第二幕 冥府の鳥籠
EP01 軍法会議へ
午後二時を少し回った頃、カツカツと二人分の足音が無機質な廊下に響いていた。ここは総帥の執務室と幾つかの会議室が存在する、オーミーン本部の最上階。
「……はぁ、気が重いですね」
あまりに周りが静まり返っている所為か、シルヴィオは思わず声を潜めながらぽつりと呟いた。その呟きは重厚な絨毯に吸われ、あっという間に消えていく。
「 まぁしゃーないわなぁ。ウチもヴィオはんらも、軍律違反のオンパレードやったし……」
その隣を歩いていたアヤメは、仕方の無い結果だと言わんばかりに数日前の出来事を思い出す。室長のアカツキが目を瞑ってくれたとは言え、やはり軍法会議を免れる事は出来なかった様だ。
これから、二人が目指している場所でその会議が行われる。それもただの軍法会議では無く、総帥と、総帥直々に勲章を与えられた隊の隊長のみが参加する非常に重要な会議だ。
今回そんな会議で行われるのは黎明隊への処罰を取り決める軍法会議だけでなく、大型種を討伐した黎明隊への勲章の授与。
勲章というのは、大型のオニを討伐した際に、総帥から直々に授与される証だ。実力を認められた証なのだが、それを罰則と共に授与されるとなると、複雑な心持にならざるを得ない。
シルヴィオ――つまり、黎明隊の隊長である彼はその場に直々に呼び出されている。アヤメは、副長の居ない黎明隊の副長代わりだ。
故に、シルヴィオの服装はいつもの様な
「……まぁ、起こってもうた事はもう戻らへんし、ええ方に転がる事を祈るしか無いんとちゃう?」
心配をするがあまり具合が悪そうなシルヴィオを見て、アヤメは首を傾げながら呟いた。目を瞑ってくれたアカツキは総帥代理の代理。つまり、あの時彼女に見逃す様指示したのは総帥代理である可能性は高い。
故に、そこまで心配する必要は無いだろうとアヤメは前向きに考えているのである。
「そうだといいのですが……、今回の会議には恐らく総帥直属部隊も参加するでしょう。情け深いアコール隊隊長が不在の今、一体どう転ぶか……」
総帥直属部隊というのは、勲章を三つ以上所持している実績のある部隊の事だ。彼らは、大型が出現した時に唯一無許可で交戦する事を許されている。先日の百鬼夜行の際にも、いの一番に駆け付け、制圧に貢献したと聞いていた。
現在そこに含まれているのは、総帥の実孫である『皇帝』フェルディナンド率いるアコール隊。
幾つもの小隊を纏め上げ、一つの大編隊となっている特殊騎士部隊――通称ナイトに所属する、
そして、異例中の異例として認められている『
何でも噂によれば、アコール隊隊長のフェルディナンドは情け深く、軍律違反の裏に隠された様々な事情を鑑みて情状酌量の余地を与える様だ。
だが、ナイトの隊長たちはそうもいかないらしい。幾つもの小隊を纏め上げているからこそ、規則には滅法厳しい様だ。
ちなみに『冥王』に関しては滅多に現れないらしく、何も情報は無い。ただ、性格に関係無くその人物が纏うのは「死を呼び寄せる」という不穏な噂。不安材料にならない訳が無い。
そして現在、アコール隊隊長はある事情により不在であると聞かされている。理由は分からないが、この様な重要な軍法会議を欠席するなどよっぽどの理由があるのだろう。
故に、シルヴィオの顔色は青く、表情も浮かない物のままなのであった。
「――あぁ、着いてしまった……」
緊張から扉を開けあぐねているシルヴィオを見かねたアヤメは、盛大にため息をつくと思い切りノックをしてその扉を開いてしまった。
「――っ!? アヤ……っ!」
「失礼します〜」
突然の行動に言葉を失ったシルヴィオを他所に、アヤメは独特なイントネーションと共に会議室へと入っていく。慌ててシルヴィオも「失礼します」と後を追った。
「――お待ちしておりました。黎明隊、シルヴィオ隊長。並びにオペレーター、アヤメ」
「え、な……!? アカツキ室長!?」
何故か出迎えたのは、オペレーター室の室長であるはずのアカツキだった。
「アカツキは本日、総帥の補佐を務めるよう総帥代理よりご命令を賜りましたので。それではどうぞこちらに」
驚いてオーバーなリアクションを取るアヤメを他所に、アカツキは深々と一礼をする。そして既にほとんど埋まっている席の前を通り、中央の方へと二人を案内した。辺りからはザワザワと声が聞こえる。
既に席に着いている者達は皆、勲章を授けられている隊の隊長達だ。無論、総帥直属部隊では無いものの、皆大型種を討伐出来る程の実力の持ち主である。
「こちらです」
アカツキはそう言うと恭しく礼をした。
案内された場所の正面には総帥の席と、総帥直属部隊隊長の席。未だ誰も到着していないらしく、その席達は一つも埋まっていない。
裁判所で言えば証言台の位置だ。シルヴィオは思わず顔を覆いたくなった。それ以上何も言わないアカツキは、静かにまた一礼をすると下がっていく。
「ほら、そんな死人の顔しとらんとはよ座り」
アヤメは、そんな人生の終わりを悟っているシルヴィオに向けて小さく声をかける。彼は泣きそうな顔のまま頷くと、音も立てずに静かに着席した。
二人に好奇や興味の視線が集まる。シルヴィオは針のむしろに座らされている気分であったが、アヤメはさほど気にしていない様子であった。
「――申し訳無い、二分の遅刻だな」
不意に、静まり返っていた会議室に新たな入室者が現れた。
「いいえ、まだ開始十分前ですので」
「その開始十分前に二分遅刻した、という話だ」
この会議室はそこまで広い訳では無く、新たな入室者とアカツキの会話はシルヴィオ達にも届いていた。聞こえてくる声は凛とした男性のもの。その内容は何処か堅物を思わせるもので、シルヴィオは一人胃を痛めていた。
男性の歩行音は後ろで止まる事無く、シルヴィオ達の座る席の方へ近付いてくる。恐らく、現れた男性は総帥直属部隊隊長の一人なのだろう。
「――! シルヴィオ隊長……ご無沙汰している」
不意に男性はシルヴィオの前で立ち止まると、その目に強い罪悪感の色を宿して、深く頭を下げる。
「え!? あ、いえ……! えぇと……何処かで……?」
突然の行動に、シルヴィオも慌てて立ち上がり礼を返したが、男性の顔に見覚えは無い。かつてサポートメンバーとして各隊を転々としていたシルヴィオだったが、流石に総帥直属部隊と呼ばれる程の部隊のサポートをした事は無かった。
「やはり、貴殿に覚えは無いか……。私はロイス・ガラット。ナイト所属で、かつてはダグラス隊長の――……」
青年――ロイスは少し悲しそうに微笑むと、自己紹介を続けようとする。だが、シルヴィオの戦友の名が出た瞬間に、その声は扉が新たな入室者を招く音に遮られる。
「……すまない、続きの話は会議の後で」
現れた入室者を見たロイスはうんざりと首を振り、気になる続きを口にする事無く自席へと歩みを進める。シルヴィオは慌てて頷くと、脳内を疑問符で埋めたまま再び着席した。
「危にゃ〜い、遅刻するかと思ったぁ。もー、おじちゃんが会議の事すっかり忘れてた所為だからね?」
「かかか、じゃっでおいん事はほっちょけち言うたんに、そいでも待っちょったんはミリん方じゃぞ!」
「そんにゃ事したらまたおじちゃんがロイスに怒られるでしょ? ミリも連帯責任とかって怒られる訳、ホントダルすぎ〜」
今度の入室者は二人。聞こえてくる声は少女然としたものと老年然としたものだ。二人の足音も後ろで止まること無く、前の方――つまり総帥直属部隊隊長に用意された席の方へ近付いてくる。
「――っ!」
「……ぁ」
そんな少女がシルヴィオの真横で立ち止まり、声にならない悲鳴をあげるのと、隣に座っていたアヤメが思わず呟きを零すのは同時だった。
「久し――……」
「――最っ悪、なんでいんの」
何かを言おうとするアヤメの言葉を、金髪の少女は嫌悪感を顕にしたまま遮った。吐き捨てられた言葉は、それ以上アヤメが何かを言う事を許さない。
「あ、おい、ミリ! ……悪かね、アヤメ」
そのまま逃げ出す様に自席の方へ早歩きで向かう少女を、咎める様に老年は声を上げる。だが、彼女がこちらに顔を向ける事はもう無かった。
どうやらアヤメを含め、この三人は知り合いらしい。老年が少し困った様な顔でアヤメに謝罪すると、アヤメは半ば諦め切った笑みを浮かべて首を振る。
「あの――……」
「――皆様、総帥様が到着なされました」
知り合いか、と問おうとしたシルヴィオの言葉を遮ったのはアカツキの声。彼女が発した言葉の意味を理解した隊士達は、一斉に立ち上がる。
「――すまない、待たせたね」
そんな一言と共に現れたのは、エージア大陸の英雄とも呼ばれる人物。老躯とは思えぬ俊敏さで、オニへと落とす焔の鉄槌はまさに彗星。
その名を『
「さぁ、会議を始めようか……可愛い子供達よ」
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