EP06 呪われた力

「……さて、単刀直入に聞くけど、君達……いや、違うねぇ。少年クンは一体どの噂の真偽を確かめに来たんだい?」


 軍用車両に乗り込み、開口一番。懐から煙草を取り出したルネは一切遠慮する事無く、合同訓練を志願してきた本来の理由を問うた。

 銀の瞳は細められ、口元には微笑みが添えられているが、優しい印象は全く与えられていない。


「なっ……!?」


「――ッ!」


 いきなり核心を突いたルネの言葉に、その場にいた誰もが瞠目する。彼女から煙草を取り上げていたヴィクトールの瞳が驚愕に揺れた。

 剣呑に細められたルネの瞳に射られたジェノは、肩を跳ねさせて険しい表情を更に険しくする。


「お、前……っ!」


「黙れベクト。お前が口を挟んでいい話では無いよ。それに……ボクはなんだ、彼の心配も最もだろう?」


 思わず噛み付かんとばかりに吼えるヴィクトールを、ルネは鋭く睨み付けて制する。立ち上がりかけた彼は、渋々と言った様な顔で引き下がり、ジェノの言葉を待った。


「……あれ、ですよ。その……関わった者を皆、死に至らしめる……とか」


 腹を探る様な、彼女の意味深長な微笑みに耐え切れず、ジェノは静かに喉を震わせる。身を固くした彼からは、明らかな緊張が感じられた。

 車両内に緊迫した雰囲気が漂う。圧倒的な威圧感を放つルネと、覚悟を持ったジェノの視線が交差した。


「あぁ、それか。……それは逆だよ。ボクはね……死ねなかったんだ。最初からずっと……」


 瞬間、不意に冥王は瞼を下ろし、ふっと口元に笑みを浮かべる。再び瞼が開かれた時、瞳に滲んでいたのは自嘲と悲愴。


「死ねな、かった……?」


 彼女と対称的に、バレッタは瞠若して言葉を失う。姉の様に慕う彼女が口にした、「死ねなかった」という言葉に含まれた意味を探して震えた息を吐いた。


「うん……全部、この力のせいだよ。……この、未来視の、ね」


 そんなバレッタの様子に気が付く事無く、ルネはジェノへと視線を送ったまま答えた。口元は僅かに吊り上がっている様にも見えるが、彼女が纏う雰囲気は剣呑な負のオーラ。


「……! 何すかそれ、未来が見える……って、そういう、事? そんな嘘みたいな話、有り得る訳無いでしょ……!」


「本当さ。信じられないのなら実演して見せようか?」


 ルネから飛び出した単語に疑い、信じられないと言った様にジェノは思わず零す。ルネはその様子を眺めながら、自身には未来を視る力があると断言した。


「……隊長サン、彼にペンと手帳を貸してもらっても?」


「えっ? あ、あぁ……どうぞ、ジェノ君」


 それから、ルネは片目を瞑りながらシルヴィオへと声をかけた。彼は目を丸くし、何故その事をと言いたげな顔をしていたが、すぐに我に返って言われた通りにジェノへペンと手帳を手渡す。


「……なるほど、ここになんか書けばいいんすね」


 手渡された物に、ルネがやろうとしている事を察したジェノは、絶対に分からないだろう言葉を書き殴る。

 そこに書いたのは「ダグさんの鬼」という文句。「ラウンジの問題児」等と呼ばれた腹いせだ。


「……っ!? あっははは! ? ぅ、ゲホッゲホ、面白いなぁ、君……怒られるよ?」


 少しの間。それから、ルネはハッとしたように目を見開くと、心底おかしいといった様子で笑い始める。彼女が口にしたのは、一言一句違わぬ文句。それを聞いたヴィクトールが隣で吹き出した。


「っ! あ、合ってます……」


 ジェノは顔色を青くして、正解だと頷いた。それが、内容を当てられた為か、はたまた内容が内容だった為かは定かでは無い。


「く、はは……あぁおかしい。……これで信じてくれたかい? これが未来視――ボクの、特異呪力だよ」


「――! 特異呪力……!?」


 笑声が滲むその言葉を聞いた瞬間、今まで緊張した面持ちでやり取りを見守っていたシルヴィオが声を上げた。


 特異呪力――それは、潜在能力が開花したり、何かをきっかけに取得したり出来ると言われている通常の埒外の呪力の事だ。生まれながらにして持つ者も居れば、戦いのさなかに目覚める事もあると言う。


「あぁ、特異呪力だ。君達もよく知ってるだろう? ついこの間聞いたばかりの緊急速報……あれも、特異呪力によって感知されているんだ」


 驚くシルヴィオに、ルネは薄く微笑んで例を示す。


「え、じゃあ……預言者って人は本当に居るって事すか?」


 その言葉に、預言者の存在に半信半疑だったジェノは目を丸くする。そもそも、特異呪力という概念でさえ彼にとっては眉唾物だったのだ。


「居るさ。いくつだったかな? 確か……十八、十九?」


「二十だよ、俺の二個下だ」


 どうやら、二人はかの預言者と知り合いの様だ。ルネが「そうだっけ?」と笑う横で、ジェノは息を飲む。伝説上の存在だと思っていた預言者が存在して、それが二十歳の若さだという事に心底驚いたからだ。


「特異呪力というのは言う程珍しい物ではないんだ。何せアコール隊やナイト三隊長も特異呪力を持っているし、なんならベクトだって持っているからね」


 ジェノが驚くのを他所に、ルネは更に話を続ける。ヴィクトールは急に話を振られ、僅かに瞠目した後、少しだけ気まずそうにルネから視線を外した。


「え、そ、そうなんですか!?」


「まぁな……。俺のはルネやアルフ……預言者みてぇなすげぇモンじゃねぇけどな。ただの呪力遮断……呪力の干渉を全部弾くってだけだ」


 目を丸くするバレッタの視線を一身に受けたヴィクトールは、肩を竦めて自身の力は大した事ないと言い放つ。だが、彼が口にした内容は有用性が高く、ジェノは半眼になって首を振った。


「いや、十分凄いっすよ……それってオニの攻撃も弾くって事でしょ?」


 オニの攻撃は、そのほとんどが呪力によるもの。呪力の干渉を受けないと言う事は、それすらも弾いてしまうという事だ。


「はは、まぁな。ただそうなると俺の攻撃もオニには通りにくいんだ。生まれつき呪力道がイカれててさ、攻撃に呪力が乗せられないんだよ」


 ヴィクトールは自身の能力の欠点を言いながら、ナックルダスターが嵌められた両手を見つめ、開閉させた。どうやら彼は、呪力を込める事が前提で作られている武器を持つ事が出来ないらしい。


「はは、つまりベクトはボクの盾って事さ! ……ゲホッゲホ……」


「――! お前なぁ……」


 確かに一人で戦う事は難しいだろうが、ルネはヴィクトールの能力を買っているらしい。自慢げに盾だと言い放ち、楽しそうに笑い声を上げ、噎せた。

 そんな様子を見たヴィクトールは、呆れた表情になって首を振る。だが、その声は何処か安堵している様だった。


「はは……う、んん……。それに……」


「――――?」


 不意に、ルネの言葉は意味有りげに途切れる。掠れた声で咳払いをする彼女の視線が、シルヴィオに向けられて止まった。

 冥王にまじまじと見つめられ、何事かとシルヴィオは首を傾ける。だが、彼女はふっと笑みを口元に浮かべるだけだった。


「いや、何でもないさ」


「――! もしかして、その……未来視があったから、今まで死ぬのを回避してた、って事……ですか?」


 ルネと入れ替わる様に口を開いたのはジェノだ。彼は静かに今までの話を整理して、やがて一つの答えに行き着いたらしい。ルネは瞬間、笑い声を漏らした。


「ははは! あぁそうさ。ボクは死ねなかったんだ。……気付いた時には、んだよ。きっと、この力は本能的に発動しているんだろうね……ぅ、ゲホッゲホ……」


 零された笑声しょうせいは肯定の意。少し上擦った彼女の声に自嘲が滲む。己を軽蔑する様な毒を含んだ一言。それを戒めるかの様に空咳がルネを襲った。


「え、あの、じゃあ……ルネさんが大型を呼び寄せるとか、冥王が居る所にオニが集まるとかって……あ」


 戸惑ったジェノは、混乱のあまりに口を滑らせた。確実に嘘だと笑い飛ばされる様な噂を口にして、しまったと言わんばかりに口元を抑えるも、もう遅い。


「えぇ? はは、何だい、それ? ボクの噂はいつの間にそんな恐ろしい事に? ……あぁ、あれか! 貴族の老害共が喧しいから黙らせる為に吐いたくだらない嘘だよ、それ! ははは! ……ぅ、ゲホッ」


「お前は知らんうちにそんな事を……ったく、お前がそんなんだからそう言う噂ばっかり立つんだよ。コイツがこんな勲章を持ってんのは、コイツが好き好んで大型討伐任務にばかり出てるからだぜ。あんま気にすんなよ」


 ルネは滑稽こっけいだと言いたげに腹を抱え、ヴィクトールは呆れた様にため息を零す。それから彼は、暗に噂に振り回されるなと言う様にジェノに声をかけた。


「は、はぁ……? 何なんすかそれ、冗談キツイっすよ……」


 淡々と明かされた衝撃の事実。ジェノはいつもの様に小生意気な態度を取ろうとするも上手く行かず、ただただ引き攣った表情を晒した。


「冗談じゃないよ? ボクは何時だって本気だ。……何時だって、ボクは本気で死にたいと思っている。それなのに……何時も、生き残ってしまうんだ」


「――っ!」


 真剣な声音で返されたルネの言葉に、バレッタは小さく息を呑んだ。そのまま気怠そうに目を閉じたルネは、それ以上何も言わない。


 バレッタは目の前が暗くなる様に感じた。やっと会えたはずの彼女は、死を渇望していたのだ。厭世えんせいに囚われ、身の危険も顧みず、まるで生命を博打に賭けるかの様に消費している。

 その姿に何も言えなくなって、震えた呼吸を繰り返す。誰もが目を逸らして、口を開こうとしない。車両内は何時までもしんと静まり返っていた。


◈◈◈◈


 不意に、身体を刺激し続けていた振動が止んだ。どうやら車が止まった様だ。いくらオニの攻撃に耐えうる鋼材を使用しているとは言え、この軍用車両でオニの近くに寄るのは得策では無い。


「……今回はただの小型の清掃だ。心配する事は何も無いさ」


 道中、車両から降りて尚暗い顔で俯いたままのバレッタへ、ルネは薄く笑って激励を飛ばす。バレッタは小さく頷く他無かった。

 バレッタが案じているのは自身の身ではなく、ルネの事。その事にルネが気が付いてるのかは定かでは無い。


「――あの、本日のオペレーターは一体?」


 耳元を押さえながらシルヴィオは問うた。普段なら車両を降りたタイミングでアヤメが明るく声を掛けてくるのだが、今は黎明隊としての活動では無い為それも無い。

 ならば、普段ルネやヴィクトールと共に作戦に出ているオペレーターが居るのかと思ったのだが、いつまで経っても連絡が入らず、シルヴィオは困惑していたのだ。


「え? ……あぁそうか。今日は君達も居るから、誰かオペレーターに入って貰った方が良かったのか……すまないね、すっかり失念してた」


 その問いかけに、ルネはしくじったと言う様に片手で顔を覆った。彼女の言葉から察するに、どうやら常任のオペレーターは居ないらしい。


「……いつもは一人だし、たまにベクトと出る時も、ボクが先を見れるからオペレーターにはついて貰ってないんだよ」


 当惑するシルヴィオの視線を浴びたルネは、まるで言い訳をする様に目を逸らしつつも言葉を続ける。その隣で確かに、と言う表情を浮かべているヴィクトールも同罪の様だ。


「ごめんベクト、誰かに連絡入れといて貰える?」


「いいけどよ……、今からだと結構時間かかると思うぞ」


 ルネとヴィクトールは淡々とやり取りを交わす。まるで、一人二人でオニの相手をする事が当然かの様に。

 そのあまりの格の違いを見せ付けられ、黎明隊一同は言葉を失う他無かった。


「……そんな顔しなくとも平気さ、それまではボクが凌ぐよ。あぁ、気をつけて――そろそろ奴らが来る」


 冥王の声音が真剣味を帯びた。彼女が予言した数秒後、風景がぐにゃりと歪んで大人の背丈の半分程のオニが数多も現れ始める。


「――さぁ、オニ狩りの始まりだ」


 その言葉を皮切りに、戦士達は皆大地を蹴った。

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