第59話 舞踏会
あの暴動を未然に防いだ日からしばらく。
今日はエドワードと参加する、初めての舞踏会だった。
おそろいの淡いすみれ色の衣装には、特別なあしらいをしている。
実はこれも、遠回りしながら男爵領を救うことに繋がるはずなんだけどーー。ううん、それだけじゃなく、この国全体に役立つはず。
わたしだけでは力不足が心配だったけれど、こうして王子であるエドワードが一緒だから、参加する意義は大きい。
ええ、そう。
この衣装に興味を持ってもらうのは大事なことよ。
……つまり、それだけ注目されるということだけど。
とにかく目の前の舞踏会とは違うことを考えていないと、慣れないこの場に背を向けて家に帰りたくなってしまいそうで、わたしは高速で頭を回転ーー空回りさせて気を紛らわせていた。
父と参加した社交界は、慣れないわたしに配慮してくれたこぢんまりしたもので、他の参加者も父とごく親しい好意的な人々ばかりだった。
今回はーー今回は規模もなにもかもが桁違いなのだ。
扉の向こうからは、すでにざわざわと人々の声が響いている。
「緊張している?」
「……とても」
エドワードはふわっと笑った。
「大丈夫。僕がついてる」
組んだ腕は以前より頼りがいがあり、少しだけわたしの心も軽くなった。
「さあ、行こう」
「ええ」
一緒に会場へと足を踏み出す。
まばゆい光。
人々のざわめき。
しだいに明るさに慣れてくると、色とりどりのドレスの色彩が目に飛び込んできて、会場の熱気がわたしの肌を包んだ。
女性たちの視線がこちらを向いているーーきっとわたしではなくエドワードだけをーーと思って気を逸らす。
「まぁ!」
「美しい……」
緊張でうまく聞き取れなかったけれど、広間に集まっていた人々がなにか声が漏らしていた。
「エドワード殿下とご一緒されているのはどなた?」
「ほら、公爵令嬢よ! アイリーン嬢だわ」
ざわめきはわたしたちを中心に波及していく。注目を集めるのには慣れていないので、かなり恥ずかしい。
けれど、品位を失わないように背筋を伸ばし、微笑みを絶やさない。
これを幼い頃からエドワードは軽々とこなしているのだから、尊敬せざるを得ない。
そしてーー。
さっそく会場では次々と声をかけられ、そのたびにわたしたちの装いを興味津々に尋ねられた。
「エドワード殿下、アイリーン嬢、ご挨拶申し上げます」
「ああ」
「こちらが妻です」
「どうぞよろしくお願い申し上げます。それにしても、本当に素敵なお召し物だこと。とくに髪飾りや胸元にあしらわれている紫のお花が……」
「こちらですか? ありがとうございます」
わたしの企みは成功への一歩を掴んだようだ。にっこりと笑顔で応対する。
「珍しい花なので、いまはまだこの国でも公爵家にしかないそうですよ」
すかさずエドワードが後押ししてくれる。
都会のマダムたちは新しくて珍しいものに目がないのだ。
それが、高貴な立場の者が身につけ始めたとなればなおのことーー。
「まあ! いったいなんというお花ですの?」
「ご興味がおありですか?」
「実は妻もわたしも、最近は珍種を集めた温室づくりに凝っていましてな」
紳士が髭を撫でながら言う。
「左様でしたか。実はこれから、父が公爵家の商会に取り扱わせようかと申していたのです。よろしければ、何株かお分けいたしましょうか……?」
「それは素晴らしいね、アイリーン」
エドワードがもっともらしく言う。
「そういえば、この可愛らしい花は、それだけではない有用な秘密があるんだろう?」
「あら!」
「なんと、いったいーー?」
さらに紳士と夫人の興味をうまく引いてくれたから、わたしはあえてここでは焦らすことにした。
「殿下、それはまだ……。調べている途中ですの」
少し困ったように首を傾げて見せる。
紳士たちは身を乗り出し、声をひそめて尋ねてきた。
「そ、それは教えてはもらえないだろうか。いやはや、王家と公爵家のことだ。さぞ価値があるのだろうがーー」
目をらんらんと輝かせる彼らに、わたしとエドワードは視線を交わし、心の中で喝采をあげた。
「そうですね、貴方さまになら……。でも、まだ広くは知らせない情報なので、口外はお控えいただけますか?」
これこそが狙いだったのだ。
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