第5話 ひとりかくれんぼ ―選択―

――ボーン、ボーン、ボーン、ボーン

「――い゛っ?!」


 せまい押し入れの中、頭をガツンと打ち付けながら、高野は跳ね起きる。いつの間に意識を失っていたのか、どうやら「ひとりかくれんぼ」を開始してから1時間が経過していたらしい。


 暗闇の中、ふすまに耳を当てて様子をうかがう。部屋の中は静まり返っており、何かが動く気配も、誰かの声も聞こえない。高野は安心し、抱え続けていた膝をそっと伸ばした。あとはこのまま、もう1時間隠れ続ければ……


――ダァン!ダン!!


「ひっ?!」

 突然、ふすまが誰かに殴られたように、大きな音を立てた。高野は思わず漏れ出た悲鳴を押し殺すため、両手で自分の口をふさいだ。


(まてまてまて!さっきまで誰もおらんかったやん?! 突然のドッキリ要素ほんまにいらんねんけど! 誰やねん、アイツか?!)

 脳裏に少年の胡散臭い笑顔が浮かぶ。外にいるのが誰であれ、見つかるわけにはいかないと、高野は唇を噛みながらふすまを押さえた。


 だがいつまでたっても、それ以上ふすまに力がかかることはない。高野は恐る恐る耳を澄ませた。すると今度は、ふすまの外からざわざわと、誰かが話しているような気配がした。だが、その声は遠く、何を言っているのかまでは聞こえない。


(……この声、どっかで聞いた覚えがある気がすんねんけど、誰や?)

 しばらく聞いていると、声はだんだんと近付いてきた。そして、明瞭な言葉となって、高野の耳に入ってくる。



「あんな子いらない「恩知らずで「礼儀も知らない「どこかに行けばいい「消えてしまえ「いらない」「いらない」「いラなイ」「イラなイ」「イラナイ」「イラナイ」


 イラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイ



「――――ッ?!」

 高野は弾けるようにふすまから離れ、押し入れの奥に身を寄せた。呪詛のように続く、「いらない」という言葉。その声は、高野がよく知っている人のそれと、よく似ていた。


「親に捨てらレたくせに、なマいきな態度で」

(園長先生……?)


「育テてやった恩も返さズに出ていっタ」

(吉野さん……)


「呆レた奴だ」「ロくな人間にナらない」「あンナ子に価値なンてない」

(先生たち……っ)


 それは、高野が育った孤児院の、職員の声と瓜二つだった。


 優しく、時に厳しく育ててくれた先生達。大学に受かったと報告した時は、本人以上に喜んでくれ、高校を卒業して孤児院を出ていくときは、盛大な送別会を開いて、涙ながらに激励してくれた。――その人たちの声が、今、高野の存在自体を否定していた。


(っ、ちゃう、こんなん嘘や、幻聴や! だって、あんな優しくて、)

 ――「仕事ダカら優しくしてタのに、勘違いしテ。哀レな子」


(いつも、相談にのって、くれ、て……)

 ――「本当ハ聞きたくなカった。アぁ、めンドくさカった」


(おれ、家族やと、おもっ、て)

 ――「お前みタいな奴、もウ、家族じゃナい」


 耳をふさいでも聞こえてくる声は、高野の心を的確に抉った。グラグラと揺れる視界の中、高野は涙を流し「ごめんなさい」と小さくつぶやいた。


 その言葉が聞こえていたかのように、声は一層大きくなる。


「悪いト思っテルのなら、謝ったラドうだ「顔も見せないノカ、恩知らず「これが最後ノちャンスだ」


「今なラ、家族にもどれるノニ」



 ――ハヤク出てコい



「……はい、せんせい」

 高野は、ふすまに手をかけた。

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