EP03 冥王様の口車
「……驚いた。久しぶりだね、ルネ。元気だったかい?」
静寂を一番に破ったのはハルステン。彼の声色はまるで生き別れた親族へ再開したかの様に、優しく穏やかな物であった。
「はは、本当何時ぶりでしょうね……ぅ、ゲホッ……。見ての通りの有様ですが、死なない程度には元気ですよ」
ルネは歩きながらそれに
「それと……やぁ、この間ぶりだね」
「――っ!? 貴女は……この間の……!」
突然真横で止まり話しかけて来たルネの姿を見て、シルヴィオは目を見張り、思わず呟きを零した。現れた彼女は、先日霊園で会ったばかりの女性だったのだ。
「君と別れた後に、この会議の参加命令が下って驚いたよ。まさか、君がこんな面白い問題を起こす人だったなんてね」
「あ、貴女こそ……まさか総帥直属部隊……それもあの『
楽しそうに笑い声を零すルネに、シルヴィオは驚きの感情を返す事しか出来ない。確かに、不思議と威厳を感じさせる女性だとは思っていたが、まさか総帥直属部隊の者だとは思いもよらなかったのだ。
「はは……、今日本当は来るつもり無かったんだけどね。でも……君と話したい事が出来たんだ。この会議の後に少し時間を貰っても?」
ルネはそう言って首を傾げる。彼女の動きに合わせて、銀の髪がサラリと零れた。その拍子に、長い前髪に隠されたしかとこちらを射抜く銀の瞳が覗く。
「え? あ、はい……! 勿論ですが……!」
「ありがとう、助かるよ。――じゃ」
突然の申し出に驚きながらもそれを受け入れたシルヴィオを見て、ルネは安堵した様に口元を綻ばせる。そうして彼女は軽く手を挙げて振ると、自席が用意された前へと歩き出した。
「……久しぶり、ルネちゃん。まだくたばってにゃかったんだね」
そんな彼女に、冷ややかな視線を浴びせ続ける者が一人。それはミリアだ。久しぶりの再開と言えど忌避する気持ちの方が勝つようで、彼女はルネの姿を目に入れるのも
「ははは、君こそ息災で何よりだ、性悪娘」
相対するルネも負けていない。ミリアの皮肉を正面切って打ち返した。流石のミリアもこれにはカチンと来たようで、薄く笑うルネを睨み付ける。
まさに一触即発。会議室に緊迫した空気が漂った。
「こら、睨み合うちょらんではよ席に着け、冥王ん嬢ちゃん。ミリアもあんまり煽っんじゃなか」
そんな二人に水を差したのはマツバ。まるで子供同士の喧嘩を仲裁するが如く、眉を
「はは! ぅ、ゴホッゴホ……いやぁ悪いね。久しぶりにミリアの顔を見たら
ルネは仄かに嬉しそうな声を上げて笑った。そのまま言われた通りに、用意された席へと回り込みながら説明を求める。
「軍法会議のさいちゅーですぅ! いつも通り罰則を与えるか、事情を鑑みて不問にするか、ミリちゃんとおじちゃんで対立中にゃの。ロイスは中立」
「ヘぇ……成程」
余計な一言の後に落とされた質問に、ミリアは刺々しい声色のままで答える。ルネが座ったのはロイスの隣。その為、そう告げるミリアの声量は半ば叫びに近かった。
「……ルネちゃんもどうせ、不問にしようって言い出すんでしょ。もう、分かってるし……」
そして、それから少し声量を落として苦しそうに呟く。ルネが現れた際にミリアが苦々しい表情になったのは、ルネが気紛れで現れた会議では一度も彼女に言い勝てた事が無かったからだ。それ程までにルネは口が達者なのである。
「ん、まぁね。彼らが倒したのって確か、都市を何個か壊滅させたあの災禍の大狐だろう? 危険度で言えば、不問にしても何の問題も無いと思うし……そこのアカツキサンだって、誰かが出撃するのは見てないらしいじゃないか」
「そうですね。その該当時刻、アカツキはダグラス元隊長と口喧嘩をしていたので、誰かが勝手に出撃した事など微塵も知りませんでした」
意外にもルネはしっかりと報告書を読んでいたのか、そこに記された内容をつらつらと挙げ、アカツキさえも自身の口車に乗せる。
「それに、彼らが大型の相手をしていてくれたからこそ、ボク達は百鬼夜行制圧に専念する事が出来たんじゃないのかい? まぁボクに連絡来たの最後だったけど……。それはいいか。という訳で、ボクは不問にしてもなんの問題も無いと思うよ」
全くもってその通り。ルネの冷水の様な声が、ミリアのヒートアップした思考を冷ましていく。
「それじゃあミリア達が居る意味は――……」
「でも、それじゃあ他の人に示しがつかないらしいからね。まぁ……大体一ヶ月くらい彼らを謹慎処分にしておけばいいんじゃないかな。それならミリアも納得だろう?」
「……は?」
しかし、次に自身の言葉に被さる様にしてミリアの耳へと飛び込んできたのは、自分だけが求めていたはずの罰への言及。
驚いて思わず顔を上げたが、遠く離れたルネの表情は見えない。自分の耳を疑って間の抜けた声が零れた。
「は、じゃなくてさ……。ボクが今日この場に来たのは、あそこの隊長サンと話がしたかったからなんだ。だからボクは、こんな無益な会議をダラダラと続けてはいたくないんだよ。――さて、異論がなければ、これで結論にしてもいいかな?」
ルネは盛大にため息を着きながら首を振った。どうやら、彼女は最初からこの会議を速やかに終わらせる為に現れたらしい。
「おいはよかよ」
「私は中立だ。口を出す権利は無い。……が、少々私情を挟み過ぎだぞ、ルネ殿」
少し強引に感じられるルネの問いに、マツバもロイスも二つ返事をする。これで返事をしていないのは、未だに状況が飲み込めず、驚愕を顔に貼り付けたままのミリアだけだった。
「ははは、意見には挟んでないからいいじゃないか。――で、ミリアは?」
「え、あ……い、いいけど」
そのミリアも、強引なルネに急かされて、たどたどしく頷いた。こんな風に、ルネがミリアの考えを汲んだ事など今まで無かった為、ミリアは急かす彼女が本物なのかと思わず疑いそうになる。
「だってさ、アカツキサン。……あぁ良かった、もしこれ以上の罰が下ったら、ボクの目的も果たせなくなる所だったよ」
「――! 貴様……っ!」
「はぁっ!? にゃにそれ!?」
ルネは総帥直属部隊を代表する様に結論を告げ、ついでと言う様に自身の思い通りだと言うふうに言い放つ。その言葉に、生真面目なロイスとルネを見直していたミリアは思わず声を上げた。
「ここまでの提案を纏めます。黎明隊の起こした問題行動は、数々の事情ともたらされた恩恵を鑑みて不問。その代わり今後この様な事を起こさない為にも、黎明隊には一ヶ月間の活動謹慎を要求する。――以上です、総帥」
「……ありがとう、子供達、アカツキ君。それではシルヴィオ君……すまないが一ヶ月の間、活動を自粛して貰えるかな」
ただひたすらに話し合いを見守っていたハルステンは、アカツキに声をかけられた事でようやく口を開く。少し困った様な柔和な微笑み。やはり、彼としては罰を与えるのは心苦しいのだろう。
「はい、承知致しました」
「あぁ……すまないね。それでは……今日の会議はお終いだ。申し訳無いが、私は先に失礼させて頂くね。子供達、怪我には気を付けて」
シルヴィオが間髪入れず頷いたのを見ると、ハルステンは静かに手を打って、会議の終わりを告げる。そうして緩やかに立ち上がると、アカツキを伴って会議室を後にした。
最後まで隊士の身を案じる姿はまさに聖人。その場に居た隊士達は皆、彼が去るまで敬礼を捧げ続けた。
「ぅ……ゲホッゲホッ……ぁあもう……柄にも無く喋り過ぎたな……んん、喉が……」
数秒程の間の後、静寂を破ったのはルネの参った様な呟きであった。彼女は何度か空咳を繰り返して、辛そうに呻いている。
「…………はぁ、ホントワケ分かんにゃい」
続いてミリア。呆れた様に首を振ってから、誰かに催促される訳でも無く出口に向かって歩き出す。だが、ふとシルヴィオの傍で立ち止まると、「ねぇ」と微かな声をかけた。
「……今日は、ちょっとカッとにゃって言い過ぎたと思ってる……ごめん、なさい。でも……、忘れにゃいで。命は一つしかにゃいの。――危険を顧みずに飛び出すとか危険な事、もうやらないで」
「――っ!」
俯いたままの彼女の表情はよく見えない。だが、その声は悲痛な響きを纏っていた。シルヴィオの隣で、アヤメが息を飲む音が聞こえる。
「ミリア……」
「……っ、もう帰る! 行こ、マツバおじちゃん」
ミリアはアヤメの呼び掛けに応じる事無く、半ば走り去る様にその場を後にする。何処か、まるで逃げる様に居なくなってしまった彼女を見たシルヴィオは、一体彼女とアヤメは何を背負っているのだろうかと密かに考えた。
「悪かね、アヤメ、黎明ん。まさかアヤメが来っなんて、おいもあいつも思うて無かったんじゃ」
彼女の後を追って来たマツバは、彼女を擁護する様に言葉を付け加えた。困った様に頭を搔く彼の顔付きは、まるでミリアの親の様である。
「……ううん、何も言わんと来てもうたウチも悪いわ。あ……ホンマごめんな、ヴィオはん。今日あん子がささくれ立っとったん、多分ウチの所為やわ」
気を遣う様なマツバの言葉に、アヤメは悲しそうな笑みを浮かべながら答えた。そうして、置いてけぼりになっているシルヴィオに対して一言謝罪を付け加える。
「……! いえ、大丈夫ですよ。自身の事情で他人を巻き込んでしまう事に、私はとやかく言えませんので」
いつもの明るさを失っているアヤメに対して、わざとおどけて微笑めば、彼女は少し面食らった様に瞬きを繰り返してから、やがて可笑しそうに吹き出す。
「……はは、せやな。ありがとうさん。……マッさんもごめんな。もうちょい、ミリアの事よろしゅう頼んます」
「おう、任せい。――ほいじゃな」
マツバは、先程に比べ少しだけ明るくなったアヤメの声に大きく頷くと、人好きのする笑顔を浮かべて去って行く。しかし、やはりそれを見送るアヤメの顔は何処か浮かない物であった。
「――立て続けにすまない。少し、お時間宜しいだろうか」
しかし、アヤメに話を聞く前に青年の声がそれを阻む。
「――! ロイスさん……」
それはロイスの声だった。彼は、シルヴィオと同じくあの日の記憶を持っている。こちらを射抜く
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