etc.03 エドワードの独白


 王の孫として、いずれ王位を継ぐ者として。

 エドワード2世・インヴァネスとして生まれた、僕の人生はすべてその為にあると思っていた。


 ーー君に出会うまでは。


 アイリーン。

 それは、顔も知らない婚約者の名だった。


 公爵家のたったひとりの令嬢。

 病弱だが聡明だという噂。

 既に亡くなっていると疑う声。


 一体どれが真実で、なにが嘘なのか。幼かった僕には、まだ判断できるほどの情報がなかった。


 だからこそ、彼女に会いに行くこともしたのだろう。


 今思うと、子どもとはいえーーいや、子どもでしかできないような、ずいぶん大胆な振る舞いだったと思う。



 なんせ、彼女の部屋に窓辺から忍び込んだのだから。



 だが、言い訳させてもらえるなら、ついそうしてしまう程の、不思議な引力をアイリーンがまとっていて、手を伸ばさずにはいられなかったのだ。


 あの日。

 彼女の部屋を仰ぎ見る庭先には入り込むことはできたが、本当に彼女が窓辺に現れるとは思いもしなかった。

 そして、……垣間見たアイリーンは、想像したどんな少女より可憐な少女だった。


 白銀の美しい髪。

 色白で人形のような整った顔立ち。

 ほっそりした体つき。

 知性の宿った紫がかった瞳。


 思わず自分の唇から言葉がこぼれ落ちていた。


「……君は妖精? それとも天使?」


 それとも、何かに幻を見せられているのか?

 呆然となっていたとはいえ、彼女のことを「本当に幽霊なのか?」と口にしていたらしいのは、大失態だった。

 よくアイリーンに嫌われなかったと思う。



 それどころか、こちらに気づいたアイリーンが、不審にも思わず自分を受け入れてくれて、なおかつあれ程楽しい時間をともに過ごせるとは。


 思いもしなかったこの出会いから、僕は逢うたびに、手紙を交わすたびにアイリーンに心許していくことになる。

 彼女のことを特別な相手と思うに、そう時間はかからなかった。



「……すごいな。君となら何でもできそうだ」



 その類まれな観察眼で、僕の出自を見抜いていたときには、そう感心する他なかった。彼女はすごい。僕にはないものをもっていて、それなのに少し自信がなさそうなのが不思議だった。


 きっと、彼女の魅力は歳を重ねるごとに増していく。


 自分にできることといえば、アイリーンの魅力ーーたとえばその博識さや、優美さや、曇りのない信念に劣らないよう、隣立つに相応しい存在となるべく、自分を磨くことに他ならなかった。


 それは彼女と出会う前と変わらぬ、王位を継ぐ者としての修練とイコールでもあった。


 なぜなら、アイリーンは王妃となる女性だから。

 彼女に相応しいというのは、つまり、優れた為政者となること。



「エドワードが目指す、さまざまな人の力を借りながら作っていく時代は、きっと安心してベットに潜り込む夜のように、温かくてほっとする時間になると思うわ」



 あの星空を見上げた夜に、彼女が言ってくれた言葉。それは宝箱から取り出すように、記憶からそっと大切に手にとるたび、僕の羅針盤となり、誇らしく心を照らしてくれさえした。


 彼女は公女。僕のように、王国のために生きる一人。時には息苦しく、重圧に押しつぶされそうになる瞬間もあるとしても、その生き方を望んで厳しい選択をするだろう、誇りを持つ為政者ま。

 つまり、僕が王子だからこそ隣にいられる相手ーー。

 もし僕が、叔父のように王位継承権を手放したとしても、アイリーンは『友人』ではいてくれるだろうが……。



 だからこそーー。

 そんな君と生きたいから。



 淡々といつか国王になるのだと歩んできた人生に、これまでにない喜びがもたらされたのは、他に言いようのない福音だった。

 この歩む道は、君が横にいる道。


 と同時に、己の人生や責務、アイリーンと誠実に向き合いたいからこそ、苦しみも味わうことにはなるのだがーー。

 それはまだ、しばらく未来の話。

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