大悪党時代

シンカー・ワン

悪漢乱舞

 西暦二〇XX年、人類は建前的な正義を失った。

 そして迎える、大悪党時代。


「キャーッ」

 荒廃した街。真昼だというのに人気のない通りに響く、絹を引き裂く乙女の悲鳴。

 脅える少女を取り囲むのは、いかにも悪人でございといった風体の男たち、モヒカン、ヒゲ、ソリコミの三人組。

「へっへっへっ、声上げたところでだぁれも助けになんか来やしねぇよ」

「そうそぅ、なんたって今は "大悪党時代" だからな」

「どいつもこいつもてめぇの身可愛さで、他人のことなんざ知らんぷりよ」

 下卑た笑いを浮かべながらモヒカンたちが少女へとにじり寄る。

 一気に襲いかかったりしないのは恐怖を募らせ心を折るという、悪党としてのお約束を守るためだ。

「ほら、逃げてもいいんだぜ」

 そう言いながら囲みの一部を開け、わざとらしい隙を作る。

 わずかな希望を抱かせ、絶望へと墜とす。これもまた悪党のお約束だ。

 大悪党時代の悪党たちは、悪党ゆえの矜持をもって悪事を働くのである。

 それは国家を掌握する巨悪から、街角のチンピラに至るまで貫かれた絶対のルール

 この時代に生きる少女にも悪党たちのルールはわかっている。

 だが万が一の奇跡を求めることを悪党たちも否定してはいない。

 運命に抗う少女。気持ちを奮い立たせ作られた隙間を抜け出し走る。

「そう来なくっちゃあなぁ!」

 少女がお約束に乗ってくれたことに心底嬉しそうな顔をしてモヒカンが叫ぶ。お仲間も同様にいい表情だ。

 男たちの脚力ならば即追いつけるだろうに、絶妙の距離を保ちながら後を追う。

 簡単に追いつくような野暮はしない。それもまた悪党の流儀だ。

 わずか数分の逃亡劇ののち、ついに力尽きた少女が足をもつれさせ地に伏す。すんなりと追いつく三人組。

「ゲームセットだなぁ」

 下心丸出しの笑み浮かべつつ、内心「ナイスファイト!」と少女の健闘を称えモヒカンたちがにじり寄る。

 万事休す。少女は自身に降りかかるだろう凶事を思い身を縮こませ、悪党たちはこの先に訪れるはずの快楽のひとときに心ときめかせた。

 そのとき、猛々しくも凛々しい声が。

「そこまでだ!」

 声のした方向へと視線が集まる。

 荒れ果てた街角のがれきの上、地べたよりも一段高いところで、わざとらしいポーズを決めて男がひとり立っていた。

 そこそこに鍛えられた肉体を包む革ジャンに革パンツ、頭にはバンダナを巻き、ティアドロップフレームのサングラスをかけたいで立ちの、これまたお約束な風体をした若者だ。

 危機一髪の状況下、助けが現れるいうとてつもなく美味しいシチュエーションに興奮を隠せないうわずった声音でモヒカンたちが叫ぶ。

「誰だ、てめぇ?」

「俺らを誰だかわかってんのかぁ?」

「名ぁ乗りやがれ、えぇ?」

 嬉々としつつ精一杯のドスを利かせての問いへの返答は、

「貴様らに名乗る名はないっ!」

 これ以上ないお約束だった。

「――やっちまえっ」

 嬉しさ大爆発の内心を必死に隠しながら三人組は、突然現れた名乗らぬ男に襲いかかる。

 大乱闘スマッシュアウトローズ。

 三対一の不利な戦況にもかかわらずあっさりと勝敗は決し、名乗らぬ男が圧倒。

 倒されボロボロのモヒカンたちだったが、その顔はやり切った感に包まれ実に満足気であったという。

「あ、危ないところをありがとうございました」

 絶体絶命の状況から救い出してくれた男へ駆け寄り、礼を言う少女。浮かぶは安堵の表情。

「なに、当たり前のことをしたまで」

 男は鷹揚にうなづいてからサングラスを外し、

「あんな奴らに渡すのはもったいないからな」

 獣欲にあふれたまなざしを向け、ニッコリと微笑んで言い放つ。

 少女の表情が凍り、間を置いて絶望的な悲鳴が上がる。


 世はまさに大悪党時代。

 悪党の上前を撥ねる悪党 "ナナシ" のお話、その一端でございました。

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