第4話 ひとりかくれんぼ ―約束―

 自称・『ひとりかくれんぼ』である少年は、にこにこと笑いながら高野の顔を覗き込んだ。

「『ひとりかくれんぼ』をやって、おにーさんが終わらせられたら、おにーさんの勝ち! 帰してあげる!」

 正しく、という言葉に高野は眉を顰めるが、それを意に介さず少年は話し続ける。


「でもね? おにーさんがルール違反したり、途中で『ひとりかくれんぼ』を止めちゃったら~~…んふふ、僕の勝ち! ずーーっと!一緒にいてもらうからね?」

「……それ、俺に拒否権あるんか?」

「えー、あるワケないよー。だって僕はそもそも、おにーさんを帰すつもりないもん!」

 あたりまえじゃーん、と少年はケタケタと声を上げるが、言っている内容は全く笑えない。

 高野は頬を引き攣らせ、何か言い返そうと思ったが、結局、口からは深い溜息しか出なかった。


「~~~っ、あぁー、クソっ! やればええんやろ、やれば!」

「うんうん! おにーさんならそう言ってくれると思った! じゃあ、早速準備しよ、こっちこっち!」

「なんでそんなテンションアゲアゲやねん……もういやや、帰りたい…」

 目のハイライトが無くなりつつある高野だったが、やると決めたからには完遂せねばならない。駆けだした少年の背を追い、家の中を進んでいった。



 30分ほど経っただろうか、準備を終えた高野は、クマのぬいぐるみを片手に、少年とともに浴室に立っていた。ぬいぐるみは少年が抱えていたもので、見た目は変わらないが、中身はずいぶん物騒なものになっている。


 少年は高野を見上げ、待ちきれないと言いたげに声をかけた。

「じゃ、おにーさん、はじめよっか!」

「はぁ……、ホンマ、くそやわ」


 しゃがみこんだ高野は、水の張った洗面器にクマを入れ、


「『最初の鬼は、<高野晶>だから』

『最初の鬼は、<高野晶>だから』

『最初の鬼は、<高野晶>だから』」


『ひとりかくれんぼ』の開始の言葉を呟いた。


 目の前のクマに変わった様子はないが、なんとなく背筋に冷たいものが流れた気がした。高野は軽く頭を振り、次の手順に進むため一旦リビングへ戻ろうとする。一方、少年はその場を動こうとしなかった。

「……お前は、んのか」

「? そりゃあ始まったら、僕は浴室ココから動かないよ?」

「あっそ」

「あっ! もしかして~? おにーさん、もう怖くなっちゃった?」

「…アホぬかせ」



 少年から顔を背けて、高野はリビングへと戻る。そこで目をつぶり、10秒数える。


 10、9、8、

 ――自分の呼吸の音以外、何も聞こえない。

 7、6、5、

 ――首筋がぞわつくが、気のせいだと思い込む

 4、3、2、

 ――俺は、帰るんや

 1、0。


 10秒数え終わり、目を開けた。周りを見渡すも特に変わった様子は無く、高野は軽く息を吐きだす。そのまま、用意しておいた包丁を手に取り、再び浴室へ向かった。



 浴室の扉を開けると、少年はぬいぐるみの横で三角座りをしていた。「おにーさーん」と手を振ってくる少年を無視して、高野はぬいぐるみの前に片膝をつく。


 そして、包丁を構え手順に沿って呟く。


「……『<くま太郎>、見つけた』」


 手を振り下ろして、ぬいぐるみを一突き。縫うときに使った赤い糸がちぎれ、中に詰めた米と高野の髪の毛がはみ出てきた。


「ふふふ、く、くま太郎って…!あははは! おにーさんネーミングセンス無さすぎ!!」

 あからさまに煽ってくる少年を、高野はジトリと睨みつける。


 ――うっさい俺のネーミングセンスの無さは俺が一番知っとるわ!思いつかんかったからしゃーないやろ!!


 そう心の中で毒づきつつも声には出さず、高野は『ひとりかくれんぼ』を続けるため、台詞を続けた。


「『次は、<くま太郎>が鬼だから』」


 これで、ぬいぐるみが「鬼」となり、高野が隠れる番となった。


 立ち上がって出ていこうとした高野に、少年が声をかける。

「ルールは大丈夫だよね、おにーさん? ――"隠れ続けること"、"静かにすること"、"途中で止めないこと"、だよ? 破ったら、僕の勝ち。ね?」

「……おう」

「負けたら、ちゃんと約束守ってよ?」

「……お前もな」

 なんとなく、少年とは目を合わさずに、高野は浴室の扉を閉めた。



 高野は足早に家の中を進み、2階にある和室の押し入れへと入った。内側からふすまを閉めようとしたその時、


 ――ボーン、ボーン、ボーン

 

という音が部屋に響いた。


「っ?!」

 高野が音のした方向を見ると、そこには振り子時計が飾ってあり、時計の針は3時を指していた。


 ――ここから2時間、『ひとりかくれんぼ』をしなければならない。先ほどの振り子時計が5回鳴るであろう、5時まで。


 高野は震える自身の指先を見ないようにしながら、改めて、押し入れのふすまをぴったりと閉めた。

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