EP07 鮮やかな激闘

 鬱蒼うっそうと生い茂る木々の中、開けた場所に巨大な遺跡が見える。何の為に作られたのかは定かでは無い。だが、今となってはもうそれを聞く事は出来ないだろう。

 そんな遺跡を見据えながら、バレッタは耳元で揺れる呪具に手を触れた。瞬間、小さな起動音と共に腕へと術式が走り書かれる。まるで溶ける様に消えた文字を見て、隣を駆けていたヴィクトールは目を見張った。


「ふぅん……良いトコの使ってんじゃねぇか」


「はい! 入隊した時にシルヴィオ隊長から貰いました!」


 それは武装。光の刃ラム・ド・リュミエールと名付けられた呪具は、持ち主の呪力を使って指先から前腕までの間で呪力の刃を生み出す事を可能とする物だ。


 しかし、一般に普及する武具と言えど、その特異性からか値段が高く新兵が手にする事は難しい。故に、バレッタの持つそれがシルヴィオから贈られた物だと分かると、ヴィクトールは納得して笑うのであった。


「ベクト、バレッタ、油断するなよ。雑魚とは言え相手はオニだ」


 背後から聞こえた空気を裂く音。ギ、と言う断末魔と同時にルネの叱責が飛んだ。バレッタが目線のみで彼女を追えば、彼女はまるで舞う様に大鎌を振るっていた。


 シルヴィオの使う大鎌とは違い、銃形態への変形はしない一般的な対オニ武装。ルネがそれを振るう度に、銀髪が追従して広がる。


 話す二人に気を取られたルネが視線を逸らした瞬間、真横からの奇襲。だが、彼女はそうなると知っていた様に、一切そちらを見る事無く鎌を横に薙いで小型を切り裂いた。

 あれが、彼女の持つ力だと言うのだろうか。バレッタは感心して小さく息を吐いた。


「わーってるっての……っらぁっ!」


 荒々しく応答し、ヴィクトールはそのままの勢いでバレッタに飛びかかろうとしていた雑魚を殴り付ける。彼の攻撃は、攻撃と言うよりバレッタを守る為に弾き飛ばしたという方が正確だった。


「――っ! ご、ごめんなさい!」


 反射的に謝ったバレッタに、彼は気にすんなとでも言う様に手を振った。


 とにかく今は目の前の敵に集中しなくてはならない。気持ちを切り替えたバレッタは、手のひらから自身の前腕程の長さの刃を生成し一回転。あっという間に周囲の小型が結晶へと変わり果てた。


 前へと足を踏み出す。その途端、周りに流れる時間がまるで引き伸ばされるかの様に遅くなった。バレッタは時間も風景も、何もかもをも置き去りにして駆け出す。

 目指すは、今にも歪みが生じようとしているジェノの隣。彼が遅鈍ちどんな世界のまま振り回す蒼穹そうきゅうを避けながら、すぐ側へ。


「先輩ッ!」


「――っ! どう、も!」


 声をかけた矢先、時間の流れが加速する。ジェノは唐突に現れたバレッタに目を丸くしたが、彼女が真横に現れたオニを消し飛ばしたのを認め、即座に感謝を口にした。


 勢いに乗せて、ジェノは思いのままに蒼穹を振るう。その切っ先を追うかの様に焔が揺らめいた。まるで嵐の様なそれは、傍に居るだけでも熱さを感じさせる程の熱を持って、周囲を焼き焦がす。


『――! 隊長サン、後ろだ!』


 耳元で響くルネの声。焔を散らしながら、シルヴィオの方へとジェノは視線を送る。

 間の悪い事に、彼は上へと鎌を振り抜いた直後であった。半分後ろへ体勢を崩し掛けている様な状態のシルヴィオの顔が、焦燥に歪む。

 まだオニは現れていない。ただ、ルネは未来を見ているのだ。シルヴィオがオニの毒牙にかかるのも時間の問題。


「くっ……当ッ、たれ!」


 状況を理解したジェノは咄嗟に変形レバーと手を伸ばし、蒼穹を銃形態へと変形させた。小物とは言えオニに囲まれている今、悠長に狙いを定めている暇は無い。

 だから、ジェノは呪力弾を飛ばした。弾が纏うは風。僅かでも掠れば、多少の隙を与える事が出来るからだ。


『――ギィイイイッ』


 景色が歪み、小型がシルヴィオへと噛み付こうとその口を開けながら飛び出した。シルヴィオの身体は後ろへと傾いていく最中だ。オニの牙と、シルヴィオの肩が触れる寸前。彼は上半身を捻り、首を横に逸らす。僅かに牙が肩口の布を切り裂いた。

 刹那、シルヴィオの耳に風を切り裂く音が飛び込んでくる。強風が黒髪を揺らした。疾風しっぷうは彼の横を通り抜けて、小鬼の骨の様な腕を消し飛ばす。オニは耳障りな叫声を上げて、通り抜けた強風に体勢を崩した。


「――すいません、御迷惑を!」


 シルヴィオには、その僅かな隙があれば十分であった。足を後ろへ踏み出して、一気に体勢を整える。瞬時に鎌を下段へ構え、宙を舞う小型へ向けて一閃。断末魔を上げされる暇など与えない。断裂面から氷塊を生やしたそれは、地に落ちる前に結晶へと成り果てた。


「っ……」


 細氷と共に舞うシルヴィオの表情に焦燥の色が混ざった。彼と共に踊る氷は、何故かいつもより数が少ない。鎌を振るえど、得物が纏うは僅かな氷雪のみ。

 明らかな不調、されど原因は分からず。シルヴィオは歯痒い思いのまま、ただ只管ひたすらに大鎌を振り下ろした。せめて、皆の足を引かぬ様に。


「――? おい、平気かシルヴィオさん!」


 走る焦慮の表情に気が付いたのはヴィクトール。拳でオニを文字通り散らしながら、異変を感じているシルヴィオの元へと走り寄ってきた。

 シルヴィオは心配はかけるまいと、一瞬「大丈夫です」と口にしそうになったが、ヴィクトールが信頼出来る戦友ダグラスの子である事を思い出し、状況を説明する事に決める。


「すみません、武器の調子が少し……!」


「……武器が? っと……確か、チューニングしてんのって親父だよな?」


「えぇ。彼に限ってチューニングを間違うなど有り得ないとは思うのですが……!」


 互いに、オニとの攻防を繰り広げながらの会話。不調の原因はいざ知れず。だが、戦士としても技師としても名高いダグラスが、長年の付き合いである武器の調整を間違えるはずが無い。


『――っ、ベクト、隊長サン、何か不具合でも?』


 思案に落ちたヴィクトールの耳朶じだを叩くのはルネの声。彼女は少し離れた所に居たが、それでも異変を察知した様だ。僅かに荒い息を吐きながら、何かあったのかと問うてくる。


「あぁ、シルヴィオさんの武器が不調らしい。原因は分からねぇが……」


『成程……分かった。カバーするから見てやれ』


 思考を巡らせるは一瞬。即座に判断を下したルネは、二人の方向へ駆け出しながら指示を飛ばした。彼女の声に合わせてジェノとバレッタも動く。三人は、シルヴィオとヴィクトールを囲む様に陣形を形成した。


「おう、わりぃな。……貸してくれ」


「すみません、こんな時に……!」


 そう言いながらもシルヴィオはレーザー弾を展開し、攻撃の手を弛める事は無かった。長年積み重ねてきた経験は伊達じゃない。例え武器を失ったとて、シルヴィオは戦う事を辞める選択をしなかったのだ。


『いいさ、気にしないでおくれ』


 身を守る最大手となる武器は、戦闘において何よりも重要な存在。それがいつも通り使えないとなれば、最悪死に至る様な出来事へと発展する可能性も有る。ルネはその事を十分に理解していた。


(――? 妙だな、呪力回路に異常もねぇし、何処もイカれちゃいない。そうなるとシルヴィオさんの問題……でも、無さそうだな)


 ヴィクトールは眉間に皺を寄せ、一人考え込む。シルヴィオに不調があるのかと思い、チラリと盗み見た彼は何の問題も無くレーザー弾を展開している。武具の問題でも、彼自身の問題でも無いとしたら、一体何故不和が起こるのか。


「……チッ、わりぃ! 多分俺だけじゃ解決出来ねぇ問題だ! 銀嶺さんはサポートに回ってもらえるか!?」


 ここで考えるだけ不毛だ。そう判断したヴィクトールは、即座にシルヴィオへと武器を投げ渡す。この場で原因を探るのは、もちろん得策とは言えなかった。


「――! えぇ、承知致しました。こちらこそ申し訳ございません!」


 流れる様な動作で鎌を受け取ったシルヴィオは、そのままの勢いで銃形態へと得物を変形させる。ヴィクトールの言葉通りサポートに徹底するつもりだ。


『でも、割と片付いてきたんじゃないすか?』


 通信機越しのジェノが言う通りであった。周りを見れば、うごめくオニは依然としてこちらに牙を剥いて来るが、歪みの数自体は減少してきている。


「だな! このまま乗り切ん――……」


「――ッ! ベクト! 危ない!」


 ジェノの言葉を受け、気合いを入れ直すヴィクトールを襲ったのは鈍い衝撃。同時に目の前で銀色が翻って、掠れた低音が耳に飛び込んでくる。


「っ、ルネ!?」


 衝撃の正体はルネだ。彼女は全身でヴィクトールへと体当たりをし、彼と共に地面へ転がり込む。

 受け身すら取れなかったヴィクトールが目を白黒させながら素っ頓狂な声を上げれば、頭上を何かが掠めていくのを感じた。


「くっ……、最悪だな……。ネームド、それもテングの乱入だ」


 ルネは驚愕するヴィクトールへと一瞥もくれないまま、最大限の警戒態勢を見せる。その言葉を聞いてヴィクトールも早急に体勢を立て直した。


「――来るぞ、迎撃準備!」


 冥王が声を張り上げると共に、二匹の小柄なオニが宙へと姿を現した。その体躯たいくよりも遥かに大きい、歪な鵬翼ほうよく。機械の仮面から見える口元が、裂けんばかりに吊り上げられた。


『――ケタ、ケタケタケタ、ケタケタケタケタ!』


 不快な金属音が辺り一帯へと響き渡る。それが、後半戦の開始を告げる合図となった。

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