黎明のスレイヤー ―REBOOT―

祇園ナトリ

第一幕 夕陽の想い出

EP01 オーミーンの戦士

 崩れかけた石造りの建物。それに絡み付く数多の蔦。かつて、栄華を極めたはずだった美しい街の跡地。そんな、が見慣れてしまった風景がぐにゃりと歪んで、その歪みから小さな化け物がわらわらと現れ始めた。それは大きさにして全長一メートル程。しかし、その小柄な身体に見合わない強靭な牙を携えている。


 その化け物の名は「オニ」。かつて「ニホン」と呼ばれていた小さな島国で突如発生した、不可視の化け物。それはあっという間にニホン中の人間を喰らい尽くし、すぐ様全世界へとその魔の手を伸ばし始めた。

 人類はそのまま為す術無く淘汰されるかの様に思われたが、やがて、そんなオニ達に対抗する為に不可視のオニを視る力を備えた人々が現れる。視る力を得た人々は自らに眠る一つの力に気が付く。


 それは「呪力」と呼ばれる力。その力はオニの攻撃を跳ね除け、またオニそのものへの攻撃を可能とした。


 彼らは残された人類を守る為に武器を取り、一つの組織として活躍をし始め、いつしか「オーミーン」と呼ばれるようになったのであった。


 そして、オーミーン発足から千年あまりもの時が過ぎた今も尚、戦士達はオニと戦い続けていた。現れたオニを討伐する為に、建物の間を駆け抜けていく人影達もまた、栄えあるオーミーンに所属する隊士たちなのである。

 走る人影は三つ。先頭には小柄な少女の影、それに続く長身の男性の影。そして、最後尾を走る少年の影だ。


「――先に行きます!」


 三人がある程度オニへと近付いた瞬間、高いソプラノの声と共に小柄な少女の姿がパッと消える。

 その少女は瞬時に未だ数を増やし続けているオニのすぐ側の宙に現れると、クロスさせた両方のから、まるでカゲロウの羽の様な剣を生やして思い切り周囲を薙ぎ払った。言うなれば、それはまさにソニックブーム。

 その一撃で、歪みから次々と現れ進軍を始めていたオニの何割かがあっという間に消し飛んだ。


「これぞ私の必殺! キリステゴメンと言うやつです!」


 少女の形をした人影はスタッと見事に着地をするとその場を振り返り、自信満々に言い放った。周囲には消滅したオニが落とした呪力結晶しゅりょくけっしょうが落ちている。キラキラと光を反射して輝いているそれは、今の人類が必要としているエネルギー源――呪力しゅりょくとして変換される代物であった。


 呪力――それは、突如人類を蹂躙し始めたオニに対抗する為に、かつての人類が使いこなせる様になった、人類に秘められていた力。

 その使い方は様々だ。不可視のオニを視る為の目となったり、オニの身体を穿つ為の様々な属性の矛となったり、はたまたあらゆる機関を動かす動力源となったりする、オニの蔓延るこの世界では必要不可欠な力なのである。


 そして、両手の剣を消し、満足そうに呪力結晶の一つを拾う少女の名はバレッタ。彼女が扱う呪力の属性は『時空じくう』だ。己を加速させたり、逆に相手へ鈍化を施したりが出来る、特殊で少し扱いが難しいとされる属性だ。

 バレッタはそれをまるで呼吸をするが如く扱える為、齢十五にしてアカデミーから戦場に出る資格を得ている天才少女なのである。


 そんなバレッタの後方に、運悪く歪みが発生した。現れたオニがバレッタへ奇襲をかけようとするが、彼女は戦果に満足して気を抜いているのか全く気付いていない。


『おや、バレッタさん、油断はいけませんよ』


 瞬間、バレッタの耳には心地の良い低音が飛び込んでくる。

 それと同時に、彼女へ飛びかかろうとしていたオニはパシュッと言う狙撃音と共に凍り付き、パラパラと崩れ去っていった。小さな呪力結晶がその場に落ちる。

 彼女は無線越しに聞こえてきた声と背後を貫いた銃弾に驚き振り向いて、いつの間にか発生していた歪みを見て再び小さく声を上げた。


「ご、ごめんなさい、シルヴィオ隊長……!」


 バレッタは慌てて、無線の向こうにいる自身の隊長へと謝罪する。彼女が首を振るうと共に、二つに結われた彼女の銀の髪が揺れた。


『いいえ、次から気を付ければ良いだけの話ですよ』


「は、はい!」


 無線越しに聞こえる声は、柔和で優しい物だった。安心して返事をしたバレッタの視界に、手にしたライフルへ呪力を込め、それを大鎌として展開させながら駆け寄ってくる男性の姿が入る。

 優しく微笑む男性の名はシルヴィオ。『銀嶺ぎんれい』という二つ名で知られる通り、氷属性の特殊効果を纏った攻撃を得意とする、オーミーンの中でもかなりのエリート隊士である。


 二つ名と言うのは、その隊士が戦場へ出る許可を得ているという証のようなものだ。隊士育成機関であるアカデミーの実技試験に合格し、軍へ入隊する際に与えられる。もちろんバレッタも『早駆はやがけ』という二つ名を冠していた。


「ヴィオさーん、バレッタちゃーん、ブッぱなすんでちょっとどいてくださーい」


 そこへ、何処かやる気の無さそうな声が一つ。その声が発した言葉の内容に、声を掛けられた二人が驚いて振り向けば、一人の少年がアサルトライフルを構えながら走ってくるのが見えた。


 二人が慌てて飛び退くのを見届け、何の躊躇も無く砲撃を始める少年の名はジェノ。得意とされる属性は持たないものの、その代わりほぼ全ての基本属性を扱える実力派ルーキーだ。

 小気味良くアサルトライフルが発砲される音と共に、オニたちの断末魔が辺り一帯に響き渡る。発砲の反動で彼の首元に下げられた紫のゴーグルが小刻みに揺れていた。


「……あれ、弾無い」


 初めは調子良く雑魚オニを一掃していたジェノであったが、不意にその音が止み、代わりにカチカチと弾切れである事を証明する音が鳴って彼はムッと半眼になった。


「はぁ面倒くさ……もういいや。喰らえ必殺、ジェノタイフーン」


 ジェノは軽く空を仰ぎながらその手に持った銃を槍へと変形させ、ブンブンと振り回しながら小型オニの群れへと突っ込んでいく。必殺技と称しているものの、その技名はなんとも安直だ。自身の名を付ける辺り、ジェノにはネーミングセンスというものが無いらしい。


「なんとまぁ安直なネーミングセンスで……」


「ジェノせんぱーい! あんまりやりすぎるとあっという間に呪力無くなっちゃいますよーっ!?」


 そんなジェノに対してシルヴィオは困った様に微笑み、バレッタは焦った様に声をかけた。

 呪力は攻防どちらにも役立つ反面、それが尽きてしまえばオニと戦う事は一時的に不可能になる。その為、同じく呪力頼りのバレッタは呪力の使いすぎの心配をしているのだが、元々その身に秘める呪力の量が多いジェノにとってはそんな心配は無用なのであった。


『おぉ、絶好調やなぁジェノ君。そのままの勢いで乗り切ってぇな!』


 そうしてシルヴィオとバレッタがジェノを見守る中、無線越しに朗らかな女性の声が一つ。

 彼女の名はアヤメ。まだ若手に分類される様な年齢だが、敏腕オペレーターと呼ばれる程の状況把握能力と知識を併せ持つ、元研究員にして優れたオペレーターなのである。彼女の独特な言葉遣いは、かつてニホンに存在していたと伝えられているホーゲンというものの一つだ。


『よしよし、その感じや! もう少しで……っ!? 待ちぃ、何かヤバいのが来よる!』


 シルヴィオとバレッタも援護に加わり、もう少しでオニの群れを殲滅できるというその瞬間。無線の向こうからけたたましい警報音と共に、焦燥に上擦るアヤメの声が聞こえてくる。

 レーザー弾を生成し援護をしていたシルヴィオは、ハッと手を止めてアヤメの指示に集中した。彼の紫紺の瞳が鋭く細められる。


『この反応……中型のネームドや! 気ぃ付けぇ、前方の建物――二階から来よる! 各自迎撃用意!』


 一瞬動揺を見せたものの、アヤメはすぐに落ち着きを取り戻し、即座に完璧な指示を飛ばす。シルヴィオは「了解です」と短く答え、個数を減らしていたレーザー弾を再展開した。バレッタもそれに続くように、今度は短い双剣を生成して体勢を整える。


「……え? アヤメさん何てった?」


 ところが、あれでもかなり呪力を使う必殺技の展開に集中していたジェノは、アヤメの言葉を聞いていなかったようだった。ハッとした彼が慌てて聞き返すも、もう遅い。


「――っ! ジェノ君! 上です!」


 シルヴィオが鋭く警告を飛ばすと同時に、カカカと脚と地面がぶつかる様な音が聞こえ、倒壊しかけていた建物の窓から蜘蛛の様なオニが飛び出してきた。無論中型と言えど、人の身長は優に超えている。


「なっ……中型!? やばっ……うわぁっ!」


 そのオニの着地点は、不幸にもジェノが立っている場所。彼は咄嗟に手にしていた槍を盾にしてガードしようとするが、あまりにも焦っていた為か誤って銃へと変形させてしまい、アッサリと弾き飛ばされる。


「ジェノ君!」


「っ……すいません、油断しました。平気っす……っはは、やってくれるじゃねぇすか……!」


 ジェノは弾き飛ばされたものの上手く受身を取った様で、すぐ様軽く頭を振りながら立ち上がった。平気だと答えるその顔には、何処か好戦的な笑みが浮かんでいる。彼は強敵に一撃を喰らわされた瞬間、途端に燃え始めるタイプなのだ。


『あれは……ツチグモ!? しかもかなり機械化も進んどる……。危険や、あんな奴進軍させたらアカンよ! ここで仕留めたりっ!』


 現れたのはツチグモと呼ばれる、約三メートル程はある大きな蜘蛛型のオニであった。

 無線の向こうでアヤメが息を飲む音が聞こえる。長い時を生きながらえたオニは、徐々に呪力の塊であるその身を機械へと変えていくのだ。

 現れたツチグモはかなり機械化が進んでいる。つまり、その個体が長らく生き続けているという事を明確に表しているのであった。


 ジェノを弾き飛ばした大蜘蛛はカタカタと半分機械化した足を動かし、ギチギチと嫌な音を鳴らしながら右へ左へと這い回る。虫が苦手なバレッタは、嫌悪感を顕に生成した双剣を握り締めた。


「ギ、ギギ! キシャァ――――――――!」


「来ます! 構えて下さい!」


 大蜘蛛が耳障りな金属音で吼えるのと同時に、シルヴィオはその場の全員に号令をかけた。


「はいっ!」


「了解っす! ……え、あれ? なっ……変形しない……!?」


 シルヴィオとバレッタが迎撃体勢を取る中、ジェノだけが攻撃を受けた時に変形させたままのマシンガンをガシャガシャと言わせていた。どうやら先程ガードした際に、何処か内部をおかしくしてしまったらしい。


「てやぁっ!」


 そんなジェノの様子には気付かず、バレッタは自慢のスピードを活かして大蜘蛛の足元へと飛び込んで行った。そのままの勢いで斬り付けるが、機械の脚にはあまり効いていない様だ。


「効かない……っ! 一旦引きます……!」


「――! いえ、バレッタさん! そのまま撹乱し、オニの足攻撃を誘って下さい! ダウンを狙います!」


 バレッタは一度引こうとするが、シルヴィオがそれを即座に呼び止め、指示を飛ばす。彼はその場でレーザー弾を展開し、その瞬間を虎視眈々と狙っている様だった。


「――! はい!」


 短く返事をしたバレッタが素早い動きで撹乱し、何度も何度も蜘蛛の足を斬り付ける。苛立った様な大蜘蛛がバレッタを潰そうと前足を上げた瞬間、シルヴィオのレーザー弾がその足へ集中砲火。シルヴィオ本人も、ギィと声を上げて後ずさった白い巨体へと追撃をかける。彼が大鎌を振り上げれば、焼け焦げた大蜘蛛の前足がちぎれる様に吹っ飛んで、足を失ったそれは体勢を崩した。


「ジェノ君!」


「ジェノ先輩っ!」


 シルヴィオとバレッタが叫ぶのは同時だった。ジェノは焦った様な表情のまま顔を上げる。今が好機。そんな事はわかっている。ダウン状態の無惨な大蜘蛛と、変形しない愛機を交互に見つめ、やがて彼は半ばヤケクソの様に叫び声を上げた。


「あぁもう! どうにでもなれっす!」


 ジェノは加速を付けて高く跳躍した。その勢いで武器を変形させるレバーを思い切り引けば、ガキンと嫌な音が鳴り響いて、ようやくアサルトライフルは槍へと姿を変える。


「これでッ! 終わりっすよッ!」


 やっとの事で変形槍を振り上げながら、ジェノは大きな声で叫ぶ。まさに一閃、彼の全体重と重力をかけた槍は深々と大蜘蛛の巨体へと突き刺さり、それは耳をつんざく様な断末魔を上げた。


『……中型の生命反応、消失! お疲れさん、よう頑張ったなぁ!』


 アヤメが安堵した様に報告するのと同時に、横たわった大蜘蛛の亡骸がボロボロと崩れていく。ジェノの突き刺した槍も支えを失った。

 アヤメの労いの言葉を聞きながら、無事に着地したジェノが振り向けば、先程まで蜘蛛がいた場所にまるで宝石の様な呪力結晶が落ちている。


「……ふぅ、お仕事終了」


『その辺一帯の反応は消失しとるけど、油断は禁物やで! 気ぃ付けて帰ってきないな〜!』


 ジェノが呟くのを聞きながら、アヤメは明るい声で帰投を促す。


「えぇ、承知しました。――それでは帰投しましょうか」


 それを聞き届けたシルヴィオは小さく微笑むと、ジェノとバレッタへと向けてそう言い放った。

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