EP15 前を向いて、未来を視る

 バレッタが放った斬撃は、大きな髑髏の右腕ごと斬り飛ばした。それを皮切りに戦況は大きく動き始める。


「――っ! ベクト! もう平気だ、パリィできるか!?」


 ようやく身体が動く様になったルネが駆け出して、未だに攻撃を堪えているヴィクトールへと合図を出す。


「……ハッ、余裕だッ!」


 完全に立ち直ったルネを見て、ヴィクトールは満足そうに笑う。彼はそのままの勢いで、片手を斬り飛ばされた事によって力が抜けた髑髏の左手を弾いた。


「アカツキ! 状況は!?」


 ルネの目に映っているあの大きな髑髏は、何処からどう考えても大型だ。故に、無線の向こうにいるはずのアカツキへと状況を尋ねた。


『――予想外の大型の発生、緊急事態により交戦許可は降りています。……応援部隊は現在派遣中です。到着まで耐える事を提案します』


 いつも通り冷静なアカツキが口にしたのは、やはりあの大髑髏は大型である事、交戦許可が降りている事、そして、応援部隊が向かうまで持ち堪えろと言う事だった。とどのつまり、百鬼夜行を凌ぎながらも大型の猛攻に耐えろと言う事だ。


「ハハハ! 随分簡単に言うじゃないか!」


 あまりの無茶振り。思わず笑い声が漏れた。だが、ルネは決して諦めた訳では無い。

 身体を揺らして文字通り骨が軋む不愉快な音を鳴らす大髑髏だけをただ真っ直ぐ見据えて、漆黒の鎌を振るう。それが刈り取っていくのは、周りにいた小型達の命だ。


 いつもと違う。僅かに、だが確実にルネはそう感じとっていた。

 今までは与えられる様にしか見えなかった未来が、見たいと思う部分だけ自由に見る事が出来ている。


「――お前達の攻撃なんか、ボクには当たらないよ」


 最早小型程度、ルネの脅威にはならない。全て、視えている。何処に歪みが生じるか、何処から小型が襲いかかってくるか、いつ大型が襲いかかってくるか。全部、分かっている。


「バレッタ! 右に飛べ!」


「っ、うん!」


 バレッタはルネの声に合わせて飛び退いた。すれば、先程までいた場所に大型の攻撃が飛んでくる。大髑髏の右手を斬り飛ばした攻撃で随分呪力を消費してしまった様で、バレッタはその手に追撃する事は叶わなかった。


「ベクト! 三秒後後ろに歪みが発生する!」


「――! おう!」


 忠告の声を聞いたヴィクトールは、タイミングを合わせて飛び出してきた小型に回し蹴りを喰らわせる。見事直撃、勢い任せに放たれた回し蹴りは近くの小型をも巻き込んだ。


「今のボクには……全部視えてる!」


 今の自分には、望む未来を選び取る力がある。ならば選ぶのは、誰も彼もが生き残れる未来だ。たった一人で生き残る未来など、もう二度と掴まされてたまるものか。


「もう二度と、失うもんかッ!」


 ルネは一人吼えて、駆けた。その瞳に宿っているのは、これまでとは違う、

 彼女の纏う『冥王』という二つ名は今この場で、愛しきを生かし、悪しきを滅する――万物の生死をる女王を指す異名と成った。



「っ、キリが無い……っ!」


 呪力回復錠を噛み砕きながらバレッタは呟いた。もう一度、あの空間ごと切り裂いてしまう攻撃をすれば、恐らく自分は動けなくなる。

 それを理解していたバレッタは、なるべく呪力を消費しない様に努めていたが、百鬼夜行の存在がそれを易々と許してくれない。と、その途端に足元が覚束なくなる。


「バレッタ、大丈夫か?」


「っ、ごめん!」


 咄嗟にルネはふらついたバレッタのフォローに入った。恐らく彼女は、長期戦に慣れていない。それを薄々感じていたルネは、焦りを感じて思わず文句を口にした。


「くっ、百鬼夜行が厄介だな……!」


『――では、そちらは我々にお任せ下さい』


 そのルネの言葉に答える様に、落ち着いた男性の声が無線越しに聞こえて来た。


「――っ!?」


 懐かしくて、聞き馴染みのある声。バレッタは思わず顔を上げる。瞬間、周りにいた小型へと銃弾の嵐が襲いかかって、そのほとんどが結晶に姿を変えた。


『――あれ? もう弾無い……』


『あはは……またですか? ダグラスさんに叱られますよ?』


 面倒臭そうな声と共に銃弾の雨は止む。それを茶化す声も、その後聞こえて来た呻く様な声も、バレッタを安心させるには十分だった。


「――お待たせ致しました。黎明隊、只今より出撃致します」


 現れたのは、黎明隊。大切な大切な、バレッタの属する小隊。


「ちょっとヴィオさん、今はラピスラズリ隊っすよ。まだあっちは謹慎処分解けてないのに、屁理屈こねてここに来てるんすから……」


 意気揚々と言い切ったシルヴィオをジェノが小突く。どうやら彼らは、の一員として応援に駆け付けたらしい。


「おや……そうでしたね、失礼しました」


『なっはは、ひっさびさの出撃やのに締まらんなぁ〜』


 何処か久しぶりに感じる陽気な声が、バレッタの鼓膜を叩く。


『おっしゃ! 聞こえとるか? こっからは室長に変わってウチがオペレーションしたるで〜!』


「アヤメさん……!」


 バレッタはどうしようもなく泣いてしまいそうだった。ここが戦場である事は分かっている。

 けれど、本当にいつも過ごしている寮の部屋の様で。――それは、かつて母と過ごしていた世界の様で。胸の中がとても暖かくて、やっぱりここがなんだと痛感する。


『ほーら、話しとる暇ないで? 次の歪みの波が来る! ――っちゅー訳で、やったれヴィオはん!』


 名指しされたシルヴィオは短く返事をして、駆け出した。手にした愛機が、まるで仇敵を討った時の様な銀色の焔を纏って、淡く煌めく。


「――お眠りなさい。氷の焔に包まれて」


 呟いて鎌を振るえば、辺りは。発生した幾つもの歪みから飛び出してきた小型だけではなく、皆が踏みしめている地面さえにも霜が広がっている。


「っ!? た、隊長! 今のって……!」


「えぇ、これが私の新たに会得した力です。ふふ、ジェノ君にも特訓を手伝ってもらったんですよ?」


 驚愕のままに叫ぶバレッタに、シルヴィオは少しだけ自慢げに微笑んだ。どうやら、この謹慎中に彼はあの時キュウビを狩った際に使用した力を、何時でも放てるまでに習得していたらしい。


「いや、本っ当に大変だったんすからね!? 毎日毎日訓練と称して、俺の友達まで駆り出して……! 何回巻き添え食らって凍り付いたと思ってるんすか!? アイツが!」


 まるで協力的かの様に名を挙げられていたジェノは、珍しく声を張り上げて抗議する。どうやら、一筋縄では無かった様だ。


「う……そ、それは申し訳ないと思ってますが……」


「こら、しっかりしたまえ。漫才をやってる暇は無いよ」


 いつもの通り、宿舎で繰り返される様なやり取りをしていれば、ルネの呆れた様な叱責が飛んでくる。バレッタも思わず和んでしまっていたが、よく考えなくてもここは戦場だ。


「おっと、申し訳ありません。……それでは、百鬼夜行は私にお任せ下さいませ」


 その言葉に真面目腐った顔で頭を下げたシルヴィオは、銀の炎が宿る鎌を振るって、ある程度大型と百鬼夜行の群を隔てた。


「んじゃ俺は……あは! 俺が相手っすよデカブツッ!」


 百鬼夜行の対処にシルヴィオが駆けていく横で、ジェノはまるで一撃を喰らった時と同じ様な狂気的な笑みを浮かべる。


『うーわ……今まで小型清掃ばっかやったから、もうのっけから暴走しとる……。ジェノくーん、相手はガシャドクロや! 幻覚見せて惑わす……って、もう聞こえてへんか……』


「せっ……先輩! あんまり前に出たら危ないですってばぁ……!」


 あまりにも見慣れたジェノの暴走に、アヤメは口の端を引き攣らせている様な声色で呟く。バレッタはいつもの様に大声を出して先輩を諌めようと努力するが、完全にハイになっているジェノにはその声が届く事は無い。


「あっははは! 本当に面白いなぁ、彼! ……ベクト! フォローに回れ! ボクとバレッタも仕掛ける!」


 戦場に似合わぬ笑声。それを零したのはルネだ。彼女は楽しそうな笑みを浮かべながら、先程まで自身の隊の扱いであった二人に声を掛ける。


「あぁ!? あれに付いてけってか!? ったく、無茶振りばっかすんなよバーカ!」


 早い話、暴れ回るジェノの盾になれというルネの命令に、ヴィクトールは大きな声で吠える。だが、ルネを馬鹿と罵る声は何処か嬉々としていて。まるで、頼られた事がこの上無い幸せの様に。


「バカは君だ! ……いくぞバレッタ!」


 罵倒を返すルネの声も明るい。そこにあるのは、確かな信頼。お互いを信じているという、強く暖かな感情。


「……ふふっ、うんっ!」


 もう、この二人なら大丈夫だ。

 そう確かに感じたバレッタは、嬉しくて、思わず戦場には似合わない声色で返事をしてしまった。

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