【断章】『冥王』Ⅰ 死神の鎌の矛先は

 始まりの記憶は、全てを喪った時の記憶だ。


 見渡す限り亡骸ばかりが転がっている、美しさを失ってしまった街。目の前を塞ぐ、今まで大切な家だった建物。お父様もお母様も、お姉様達も皆、大好きな家族達は、この下だ。

 生まれつき身体の弱かったボクを、蝶よ花よと可愛がってくれた、大好きな家族。ボクは、家族の生命の終わりを誰よりも早く視ていた。それなのに、誰も助ける事が出来なかった。


 最期に庇ってくれたお母様の、ほっそりした腕にそっと触れる。

 あの時、お母様がボクの背を押す事は分かっていた。視えていた。ならば、あの時逆にボクが、お母様の手を掴んでこちらへ引っ張る事が出来ていたならば。お母様だけでも、助ける事が出来たのでは無いのか。


 物言わぬ存在と成ってしまったお母様は、もうボクの頭を撫でてくれる事は無い。最早何処に居るのかすら分からない、他の家族も同様だ。


 ボクの運命はそこから始まった。全てを失い、絶望に染まっても尚、死ぬにげる事は許されない。そんな、死に愛されなかった死神の、運命が。


◈◈◈◈


 家族を失った日、ボクは後を追う事を許されず、オーミーンに拾われた。養護院で、治る事の無い病を抱えながら、戦う術を学んだ。

 周りにはそんな身体で戦う必要は無いのでは無いかと言われ続けたが、そんな言葉もボクが唯一無二の力を持つ事が分かると、自然に聞こえなくなっていった。


 発作もある程度呪力で抑え込む事が出来る様になった頃、ボクは運命的にある小隊に出会った。

 それは訳アリばかりが集まる、ナポレオン小隊。何処に行っても問題を起こしてしまう傭兵ばかりが集まった小隊だ。


 呪力で発作を抑え込むのに失敗した時に、偶然同じ任務に当たっていた彼らが助けてくれたのだ。


「何だって!? あの発作、日常的に起きてんのか!? そりゃ大変だな、お嬢ちゃん……。よし、決めた! ウチに来い!」


 今まで発作を起こす所為で避けられていたボクに、手を差し伸べてくれたおじ様。まるで家族の一員の様に扱ってくれた事が嬉しくて、思わずその暖かな手を取った。

 それが、彼らを死の運命へと導く事になるとも知らずに。


「その腕じゃ普通の武器は振りにくいだろ? だからこれ、特注品だ。嬢ちゃんの為にあの馬鹿共が金出し合って、知らん間に作ってたんだわ! がはは!」


 ある時おじ様は、ボクに武器を与えてくれた。それは、何時も訓練で使っていた武器よりも遥かに軽くて、それでいてあらゆる箇所に美しい装飾が施された、漆黒の大鎌。


 それが今の愛機で、彼らの形見となった。


 その大鎌を持って出た任務で、彼は帰らぬ人達となったのだ。ボクを、除いて。


 任務中に、突如発生した大型。ナポレオン小隊の面々は、その大きな蛇の様なオニと刺し違えて散っていった。

 ボクはまた、視ているだけだった。副隊長が半身を失う瞬間も、兄上と呼び慕っていた青年がボクを庇おうとしてその身体を穿たれる瞬間も。


 おじ様が、ボクの目の前で、大型と相討ちになった瞬間も。ボクは動けなかった。

 皆を、見殺しにしたのだ。どの瞬間も全て視えていたにも関わらず、声を上げる事が出来なかった。


 一人生き残ったボクを嘲笑う様に、大型を討伐した証はボクだけに授けられた。まるでそれは、二度と消せない罪の証の様だった。


◈◈◈◈


 まるで死地を求める様に生き長らえていたボクに、一筋の光が差し込んだ。

 それは、『高難易度任務』と称される、とうの昔に滅びたニホンへと向かう遠征隊の選抜の知らせだった。エデンの建設に必要不可欠な神器という触媒を手に入れる為の、人類がオニに抗う為に重要な遠征任務。


 ボクは、そこに死地を求めて選抜試験に挑み、そして合格した。きっと、そんな不純な動機で参加したからだろう。そこでボクに待っていたのは、またも絶望の運命だった。


「――へぇ、十九? アンタそんなに若いのに、なんでこんな所に……」


 そこで同じ隊に配属された、傭兵の夫婦。子供が入れば丁度ボクくらいだと言って、傷心に沈むボクの事を叱って、可愛がってくれた人達。


「――ほら、似合うじゃないか! アタシの見立ては完璧だったみたいだねぇ」


「へぇ、トリシャの仕立てた服が似合う奴がいるとはなぁ」


「ははは、失礼だねぇアンタ! ……ルネ、良ければその服、貰ってくれないかい?」


 高難易度任務に出る前、まるで喪服を纏う様に隊服ばかりを着ていたボクに、そう言って服を手渡してきた二人。

 レースやフリルが沢山付いたゴシックテイストな服は、意外にもトリシャさんが作った物らしい。


 一目でそれを気に入ったボクは、今でもそんな服ばかり好んで着ている。


 そんなボクを見て、嬉しそうに「帰ったらもっと似合う服を作ってやる」と笑っていたトリシャさん。だが、その約束が果たされる事は無かった。


 大型の襲撃で、調査隊は壊滅状態。残されたボクと二人は命からがら撤退する事を選んだ。

 何とか逃げ仰せ、緊急脱出用の潜水艦へと乗り込もうとした瞬間、ボクの目に大型の襲撃が視えた。


 あぁ、今度こそボクはこの能力を持って生まれた義務を果たせる。そう、思ったのに。


「――じゃあな、ルネ」


 襟首を捕まれ、気付いた時には潜水艦に押し込まれていた。二人は、ボクの能力を知っていたから。ボクが動いた瞬間に何かが起こると察して、ボクを逃がす事を選んだのだ。


 叫び声も届かない。いつの間にか自動操縦に切り替えられていた潜水艦は止まらない。二人を置いて、ボクは敗走した。また、ボクは大切な人の命を掬い上げる事が出来なかったのだ。


 持ち帰る事が出来たのは、唯一討伐する事が出来た大型の呪力結晶のみ。それはまた、罪の証となってボクの功績を彩る。ボクに纏わりついた死神は、ボクだけを残して全てを奪っていく。


◈◈◈◈


 もう沢山だと何度も思った。二度も全滅を一人免れていた所為か、ボクの元に寄り付く者はほとんど居なかった。そんな中、再び好機は訪れる。

 もう一度ニホンへの派遣調査が行われる事になったのだ。三年越しのリベンジといった所だろう。


 今度は直接打診があった。一度ニホンに行っている者が居れば心強いと、世間から避けられているボクを体良く追い払う様に声をかけられたのだ。

 否、総帥はそんな人では無い。それは、ボクの考えすぎという物だろう。


 だが、死を望むボクにとってこれはまたとないチャンスだった。二つ返事で承諾し、ボクはまた愛した人が散ったニホンへ向かう事になる。もう一度、地獄を見るとも知らずに。


「――まぁ、貴女がルネ様ですのね? ふふ、御一緒出来てとても心強いですわ!」


 そこで、暗い世界に一人籠ろうとするボクの顔を上げさせたのは、編成された小隊の隊長に選出された少女。当時の姫騎士隊ディーヴァの隊長、レティシアだった。


「ラピスラズリ? 素敵な家名ですのね! ……あ、宜しければこちらを差し上げますわ。ふふ、それ、ラピスラズリですの。きっと、ルネに良く似合うと思いますわ」


 手渡されたラピスラズリのピアス。幸運の石と称されるそれを手放してしまった所為なのだろうか。将来有望な弟がいると自慢気に語っていた彼女は、生きたままエデンへ戻る事は出来なかった。


「……っ、大型種、沈黙……ですわね。この方々が居なければ被害はもっと……」


 見た事の無い大型にレイピアを突き刺しながら、レティは呟く。彼女の瞳が映しているのは、全滅に陥りそうだったボク達を助けてくれたの姿。


「……へぇ? 生き残ったんだ。ニンゲンも中々やるね」


 オニ喰いと呼ばれる存在を連れていたは不敵に笑う。警戒して彼を睨み付けたままいれば、ボクの視界は不意に未来の光景で染まった。


「――ッ! レティ……!」


 そこに居ては危ないと手を伸ばす。


「――っ! ルネ!」


 それは、彼女も同じだった。彼女の方が僅かに早く、ボクを守る。

 ボクが声をかけなければ、彼女はきっとボクの後ろのオニには気が付かなかっただろう。けれど、声をかけて助けようとしてしまったから。レティはボクを庇って致命傷を負った。


「……チッ、厄介な事になったなぁ。チェシャ、そいつら連れてどっか行ってくれる? 君なら外に出れるでしょ? 戦うには邪魔なんだよね、そいつら」


 冷たくなっていくレティを抱え、ボクは号哭する。そんなボクを追い払う様に彼は言葉を吐き捨てた。


「死にたかろうが何だろうが、吾輩は貴様を連れ帰りますからね!? 吾輩はまだ死にたくないんです!」


 このまま死んでしまおうとしていたボクと、レティの亡骸を抱えて、オニ喰いはその場から離脱する。このまま何も言わなければ、ボクは死ぬ事が出来るのでは無いかと思っていたが、オニ喰いは緊急脱出用の潜水艦の場所を知っていた様だ。


 そうしてエデンに逃げ帰ったボクには、オニ喰いという稀有な存在を連れ帰った事への評価が待っていた。皮肉にも、大型討伐と同等の功績を与えられ、ボクはたった一人、総帥直属部隊に任命された。

 いつの間に二つ名へと成り代わっていた『冥王めいおう』という渾名は、まさに今のボクにぴったりだった。


◈◈◈◈


「――おいルネ! お前また読み途中の本その辺に置いただろ!? 俺の寝る場所無くなるだろうが!」


 ベクト。


「あっ!? おいお前! 煙草なんか吸うんじゃねぇよ馬鹿!」


 ねぇ、お願い。


「……なんだよ、寝れねぇのか? ……ピアノでも、弾いてやろうか」


 君だけは。


「……綺麗な癖に、どっか危なっかしくて……なんか、ルネみたいな曲だろ?」


 ボクを置いて、逝かないで。

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