第1話 ムラサキカガミ

 暗く深いところに沈んでいた意識が、誰かに手を引かれるように浮上する。

 抗うことなく目を開けると、そこは自分の部屋――ではなく、真っ暗闇の中だった。



「…――え、なんやここ、どこやねん」

 彼、高野たかの あきらは、がばりと身を起こし周囲を見渡す。

 だが、右を見ても黒、左を見ても黒。何もない空間に、一人、高野は佇んでいた。


 他に生物がいる気配も音もなく、建物も道もない。


 明らかに異常な場所に居ることを認識するうち、高野の口元は引きつり、滝のような汗が噴き出してきた。

 ――まさかここ、あの世、ってコトぉ…??


「…い、いやいやいやいやナイナイナイナイ!!俺、超健康やし??この前の大学の健診オールAやったし???酒もたばこもやらんというか未成年やしぃ???死ぬような心当たりはありませんなぁ!!!!??」

 脳裏によぎった最悪の考えを打ち消すかのように、ぶんぶんと頭を振りながら捲し立てるが、一度浮かんだ悪い考えというものは中々消えない。

 

 高野は頭を抱えながら自分に言い聞かせる。――どう見ても現実世界じゃない場所だけど、きっと気のせい。心臓を逆なでされてるような不快感があるけど、それも気のせい。暗闇にぼんやりと紫色の光が見える気がするけど、それもきっと気のせい…


「…あ゛? 紫色の光…?」

 高野は眼鏡を掛けなおし、じっと目を細める。暗闇の向こうに紫色の物体が見えた。

 段々と近付いてくる物体。その輪郭があらわになった瞬間、高野の頭に、とあるウェブサイトを閲覧した記憶がよみがえった。


 ――都市伝説、近代から現代に広がったとみられる口承の一種、下記が都市伝説の一例で、


 ――…『ムラサキカガミ』、


「っああああああああああああああ!!!」

 迫りくる「紫色の鏡」から逃げるべく、高野は全力で駆けだした。


 そして冒頭に至る。




『ムラサキカガミ』に対抗しうる言葉を思い出すか、逃げ切るか。

 もしくは体力が尽き、『鏡』に追いつかれ、捕まってしまうか。


 必死に走っていた高野だが、文系大学生の体力などたかが知れている。徐々にスピードが落ち、足がもつれてきた。

「っ、ぜぇ、っは、~~クソがっ――」


 もうダメかとあきらめかけたその時、

「キュー!キュー!」

「っは?!」

 突然、聞きなれない動物の鳴き声が聞こえた。


 高野が足元を見ると、いつの間にか1匹のハリネズミが並走していた。


 なんでこんなところにハリネズミ?というかハリネズミってこんなに足早かった?と、疑問は尽きないのだが、その小さな姿を見ていると、高野の心に不思議と落ち着きが戻ってきた。そして、


 ――『ムラサキカガミ』に対抗する言葉は諸説あり…


 ウェブサイトの続きを思い出した高野はニヤリと笑う。


「―はっ、思いだしたわクソ鏡!! どれか当たるやろ『白い水晶』『ホワイトパワー』『ピンクの鏡』『水色の鏡』ぃいい!!!」

「キュー!!」


 高野は振り向き、目の前まで迫っていた『ムラサキカガミ』に、思いだせるだけの対抗ワードをぶつける。

 すると『ムラサキカガミ』の動きはピタリと止まり、苦し気に震えながら暗闇に溶けるように消えていった。




 ~~『ムラサキカガミ』攻略完了~~

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