでーっ!』
曲芸師の様に着地したバレッタの鼓膜を揺らしたのは、完全勝利を告げるアヤメの
誰も欠けていない。誰一人、失っていない。それは、明らかな完全勝利。
「……ベクト」
同じく光を浴びながら、ルネは自身を受け止めてくれたヴィクトールを呼ぶ。小さくて、少しだけ震えた声。彼はハッとした様にルネを見た。
(……もう、大丈夫。伝えても、言ってしまっても。まだ少しだけ怖いけれど、今度こそ手にした力で守ればいいから。だから、だから――……)
それから、そっと震える手を伸ばして、不思議そうに顔を覗き込んでくるその緑の瞳と目を合わせた。何故だか、視界が潤んでいく。
けれど、もう迷わない。だって、愛しい感情が溢れて仕方が無いから。
「――愛してる」
ルネは花開く様に笑って、その五文字を口にした。
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