EP13 まさに神の御業が如く

『それじゃあ……只今より、アコール隊のオペレーションを開始します』


 いつも通り軍用車両から降りた所で、無線越しのアルフレットが口にしたのは全く別の隊の名前だった。


「え? アコール隊?」


 しかも彼が口にしたのは「アコール」という隊名。それは、彼の兄である『皇帝』フェルディナンドが率いるオーミーン最強格の隊だ。


『……あっ!? ま、間違えちゃった……! ウィルが居たからつい……! ご、ごめんなさい! えっと……ラピスラズリ隊だね、始めます!』


 無線越しにアルフレットが我に返る声が聞こえてくる。どうやら、ウィルフレッドがいた事によりいつもの癖が出てしまった様だ。


「待っ……待って下さい! ウィルさんって、あのアコール隊の所属なんですか!?」


 それはつまり、ウィルフレッドもアコール隊の一員である事の証明になる。最強格として名高いアコールと言えど、その知名度の高さはフェルディナンドの存在に一因している為、他の隊員についてはあまり知られていないのだ。


「そうだが……」


 恐らく、今までに何度も同じ問いをされているのだろう。驚愕を貼り付けたバレッタの言葉に、ウィルフレッドは何処かうんざりした顔で頷いた。


「はは、なんならアルフクンも基本的にはアコールのオペレーターだけどね」


 そんな二人の会話を微笑みつつ見届けながら、ルネはもう一つの事実を付け加える。


『うん、僕の本業はオペレーターなんだけど……預言者が発動しちゃうと動けなくなっちゃって……。緊急時の事を考えると、オペレーターが居なくても連携が取れるアコールのオペレーションしか任せて貰えないんだよね』


 アルフレットは、困っている事が無線越しでも伝わる程の声色で補足する。それは裏返せば、アコール隊がかなりの手練である事を示していた。


「ひょ、ひょえぇ……! わ、私……とんでもなく場違いな気がしてきました……」


 それを聞いていたバレッタは、怯えた様に両手で青ざめた顔を挟んで震える。

 黎明隊が普段見せている連携は、アヤメの尽力あってこそ成し得るものだ。それでも尚、時折ジェノが暴走して前に出過ぎる事すらある。


「大丈夫さバレッタ、ベクトもだ」


「おい!?」


 普段の様子を思い出しながら青ざめていくバレッタを見ていたルネは、彼女を安心させるが如くヴィクトールを槍玉に上げる。急に名を呼ばれた彼は驚きながらもツッコミを入れた。


『あはは……。あ、ウィル、狙撃出来そうなポイントは三箇所だよ。ここから北に……』


 任務中だと言うのに流れる和やかな雰囲気を笑声を漏らしながら、アルフレットは狙撃手であるウィルフレッドへ狙撃ポイントの提案を始める。


「いい……平気だ。ここら一帯はアコールの任務で何度も来てるからな、大体の地形は覚えてる」


 ウィルフレッドは途中でそれを遮ると、次元の違う言葉を口にしながらスナイパーライフルを背負い直した。


『そっか、じゃあ後は頑張って! ……あ、兄さんと似た体質だけどヴィクトールさんは撃っちゃダメだよ!』


「撃たん……そもそもフェルディナンドの事もあまり撃たんだろ……」


『あはは、そうだっけ?』


 冗談か本気か分からない声色で忠告をするアルフレットに、ウィルフレッドはため息混じりの言葉で返した。まるで、この二人も兄弟なのでは無いかと疑ってしまう程の遠慮の無さだ。


「はは、アコールは相変わらず仲がいいな。……じゃ、とりあえず、今回の訓練の内容について説明するよ」


 そうして狙撃可能なポイントへと去って行くウィルフレッドを見送りながら、ルネは手を打って注目を集めた。同じくウィルフレッドの背を見つめていたバレッタとヴィクトールは、ルネの方に視線を向ける。


「今回強化したいのは、バレッタのその武器の使い方だ」


「へっ!? わ、私……これの使い方間違ってた!?」


 ルネに名指しで指摘された途端、バレッタは焦った様に呪力の刃を精製する。

 初めて黎明隊に配属された時から、バレッタの武器はこの武器だ。まさか、今までの間ずっと間違った使用方法をしていたのでは無いかと疑念が湧き、バレッタは肝が冷える様な思いをする。


「はは、違ってはいないさ。ただ、少しだけ強度が気になってね。少し貸してくれるかい?」


 そう言うとルネは不敵に笑う。バレッタは不安そうな顔をしたまま、耳に付けている呪具を手渡した。


光の刃ラム・ド・リュミエールの斬れ味は、普通なら確かに今のバレッタくらいが妥当だろうが……呪力の込め方次第ではもっと上がるんだ」


 手馴れた様に呪具を発動させたルネは、普段バレッタがしている様に呪力の刃を精製する。だが、それはバレッタが生み出す刃とは違い、まるで本物の剣の様だった。

 ルネが虫でも払う様にその剣を震えば、傍に立っていた樹木の太い枝が簡単に切れる。呪力さえ込めてしまえば、幾らでも刀身が伸びるのがこの武器の特徴だ。


「――ほら、この通り」


「す、凄い……!」


 バレッタはそれを活かそうとすれば、強度にまで頭が回らなくなってしまうのである。今のバレッタの刃は、言うなればサバイバルナイフ程度だ。


「多分バレッタは切り付ける直前に硬化してるんじゃないかと思うけど、それじゃ間に合わない事の方が多いと思うんだ。――じゃ、今日の任務でここまでやって貰うからね、覚悟してくれよ」


「う、分かった……。頑張る……じゃなくて、頑張りますっ!」


 意気込むバレッタを見て、ルネは薄く笑う。彼女がかなりスパルタである事を知っているヴィクトールは、ただ一人心の中でバレッタに手を合わせた。


◈◈◈◈


『……あ、近くに対象の反応あり。気を付けてね』


 そっと岩陰から様子を伺えば、アルフレットの忠告通り、そこには今回のターゲットであるツチグモが居た。それは食事の時間らしく、周りの小型を手当り次第捕食している。


「あの脚を斬り飛ばしてみろ、バレッタ。そしたら今日は合格だ」


「は、はいっ!」


 ルネが指さしたのは、そんな大蜘蛛の強靭な脚であった。一見身体から伸びている部分は切れやすそうに見えるが、全くそうでは無い。

 ツチグモ種の一番最初に機械化が始まる部位は脚なのだ。つまり、大抵のツチグモがその脚を機械に変えて現れるのである。

 これはかなりの大仕事だと察したバレッタは、緊張の面持ちのままに頷いた。


「ベクトはバレッタのガード、ボクの事はいい。すぐに援護に入れる位置には居るが、あまり攻撃はしないからね。弟クンも同様に頼むよ」


「おう、任せとけ!」


『了解。……俺も準備完了だ』


 それを微笑みなから見届けたルネは、残りの二人へ指示を出す。ヴィクトールは自身の手にナックルダスターをぶつけながら返事をし、ウィルフレッドはついでに自身も狙撃ポイントに着いた事を告げた。


『機械化はあんまり進んでないみたい。だけど、油断はしないでね!』


「行きますっ!」


 鼓膜を揺らすアルフレットの忠告を聞きながら、バレッタはいつもの様に飛び出した。瞬間、ツチグモがこちらの存在を認知する。


 いつもであれば、バレッタの役割は撹乱だ。だが、今回は違う。加速して、加速して、とにかく大蜘蛛を時間の向こう側へ置き去りにする。蜘蛛の真横まで走り抜けたバレッタはその脚を斬り飛ばすイメージをしながら、呪力の刃を振るって宙に舞った。


「――っ、硬い……!」


 だが、力及ばず。いつも通りバレッタの刃は、蜘蛛の硬い表皮に弾かれる。


「バレッタ、もっと想像しろ! 君が生み出すのは薄い刃じゃない、全てを切り刻む剣だ!」


「全てを、切り刻む……っ!」


 ルネの助言が飛んでくるが、バレッタの中ではいまいち合点が行かない。まるで棒高跳びの様に大蜘蛛の攻撃を避けながら想像を膨らませるが、光の刃ラム・ド・リュミエール以外の経験に乏しいバレッタには難しい事だった。


「――! バレッタ、ステーキだ! 目の前にあるのはケーキじゃねぇ、肉厚なステーキだ! それ斬るつもりでやれ!」


 やはり難しいかとルネが思った瞬間、ヴィクトールが突然大声を張り上げる。突然の事とその内容に、無線の向こう側からアルフレットの困惑した様な声が聞こえた。


「――! ステーキ!? なら……っ!」


 しかし、それはヴィクトールが意図していた通り、しっかりとバレッタには伝わった様だ。彼女は途端に強靭で強固な刃を精製し、二段ジャンプを駆使して一番小さな脚を狙う。


「……やった、斬れたっ!」


 思惑通り、大蜘蛛の脚は見事に吹き飛び、蜘蛛は耳障りな鳴き声を上げた。それは着地したバレッタを狙おうとするが、ヴィクトールがその攻撃を弾く。


「ははは、よくやったバレッタ! ベクトもだ!」


 ルネは高らかに笑い、二人の手柄を褒め称える。その間も尚、怒れる大蜘蛛はバレッタを攻撃しようと執拗に狙いを定めていた。


「――!」


 突然、援護に向かおうとしていたルネが何かに気付き、足を止める。その横を放たれた弾丸が空気を切って通り抜けて行く。

 それは一発に留まらず、二発、三発と飛んでいき、そのまま一発も外れる事無く大蜘蛛の残り全ての脚を穿った。


『……足止め完了。仕留めてくれ』


「あぁ、助かるよ」


 まるでそれは神の所業。美しいとさえ思える狙撃の腕に微笑みながら、ルネは飛んだ。漆黒の鎌が狙うのは、脚を失って動けなくなった蜘蛛のその頭。迷いなく鎌を振りかざす姿はまさに死神。

 別々の隊だと言うのに、二人が見せたのは見事な連携だ。特にアルフレットが指示を出したという訳では無い。恐らく、ルネが射線をのだろう。


「……やっぱり、お姉ちゃんは凄いなぁ」


 そんな所業を何でもない事の様にやってのけたルネを尊敬の眼差しで眺めながら、バレッタは一人呟いた。

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