EP02 ラウンジの嵐
「ん〜! これがあのツチグモの呪力結晶か〜! うんうん、ええ色やなぁ! 分析しがいがあるわぁ……」
三人は帰投後、ラウンジで出迎えてくれたアヤメにツチグモの呪力結晶を見せながら談笑していた。彼女はうっとりと呪力結晶を眺めながら恍惚と呟いており、今にも結晶へ頬擦りをしそうな勢いだ。
「……あ、せやせや、忘れるとこやったわ。多分、既に自動付与されとるから知っとると思うけど、今回のポイントには色付けといたでな!」
うっとりとしていたアヤメは不意に我に返ると、報酬として与えられているポイントがいつもより上乗せされている事を三人へ告げた。
このポイントというのは食事や娯楽品等の、今となっては貴重な品々と交換する為に存在している、貢献度を表す一種の通貨の様なものだ。
もちろん必要最低限の生活必需品は配られているので、オーミーンの保護下――つまりこの要塞都市『エデン』に住む、戦う事の出来ない人々の心配をする必要は無い。
しかし、配られているのはあまり美味しくない人工食である上に、娯楽品の類等は全く配布されていない。その為、オーミーン職員の中にはエデン内の自治体に寄付をし、エデンの人々の生活が豊かになる様に気を配っている者もいるのである。シルヴィオもそんなお人好しの一人であった。
「ヴィオはんは、今回も全額寄付でええんやっけ?」
「えぇ、私は配られている物で足りていますので」
まさに聖人の様な笑みを浮かべて頷くシルヴィオを見ながら、バレッタは顎に手を当ててむむむと唸る。
「んもう、隊長は食べ無さすぎなんですよぉ! 本当に足りてるんですか? 私だったら絶対足りませんすよぉ……」
バレッタはシルヴィオの頭の先からつま先までをまじまじと眺め、疑う様に呟いた。
実は彼女は小柄な割に大食らいなのだ。その上美食家でもあるので、支給されたポイントはその日うちに美味しい食事へと変わってしまうのである。それ故にシルヴィオの行動が信じられないのであった。
「逆にバレちゃんはよう食うよなぁ。あの量、そんな体の何処に入っとるん?」
「そんなん若さの違いって奴じゃないんすか?」
不思議そうにバレッタを見つめるアヤメに対して、ジェノは生意気な一言を放った。その言葉にアヤメは目を見開いて驚き、思わず手にしていた呪力結晶を取り落としそうになる。
「なっ……何言うてんねん!? ウチはまだ二十四……くっ、まだ若手やし……」
ジェノに反論しようとしたアヤメは自分の言葉にダメージを受け、グッと拳を握って未練がましく言い訳をしつつ項垂れる。その様子にジェノは楽しそうに笑い声を上げ、シルヴィオとバレッタは困った様な笑い声を上げた。
「見つけたぞジェノォ――――ッッ!」
不意に、そんな和やかな空気をぶち壊す様な怒鳴り声がラウンジ中に響き渡った。
名を呼ばれたジェノは身を竦ませつつ、声の方へ視線をやる。すればガシャガシャと機械がぶつかる音と共に、怒り心頭といった様子の大柄の男性が鬼の形相でこちらに迫ってきているのが見えた。
その男性の名はダグラス。主に武器の開発やメンテナンスを担当しているのだが、如何せん職人気質で怒りっぽく、武器の状態が悪いと関節技をかけてくるのである。
その上彼は負傷により引退した元戦士であるが為に、微塵も容赦が無いのだ。それ故に、現在もなお戦士から職員までに渡る皆に「鬼神ダグラス」と畏れられているのであった。
「やべぇ」
ジェノは顔色をサッと青くすると、無意識下でそう一言呟いて即座に逃げ出した。彼の二つ名は『
そして何より、現役当時のダグラスの二つ名は『
「逃がすか! ――これ借りんぞ!」
ダグラスはそう叫ぶと、近くにいた清掃員が持っていた空き缶の詰まった袋を投げる。「あらまぁ」と清掃員が呟くと同時に、それは見事にジェノへヒットし、情けない悲鳴を上げながら前方に倒れ込んだ。
「テメェ! よくも俺が調整した武器をめちゃくちゃにしやがったな!? 何だあの破損の仕方は!? 何をしたらああなるんだ馬鹿野郎ッ!」
ダグラスは即座に倒れたジェノへ駆け寄り、すぐ様逆エビ固めを決めながら、つらつらと怒りの言葉を並べていく。
ラウンジにいる全ての戦士や職員は何事かと顔を出したのち、すぐにいつもの事かと気が付いて静観か楽観かを決め込んでいた。
「いでででで! ギブ、ギブっす! ブッ壊したのは謝りますから! あだだだだ、折れる!」
バシバシと床を叩きながらジェノは涙目で抗議した。しかし、ダグラスにはそれを聞き入れる気は無い様である。但し今回も十割ジェノが悪いので、それは当たり前と言っても問題は無い。
「あの『
ダグラスは鬼の形相のままジェノの両足をギリギリと締め、延々と彼に問い詰める様な言葉を吐き続けていた。
「アレはほぼ事故なんすよ! いでで、中型の強襲さえ無ければ……あだだだだ!」
「
ダグラスはジェノの言い訳を聞く事無く一蹴し、次々と言葉を連ねていく。背骨だけではなく掴まれている両足もミシミシと言い始め、ジェノはここがラウンジである事も忘れ思い切り絶叫した。
「うわぁあああ悪かったっす! もうやりません! もうやりませんからぁああっ!?」
「次やったら二度と直さねぇからな!? これに懲りたら猛省しろ馬鹿野郎!」
ジェノとダグラスの言い合い――というより、ダグラスの一方的な説教。それはしばらく続いていたが、やがて腹の虫が収まったのか、ダグラスはただ一言そう言い放ってジェノを解放する。一人残されたジェノは、その場で伸びたまま「スイマセンでした」と唸る様に呟いていた。
「はぁ〜、ほんま傑作やわぁ! 流石ジェノ君やな!」
先程心に傷を受けたアヤメは、締められるジェノを見て溜飲を下げた様だ。彼女はヒィヒィと笑いながら目元の涙を拭っていた。
「ちょっ……ちょっとやりすぎですよぉ! ダグラスさん!」
そんな中、バレッタはこちらへ向かってくるダグラスへと抗言する。もちろんジェノは戦士であるので、あの程度の事で負傷する事はないのだが、あれは流石に見ているだけでも痛そうなのだ。
「知るか。あの馬鹿が悪い」
しかしダグラスから返ってきたのは言い返しようのない正論だった。その為バレッタはうぐっと言葉に詰まり、それ以上ジェノを擁護する事は出来なかったのである。
「お前らもああなりたくなかったら覚えておけ、お前らの隊の担当整備士は俺だ。くれぐれも武器破損なんかすんじゃねぇぞ」
ダグラスはシルヴィオとバレッタの前で一度足を止めると、脅し文句と共に大きな傷痕が残った顔を二人にずいっと近付けた。シルヴィオは両手を小さく上げ、降参だと言うように苦笑いを浮かべる。バレッタはひえっと可愛らしい悲鳴を上げながら、慌てて何度も首を縦に振っていた。今この中で依然楽しそうなのはアヤメだけである。
「……フン、分かってんならいい」
ダグラスは二人の態度に不機嫌そうに頷くと、ガシャガシャと右の義足を乱暴に床に打ち付ける音と共に去っていった。その様子を目にしたシルヴィオは、何処か心苦しそうな表情でそっと目を逸らす。
「はぁイテェ……信じらんないんすけど、あの馬鹿力。あんなんだから偏屈親父って呼ばれるんすよ」
そこへようやく立ち直ったのか、ジェノが腰をさすりながら戻ってくる。彼が恨みがましく言葉を吐けば、遠くから「何か言ったか!?」とダグラスの声が聞こえてくる。慌てたジェノの「何も!」と言う大きな声を聞いたアヤメは、堪えきれないと言ったように吹き出し再び笑い始めた。
「っ、笑いすぎっすよアヤメさん!」
ジェノは恥ずかしそうに顔をしかめながら、大笑いを続けるアヤメに苦言を呈す。遂には彼女につられてバレッタまでもが笑いだし、彼は釈然としない面持ちのまま後頭部を掻くのだった。
「ふふ……さて、そろそろ我々は引き上げましょうか。アヤメさんは他の仕事もございますでしょうし、何よりもうアフターヌーンティーの時間ですからね」
シルヴィオが柔らかい笑みを浮かべながらそう告げると、バレッタは「アフターヌーンティー!」と嬉しそうな声を上げた。彼の入れる紅茶はとても美味しい上に、バレッタが大好きなケーキにとても良く合うのである。
「そうですねっ! 今すぐ宿舎に戻りましょう!」
完全に脳が切り替わったバレッタは、興奮してトーンが上がった声のままシルヴィオの言葉に賛成する。彼女はの頭の中は既にケーキの事でいっぱいになっている様で、口の端からたらりとヨダレが零れていた。
「えぇ、宿舎に戻ったらすぐにでも紅茶を入れますので……それではアヤメさん、お疲れ様でした」
「やったぁ〜っ! 何を食べようかなぁ〜? それじゃあ、アヤメさん! お疲れ様でしたっ!」
「バレッタちゃんはホント食べ物の事ばっかすね……てかホントいつまで笑ってんすか、アヤメさん! もう……お疲れ様っした、また次の任務で」
「は〜、ほんまよう笑わせてもろたわ〜。ほんじゃまたな! お疲れさん!」
シルヴィオ隊の面々は口々にアヤメへと労いの言葉をかけると、小隊毎に用意されている宿舎の方へと歩いて行く。未だに満面の笑みを浮かべていたアヤメは「笑った笑った」と言いながら、三人へと手を振ってそれを見送るのであった。
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