第54話 飢饉(2)


 その手紙を書きながら、わたしは久しぶりに頭の片隅がチクチクと刺激される感覚を覚えていた。


 これはなんだろうーー。


 なにかを思い出しそうな、それでいて思い出せない不快感。

 でも、一体なに?


 とても重要な出来事かもしれないし、どうでもいいことかもしれない。

 もしかすると、昨日ジェーンにお願いし忘れた、ディランとシンへの手紙の発送のことかしら?


 ううん。

 この感覚は違う。


 もっと昔のーー今のわたしからすると未来となる、一度目の出来事を思い出そうとしている時の、あの感覚だ。



 ーー歴史1603年、雪解けの月。



 なにかなかったかしら?

 わたしは久しぶりに、一度目の記憶を記しておいた日記帳を取り出すことにした。


 そこで目にした記述に、わたしは悲鳴を飲み込んだ。


「……もしかして」


 息を呑んでもう一度読み返す。




 この未来は……!


 ウィリアムが助かり、飢饉の対策もしたことで、すっかり起こらない未来と思い込んでいた事件だった。



 ーーこの春、王太子とお父さまは襲撃を受けて重篤な状態に陥った。



 それは、公爵領のとなりにある男爵領を視察に訪れた途中でのできごと。

 なんとか飢饉をしのいだ公爵家と違い、男爵家の領地では冬の間に多数の死者が出た。


 それは租税を……麦の徴収を免除しなかったからだ。


 王家からは、この年の麦の取り立ては免除するように言い渡されていたはずなのに……。


 領主は、むしろ収穫量が減ったことで価値があがった麦を、普段以上に厳しく取り立てた。


 自らの懐にしまい込むために。


 そんな施政を強いた領主を、当然のように農村部は憎んだ。

 春先になると小さな暴動が頻発し、隠しきれなくなってきた男爵領に、王家は視察を行うこととした。


 このころには王太子もウィリアムを失った痛手から少しずつ立ち直っていて、公爵であるお父さまを連れて向かったのだった。


 そろそろエドワードなら名代になれる年頃だったのだけれど、それは、ウィリアムを失ったばかりの王太子妃が激しく反対した。


 彼を目が届かないところへやることに拒否感が強かったという。




 お父さまも、わたしを置いていくことには積極的ではなかったけれど、最終的には王太子とともに男爵領に向かった。


 なぜなら、男爵領は公爵家と接していて、苦境から流民となった男爵領の民が多数こちらに流れ込んでいたからーー。


 食料が比較的手に入りやすい公爵家に救いを求めて。


 ……そうして、視察を行なった王太子とお父さまが襲撃を受けた。

 この二度目の人生で、その視察に行くのは……。



 ーーエドワード!



 わたしは凍りついた。

 彼が手紙に書いてくれたじゃない!


 待って、もっと詳細を思い出して。


 わたしは自分に言い聞かせた。


 あの一度目の事件で、お父さまは酷い手傷を負ったけれど、命は助かった。

 けれど、王太子は……。

 暴動に襲われて、命を失った。


 だから、いまの王の次に玉座に座ることになったのがエドワードなのだ。


 いま、その彼が、王太子が暴徒に襲われた場に代わりとして向かっている。


 わたしがウィリアムの生死を変えたから起こった変化だった。


「お願い! いますぐに馬車を手配して!」

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