EP04 失踪と真実

『いいかぁ、ジェノ。お前のオニを視る力は、視えない人々を守る力なんだ。だから困ってる人は全力で助けるんだぞ! それがお前の大事な人だったら、尚更だ!』


 遠い昔の記憶だ。呪視じゅしゴーグルのプロトタイプが出来たと、その試作品をジェノに預けながら兄が言った言葉であった。すっかり忘れてしまっていたが、どうやらその言葉はジェノの中にずっと残り続けていたらしい。何故なら、その約束は今も――……。



『――――――!』


「うわぁぁあぁあああっ!?」


 夢の世界で微睡んでいたジェノを、大音量のアラームが叩き起した。慌てて枕元に置いたままにしてあったデバイスを叩く様にしてアラームを止めようとするが、どうも上手くいかない。


「っ、何? 何で……!? ま、ホントうるさい……っ、止まっ…………は?」


 完全に覚醒したジェノは腹立たしげに画面を睨みつけたが、その画面に表示された文字を見て動きを止める。よく聞けば、それはジェノが設定していたはずのアラームなどではなく、何度も繰り返される緊急速報の音声であった。


『繰り返します。西部第三オアシス跡地に大型が発生しました。また、発生した大型はネームド。――その名は


「……キュウビ?」


 流れる様に服を着替えたジェノは、報告された名を繰り返しつつ不安に表情を染めながら自室を出る。それは勿論、隊長であるシルヴィオに指示を仰ぐ必要があるからだ。


「ヴィオさん、放送が……! ……あれ?」


 だが、そこにシルヴィオの姿は無かった。「少し出ています」と書かれた紙と、すっかり冷めた朝食が残されているばかりで、人の気配は一切無い。


「あれ……外、かな?」


 何故か、嫌な予感がした。

 これだけの緊急事態であるのに、あのシルヴィオが連絡一つ入れない事がジェノの中で引っかかっている。もしかしたら何かあったのかもしれないと言う考えが頭を過り、即座に手にしていたデバイスでコールした。


『……で、長髪の……何? アコールのウィルフレッド? 違う、そいつは夜鷹よだかだ! 俺が探してるのは銀嶺ぎんれいで……あぁっ、たく、話を聞け!』


 予想に反してコールはすぐに繋がった。だが、そこから聞こえてくる声はシルヴィオのものでは無い。聞こえてきたのは喧騒の中苛立った様に何かを尋ねている、何処か聞き覚えのある男性の声。


「……え、この声……ダグさん!?」


 ジェノはすぐ様その声の主が誰なのか理解した。それは明らかにダグラスだ。だが、どうして彼の声が聞こえてくるのかの理由は分からず、ジェノはひとたび混乱する。


『は? 光ってるだぁ? ……何でコールが? あぁ、握り方が悪……。――ッ! お前、ジェノか!?』


 最初の内はどうやらコールが繋がっている事すら気が付いていなかったダグラスだが、不意にハッとした様にジェノの名を呼ぶ。


「え、あ、ジェノっす! え、何でダグさんが……? 俺間違えてダグさんにコール繋げましたか!?」


『いや、違う、これは銀嶺のデバイスで合ってる! アイツ、コレ落としてどっか行きやがった……! おい、今自室か? 銀嶺はそこに居るか!? それとも何処に居るか知ってるか!?』


 何とか一つでも多くの情報を手に入れようとするジェノだが、やはり混乱した頭では上手く情報が入ってこない。しかし、そんな事もお構い無しにダグラスは矢継ぎ早に問い質してくる。


「あ……っと、それが居なくて……。何処にいるのかもわかんないし、だからそれを聞こうとコールを繋げた所で……」


 ジェノは自身の置かれている状況を整理すると共に、ダグラスの質問に一つ一つ答えていく。その答えを聞いた瞬間、ダグラスは吐き捨てる様な呟きを残した。


『……ッ! クソ、やっぱりアイツ……! 悪い、切るぞ! 俺はシーシェドの所に行く!』


「え、あ、まっ、それどういう……! …………切れた」


 ダグラスはジェノの静止も聞かず、強引にコールを切る。そこから何度コールをかけても、無視をされているのかダグラスに繋がる事は無かった。


「……一人、で?」


 コールを切る前にダグラスが呟いていた言葉が、ジェノの中の嫌な予感を倍増させる。もし、それが思い当たる一つの可能性を指していたとしたなら。


「シーシェドって、確かアヤメさんの家名だよな……」


 今、ジェノに残された道はそこしか無い。幾つもの応答無しという表示が残るデバイスを握りしめると、覚悟を決めてジェノは駆け出した。


◈◈◈◈


「――そう、ヴィオさん! 『銀嶺』シルヴィオ・カトルーフォ! 俺の所の隊長で背が高くて……見てない? そっか……ごめん、ありがと」


 アヤメと、暫定的にダグラスが居ると考えられるオペレーター室へと走る間、ジェノは僅かな希望を信じて、たった二人しかいない友人にも連絡した。

 しかしどちらも玉砕。「見かけたらすぐに連絡する」と言ってくれた友人に礼を告げながら、ジェノは不安げに唇を噛む。


 すぐ様頭を振るい、沢山の人でごった返した辺りを見回すが、当然それは気休めにもならなかった。この状況では名前を呼んだとて喧騒にかき消されてしまうだろう。


「やっぱりオペレーター室に向かうしか……!」


「――っ! 先輩っ!」


 ジェノが焦燥気味にそう呟くのと、鋭い声が耳に入るのは同時だった。聞き覚えのある声に振り返れば、そこには息を乱しながらこちらへ駆け寄るバレッタの姿が。


「――! バレッタちゃん!」


「先輩、隊長がいなくなったって本当ですか!?」


 彼女はジェノの元に辿り着くなり、掴みかかる程の勢いで問うてくる。バレッタの琥珀色の瞳には、色濃い憂慮の念が浮かんでいた。


「え、な、なんでそれを……!?」


「アヤメさんから通信が入ったんです! 『ヴィオはんがおらんのやけど、なんか知らんか』って!」


 もしや自分の知らぬ間にそういうニュースでも流れたのでは無いかと疑うジェノだったが、どうやらそういう訳でもないらしい。それに一安心していたが、アヤメの名を聞いた瞬間ここまで来た目的を思い出し、今度は逆にジェノが問い返した。


「アヤメさん……。――っ! そん時、ダグさんの声聞こえませんでしたか!?」


「え? ダグラスさんですか!? えぇっと……確か、何か……誰かと怒鳴り合いの喧嘩をしてた……様な気もします、けど……?」


 急に思いもよらぬ事を問われたバレッタは、数分前の事を思い出しながら曖昧に言葉を連ねる。それを聞いたジェノは、やはりかと言わんばかりに頭を掻いた。


「……! っ、バレッタちゃん、オペレーター室に行きましょう! とにかく、ダグさんに話を聞かないとなんすよ!」


「へ!? は、はい! 分かりました!」


 そのまま焦燥を声に滲ませると、バレッタには詳しい訳を話さないままジェノは駆け出す。彼女も素っ頓狂な声を上げながら後を着いてきた。


 そうは言ったが、この混雑したラウンジの中を駆けていくのは容易では無い。何度も謝罪の言葉を繰り返し口にしながら、ようやくオペレーター室へ繋がる扉の前へと辿り着くことが出来た。

 二人は顔を見合せて頷くと、そっと扉のセンサーに触れる。すれば、自動ドアは静かに二人を迎え入れた。


「――――!」


 オペレーター室内部は、ジェノが予想していた以上に相当な緊張感と慌ただしさに包まれていた。それは、絶え間無く聞こえる警報音がやけに小さく聞こえる程に。


「大型の侵攻報告は今の所ありません! ですので、慌てずに撤退をお願いします!」


「現在地は出現地から離れています。ですが、周辺の呪力が乱れていますので――……」


 現在出撃中であった隊へ指示を出す何人ものオペレーターの声が重なり合い、まさにそれは普段聞いている言語であるのかと疑う程に騒がしさを引き立てている。


「――各位、総帥直属部隊の現在状況について通達します。現在出撃可能な隊は聖騎士隊クルセイダーと『冥王めいおう』のみ。ですが恐らく『冥王』には連絡がつかない事が予測されます。現在出撃中の姫騎士隊ディーヴァ狂戦士隊ベルセルクにはアカツキ直々に撤退指示を出しますので、各位はその他部隊の誘導を急ぐ事を提案します」


 その中で、部隊では無くオペレーター達へ指示を出す女性の姿。緊急放送で聞く声と同じ声。恐らく、彼女がこのオペレーター室内で一番の権威を握っているのだろう。


「――――おい! まだ見つからねぇのか!?」


「今やっとるやろがい! もう、やかましいねんてさっきから! 気ぃ散るわ!」


「あぁ!? ンだと!?」


 そうして、怒鳴り合う男女の聞き覚えのある声。慌ててジェノがそちらに視線を向ければ、そこにはモニターを前に掴み合いの喧嘩に発展しそうな口喧嘩をしているアヤメとダグラスの姿があった。


「――! ダグさん、アヤメさん!」


 今にも殴り合い出しそうな雰囲気を醸し出す二人の間に割って入る様にジェノが声をかければ、二人は似た様な表情を貼り付けながら振り返る。


「ジェノ君!? それにバレちゃんも……。っ、ヴィオはんは!? どっかにおったか!?」


 ジェノとバレッタが駆け寄るや否や、アヤメは開口一番僅かな希望に縋る様にシルヴィオの行方を尋ねた。


「そ、それが先輩達の部屋にも居ないらしくて……!」


「コールも繋がらない……っていうか、ヴィオさんのデバイス持ってるのダグさんで……。射撃室に居た友人に聞いても見てないって言われたっす」


 しかし、問われた二人が返すのはその希望も打ち砕かれる様な言葉。悲痛な面持ちで首を振るうジェノとバレッタの姿に、アヤメも同じ様な表情になって押し黙る。


「……無線も繋がらへん。モニターに位置表示もされてへんし、多分バイタルモニターも持ってへんやろな……。もし、これでヴィオはんがエデンの中におらんだら……」


 そのままアヤメはインカムにそっと手を当てたが、やがて小さく首を振り、無線すらも繋がらない事を口にした。そして彼女が零したのは、最悪の可能性。


「あの馬鹿……クソッ! 出現するのがあの災禍の大孤だと知ってりゃ、こんな事には……!」


 それを受けてダグラスが悔しそうに吐き捨てる。悔しさに振り下ろされた拳とテーブルがぶつかり合い、数人の注意を引く程の大きな音を立てた。


「っ、ダグさん! それ、どういう意味すか!?」


 やはり彼は何かを知っている。それを察したジェノは、振り下ろされた方の手を掴みながらダグラスを問い質した。

 手を掴まれたダグラスは一瞬驚いた様な顔をしたが、瞬時に表情を曇らせ、選ぶ言葉を考え込む様に少しの間黙り込んだ。


「……やっぱりアイツ、言ってねぇのか。……言葉のまんまだよ。災禍の大孤――キュウビは、アイツの嫁さんの仇なんだ」


 少し痛切な表情のまま首を振るうと、すぐにダグラスはまっすぐジェノとバレッタを見つめながら、静かに言い放った。


「え……?」


 思わずバレッタの口から困惑が零れる。ジェノも息をのんで目を見張った。シルヴィオが部屋に居なかった時から感じる、強烈な嫌な予感か全身を駆け巡る。


「だからアイツは……」


『私が戦うのは、大切な人の為。――ただ、それだけです』


 ダグラスが言い淀むのと同時に、ジェノの脳裏に先日交したばかりの言葉が思い浮かんだ。


「――一人で、仇討ちに出たんだ」

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