第53話 飢饉


   ⌘ ⌘ ⌘


 記憶の通り、この年は不作によりどんどん高値を更新していった。


 秋は例年なら収穫されたばかりの穀物が最も安価で手に入りやすくなる時期なのに。


 王国のそこかしこで不安の声があがった。 


 そんななか、王都と我が公爵家の領地では、その不安は少ない。


 公爵家の領地は、もちろんわたしの進言をうけてお父さまが昨年多くの穀物を蓄えていてくれたから。


 王都はその前年の租税として召し上げられた麦の備蓄が豊富だし、王座の近くで暴動が起こらないよう、こういった飢饉の時には手厚く施しがなされる。


 しかし、それでも、王国全土で飢饉が起こりつつあるのは間違いない。



 特に打撃をうけるのは農村だ。



 本来なら麦を生産する農村がもっとも飢えないと思われるだろう。


 けれど、政治の力は状況を逆転させる。


 なにも農作物を生産しない都市部にこそ麦が集まり、市民はその日の食事を心配することなく暮らす。


 時には演劇を観て笑い、花を買い、暖かく暖炉がついた家に帰る。



 一方で、厳しく租税がかり立てられた農村には何も残っていない。


 育てたはずの麦もない。


 安く買い叩かれ、租税として奪い取られ。


 この冬に自分たちが食べる分さえ残らない。


 今年はなんとか保てるだろう。


 一度目の人生でも、一年目の被害はさほど大きくならずに済んだ。


 問題は来年から……。



 農村部では、この秋から租税の免除を訴える嘆願がさかんに行われるはずだ。


 まっとうに領地を運営している貴族たちは良い。


 その訴えに応じて、農村部が植えて暴動を起こさないように、租税の免除を行うだろう。


 けれど、この国でもその訴えに耳を貸さない地域があった。


 そこがたどった未来は思い出すのも辛い。


 わたしたち公爵家の隣、王家の領地に挟まれた、ある伯爵家の領地では……。


 このままでは、言葉にするのも苦しくなるほど悲惨な未来が待っている。


 ここから先、わたしにできるのは――。



   ⌘ ⌘ ⌘


 エドワードとは頻繁に手紙を交わしている。

 わたしたちは幼い。


 持っている権限も少ない。


 それでもできることはあるはずだと信じて、この状況でなにをすべきかを考え続けた。



ーーアイリーンへ



  君からの手紙で少し僕の心も救われた。

  今月が終わろうとしている。もうすぐ春だ。

  来月……雪解けの月には、もっとも冷害の被害が大きかった男爵領に視察に行く。


  父からは、君が公爵の名代として同行すると聞いた。

  体の調子は安定しているのかな。

  ならば、ともに公務ん果たせることを嬉しく思う。


  男爵領は、どうやら昨年、王家からおふれを出した指示に従わず、租税の軽減をしなかったようだね。


  本当は父が向かうはずだったのだけれど、僕ももう14となり、この度は正式に王家の代表として赴く。


  地域の様子を確認し、場合によっては領主へと厳しい指導を行うことになるだろう。

  農民が飢えるのは、すなわち暴動の前兆といえる。


  責任ある勤めを僕が果たせるよう、どうか信じて次の手紙を待ってほしい。



    エドワード







ーーエドワードへ



  大変なお役目に労いの言葉を。

  いつか、あなたのような君主をいただけるこの国は幸せだわ。


  夏に会った時に話した馬鈴薯(ポテト)は思った以上の作物で、公爵領はこの冬も来年の心配もなく暮らせると、胸を撫で下ろしているところよ。


  ついに王太子さまの名代でもなく、エドワードとして公務に就くのね。


  その立派な姿をこの目にできるのが嬉しくてならないわ。


  わたしも明日には男爵領に向かって出発する予定。

  この手紙よりも先にあなたに会ってしまうかもね。


  同時に、きっとあなたは素晴らしい成果を残すだろうと信頼している。

  わたしはあなたほど民を思う人を知らないから……。


  どうか体にだけは気をつけて。男爵家の領地は、わたしの暮らす公爵家の隣だから、急げば丸一日で着いてしまうわ。


  当日は領主の館で落ち合う予定と聞いています。

  今回はこの手紙にその気持ちを込めておきます。


  また次に元気に会う時に。



    アイリーン

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