EP02 白熱する議論
ハルステンは優美な動きで、堂々と歩いてくる。自身に用意された席へと真っ直ぐ向かう途中、不意に意味ありげにシルヴィオへと笑みを向けた。
「――――!」
まるで我が子を見るかの様なハルステンの笑みに、シルヴィオは一瞬で目を奪われる。
「さぁ、もう楽にしていいよ、子供達。……ではアカツキ、話を進めてくれるかな」
一挙一動、無駄の無い洗練された動き。彼の為だけに用意された玉座へと辿り着き、答礼をしたハルステン。彼は口元に穏やかな笑みを湛えたまま、後に続いて傍に立ったアカツキへと命じる。
「命令の更新を確認しました。只今より、本会議及び勲章授与式の進行役はアカツキが務めさせて頂きます。初めに総帥直属部隊……もといナイト隊長各位、名乗る事を提案します」
その命令に、アカツキは表情一つ動かさずに答えた。それから彼女は、静かに埋まっていない総帥直属部隊隊長の席に目をやってから、ナイトの面々に名乗るよう促す。
「ならば……私から、だな。特殊騎士部隊所属、
初めに立ち上がったのは、先程名前を聞いたばかりのロイスだった。彼はシルヴィオやアカツキに引けを取らないほどのお辞儀を見せると、よく通る凛とした声で名を名乗る。
「……にゃいと所属、
次に立ち上がったのは、その隣に座っていた金髪の少女だった。その態度は入室した時と打って変わって不機嫌で、声色にも刺々しさが現れている。
「こらミリ、ちゃんとせんか。全く……おいはマツバ・シャトールじゃ! かかか、そげん緊張せんでよかでな、黎明ん!」
最後に、ミリアを咎めた後、人好きのする笑顔を浮かべて老年――マツバが笑い声と共に続ける。彼のホーゲンはアヤメが使う物より独特な物であったが、大体何が言いたいかは理解出来た。
「居ない隊長の紹介は省略します。ではまず始めに黎明隊への勲章の授与を行いますので、シルヴィオ・カトルーフォ隊長は前へ」
「はっ」
アカツキの機械的な声がシルヴィオの名を呼ぶ。未だ緊張が身体を支配していたが、名を呼ばれた途端まるで糸を引かれるようにシルヴィオは立ち上がった。
音も立てずに王の前へ。片膝を着き、恭しく
美しく輝く白銀の切っ先が、シルヴィオの左右の肩に触れた。澱みなく行われる儀式。全ての視線が集まる中、王は静かに口を開く。
「――汝ら、黎明隊の功績を称え、ここに勲章を授ける」
まるで凪いだ水面に落とされた雫が如く、ハルステンの声が響いた。気品と慈悲を兼ね備えた、真珠の様な柔らかな声。
「よく、頑張ってくれたね。君達のお陰で皆の平和が守られた――ありがとう」
「有難く、頂戴致します」
柔らかく落とされる声に、シルヴィオは
それを合図に顔を上げれば、ハルステンは柔和な笑みを浮かべたままシルヴィオを見つめていた。目が合った事に気が付いた王は小さく頷く。
それが「直れ」と言う意味を孕んでいる事を察したシルヴィオは、立ち上がり、帽子を片手に取りながら惚れ惚れする程美しい一礼。
その仕草はまさに従う者だ。例え従うべき相手が変わろうとも、長年身体に染み付いた礼儀は色褪せない。
「…………」
王と従者の間に交わされた、粛々としたやり取りに、その場の隊士は皆しばらく見惚れていた。それ程に、ハルステンとシルヴィオの所作は美しかったのである。
「ではアカツキ、次の話に進んで貰っても良いかな」
「かしこまりました」
ハルステンは少しだけ困った様な声色で、次の話――つまり、軍法会議へ移るように指示する。
「それでは現在より軍法会議に移ります。議題は軍律違反を犯した黎明隊、シルヴィオ・カトルーフォ隊長、及び学生隊員二名への処罰についてです。尚、本会議においてオペレーター、アヤメ・シーシェドは副隊長代理とします」
その指示を受け、アカツキは淡々と続けた。ジェノとバレッタの名は出さぬ様配慮されているらしく、二人の名が呼ばれる事は無かった。
「この話は、私の一存だけで決める訳にはいかないからね。今日は人数が少ないが代表として、私の直属部隊の子供達の意見を私の意見とさせて貰おう」
ハルステンは玉座の上で、少し心苦しそうに言い放った。恐らく、彼
それが故に、右腕とも言うべき直属部隊の隊長達へと全ての判断を委ねたのだ。
「……ミリはいつも言ってる通り、隊の解散と隊長の左遷が妥当だと思うけど。無名の隊が、それもたった三人で大型を倒すのは凄いと思う。でも、ルールを守れない人を軍に置いておく訳にはいかにゃい……分かるでしょ?」
しばらくして、最初に口を開いたのはミリアだった。提案された「いつも通り」は、軍律違反を犯した罰則としては妥当な物。
彼女が提案した事柄に、残りの隊長は賛成の声も反対の声も上げなかった。会議室はしんと静まり返る。
「――ねぇ、ロイスもにゃんか言ったら? にゃんで今日はダンマリにゃワケ?」
やがて、その状態に痺れを切らしたらしいミリアが苛立った様な声を上げる。彼女の口振りからして、いつもはこうでは無いらしい。隣を睨むミリアの顔には、不機嫌がありありと現れていた。
「……先に告げておくべきだったな。今回の……シルヴィオ隊長の件に関しては、私に口を出す権利は無い。故に、この会議では中立という立場を取らせて貰う」
声をかけられて、ロイスは静かに閉じていた目を開けた。そうして彼が口にしたのは「中立」という言葉。余程珍しい事なのだろうか、会議室に集められた隊長達が驚きにどよめいた。
「っ、はぁっ!? 何それ……っ! どういうつもり!?」
その言葉を聞き届けたミリアは思わず立ち上がり、声を荒らげる。彼女にとってもロイスの言葉は意外だった様だ。
「もう一度言うが、私にシルヴィオ隊長を糾弾する資格は無い。だが、だからと言って、総帥に決定を委ねられた者として会議に私情を持ち込む訳にもいかない。だから私は中立の立場を取るという話だ」
ロイスは立ち上がったミリアを真っ直ぐ見ながら、凛とした声で続ける。その筋の通った言葉から汲み取れるのは、何故か彼はシルヴィオを庇うつもりがあるという事。
「はぁ? 余計意味わかんないし。その時点で私情持ち込みまくりじゃん!」
「だから中立だと言ってるだろう! 私は敵にも味方にもなるつもりは無いと言ってるんだ! 貴様の方こそいつもより強情だぞ、何か私情を持ち込んでるんじゃないのか?」
「違うっ! ミリアは私情なんか……っ!」
「こら! 二人とも、ちょっと落ち着け! ……他ん隊長や総帥ん前で喧嘩すっな、ここはナイトの隊舎じゃなかよ」
ヒートアップする二人の言い合いを咎めたのは、今まで静観を決め込んでいたマツバだった。言い方から察するに、恐らく二人が言い争うのは日常的な事。
「っ、喧嘩じゃないっ!」
納得がいかず問い詰めていた事を喧嘩と一蹴され、ミリアは噛み付く方向を変える。
「そうだな、ミリアの一方的な言い掛かりだ」
咎められたロイスは、眉間の皺を伸ばしながら刺々しい声を落とした。
「はぁっ!?」
「言いすぎじゃロイス。怒る気持ちも分かる、ばってん少し頭冷やせ。……ミリア、そんわろにも事情があっど。分かってやれ」
再び言い争いが始まりそうな雰囲気に、マツバはため息をつきながら立ち上がり、物理的に二人の間に割って入った。
「事情って何の……!」
マツバの太い腕の向こうで、ミリアは未だ納得がいかないと食い下がる。彼女は頭に血が上るあまり、すっかり軍法会議の事を忘れてしまっている様だった。
「お前さんとてダグラス隊長ん一件を知らん訳じゃなかじゃろ? ロイスはあん時、そん現場におったんじゃ。あん頃の、
「――っ!」
その言葉に目を見張ったのは、ミリアだけでは無かった。シルヴィオは思わず声を上げそうになったのを、どうにかして抑え込む。
シルヴィオが討ち取った相手――キュウビは、ダグラスに二度と癒えぬ傷を刻み込んだ相手でもある。彼は、あの現場に居たと言うのだ。
「…………なに、それ。……勝手にすれば。こっちはこっちで、勝手に決めちゃうから」
当時の状況を思い出そうとするシルヴィオの思考を、ミリアの声が遮る。どうやら、ようやく彼女の中で納得がいった様だった。
「うん、そいがよか。ほれ、ミリはもうそっち座れ。かかか、また喧嘩されてん困っでな!」
マツバは、素直に分かったと言わないミリアの肩を優しく叩きながら、先程まで自分が座っていた席へ座れと促す。ミリアは「もうしないし」と反論しながらもようやく着席した。
「……で、どうせおじちゃんは擁護派なんでしょ。どうすんの? 決着つかないじゃん」
着席したミリアは、不機嫌な声色で話を進めようとする。だが、残るマツバの答えは決まっているらしく、彼女は話が膠着状態になると愚痴を零した。
「じゃっと。いつも言ちょっが、おいはそげに規則で縛っ必要なんかねぇち思うんだ。ミリも理由も聞かんとそげん事言わんで、多少は目をつぶってやれ」
マツバはまるで子供諭す様に、真っ直ぐミリアを見ながら自身の意見を口にする。
「っ! ミリだって別に意地悪で言ってる訳じゃ無い! 危ないって言われてるのに飛び出して、それで死んじゃったら元も子も――……」
だが、そのマツバの一言が気に触ったのか、ミリアは再び立ち上がる。だが、その強い思いを孕んだ怒りの言葉は最後まで続く事は無かった。
突如、扉が開く音に、彼女の言葉は遮られたからだ。直属部隊の隊長やシルヴィオ達だけでなく、総帥までもが驚いて扉の方へ目をやる。
「――やぁすまない、遅れた遅れた。……ぅ、ゲホッゴホッ……気が付いたら会議が始まってる時間でね、ちょっと早歩きを……ゲホッ……」
悠々と入場してきたのは一人の女性。挨拶をしようとして、何故か苦しそうに咳き込んでいる。彼女が咳き込む度に長い銀髪が揺れていた。
「――! ……最悪。にゃんで今日に限って……」
その現れた女性にいい思い出が無いのか、現れた人物の正体に気が付いたミリアは、不機嫌がありありと現れている声で小さく呟いた。
「あれ、何だか見慣れない顔が多いな……。いや、当たり前か。――初めまして諸君。ボクが『
支給された制服では無く、まるで令嬢の様な隊服を纏う彼女は、長い前髪に隠された目を細め、口元に怪しい三日月を浮かべていた。
その姿はまさに
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