第52話 新たな一手(2)
「お父さま、どうかお願いです。この馬鈴薯(ポテト)を公爵家の権限で、できるだけ領地の農地に植えるよう指示を出させてください」
必死の思いが伝わるだろうか。
だが、懸念もあった。
わたしが16歳でこの植物を知ったのは、帝国での栽培が推奨されたニュースを見たからだった。
けれどそれは『帝国政府が推奨しなければ、栽培されない植物だった』ということも意味していた。
これだけ有益なものなのに?
そう16歳のわたしも疑問に思った。
それは最初にこの馬鈴薯(ポテト)が広がったときの不幸のせいだ。
この根を日に当てると毒が生まれる。
帝国では、馬鈴薯(ポテト)が持ち込まれたごく初期に、日に当たって発芽した馬鈴薯(ポテト)を食べてしまった貴族がいて、ひどく苦しんでたうちまわった末に亡くなった。
それを見た人々の口から「呪いの作物だ」と根拠のない噂話が広まってしまったのだ。
誰だって、死ぬかもしれないいわくつきの食べ物など口にしたくない。
それくらいなら、薄い麦粥で済ます。
空腹は耐えがたい苦痛だが、死よりはマシだーー。悪い印象が広まってしまった後では、馬鈴薯(ポテト)を広めようとしても苦労が大きいのは事実だった。
人は最初にすり込まれた認識を正しいと思う。
その考えが覆るには、一説によると、最初に記憶したときの7~8倍の訂正を受ける必要があるという。それだけ、最初の印象というのは大切なのだから……。
帝国が一度染みついた「呪いの作物」という印象に苦戦したのもわかる。
さらに、見た目もあった。
いきなりこの灰色の無骨な見た目の”根”を、麦の代わりに育てて食べろと差し出されても戸惑う気持ちもわかる。
実際、掘り出した瞬間は、わたしでさえ疑問に思ってしまった。
この岩のようなものが食べられるのか、分かっていても見慣れないと戸惑ってしまうのは仕方がない。
だからこそ、馬鈴薯(ポテト)を初めて見た国民が、すんなり抵抗なく食べるとは言い切れない。
だから、お父さまには調理済みの馬鈴薯(ポテト)を食べてもらってから、その正体を明かしたのだけれど……。
じっとお父さまの言葉を待つ。
「アイリーン」
「はい、お父さま」
「お前の提案を受け入れても良い」
「本当ですか!?」
「ーーだが条件がある」
わたしはごくんと唾を飲みこんだ。
一体、どんな条件なのだろう。
「1つ目に、この植物についての共同研究者だろうディランを片腕として、彼にも普及のために働かせなさい」
「わたしたちがしていた研究を、お父さまは知っていたのですね……」
「詳細までは関知していなかったがな。お前達が頻繁に文のやりとりをしていたのは認識していた。わたしも彼と情報交換をしているしな」
たしかに、この植物についてはディランとわたし、二人で調べを重ねていた。
わたしは植物の研究になど慣れていなかったから、1年もせずに馬鈴薯(ポテト)の生態や利点をまとめあげられたのは、以前からこの植物に興味をもっていたディランがあってこそだった。
彼と手紙でやりとりしながら、細かく観察したり、疑問を伝えたりするのは面白かった。
土を変えてみたり、日当たりを変えてみたり、「こうしたらどうなるだろう?」と考えて工夫を繰り返すのは地道な作業ではある。
それでも、予想した通りに結果が出ると、とびっきり難しいゲームに勝利したような気持ちよさがある。
ディランが未知の植物の発見や研究に魅了されるのも、少し分かった気がする。
「そのうえで、今回のお前からの熱烈な提案(プレゼンテーション)だ。たしかにわたしの娘は賢いが、これほど短期間で未知の植物の特性を掴み、父に正体を隠して食べさせることを思いつくとはーーディランの入れ知恵もあったのだろう?」
「おっしゃる通りです……」
なにもかもお父さまに見透かされていたようで、少し恥ずかしくなって頬を染めた。
ディランからは、”根”を見せる前に、まずは一緒に食べてから話を始めると良いとアドバイスをもらっていた。
わたしには一度目の人生の知識はあったけれど、その分、この無骨な見た目を見せた後で、お父さまが受け入れてくれないのではないか?という不安があった。
その悩みを相談したところ、あっさり解決策を提案してくれたのがディランだった。
「聞くところによると、ディランは書物の執筆に少々飽きてきているようだ。馬鈴薯(ポテト)についても書物に載せるのだろう? そのうち自分で直接栽培状況を観察したくなってくるはずだ」
まさしくその通りだった。
手紙のやりとりの中で、ディランはすでに公爵家の庭を直接見たいと、何度も書き記していた。
今はまだ出版部門の商会員にせっつかれて、机にかじりついているらしいけれど……。
「そのうち、息抜きだと言い出してどうせ各地を飛び回るのだ。旅のついでに馬鈴薯(ポテト)の扱いについて彼から農家に指導させればよい。各地を任せている領主には、ディランの指導に従うよう、事前に通達を出しておこう」
「…………」
「公爵家の庭を使っての研究なのだから、半分はお前が主導したのだろう?」
「その通りです」
ふむ……とお父さまはしばし考え込んだ。
そして、わたしには聞き取れない小さい声で、
「ーーディランは植物には興味があっても、政治的の利用までは考えない。これだけのスピードでの研究……まるであらかじめこの植物が飢饉の対策に役立つと知っていて、その根拠を固める為にしたような……まさかな」
と、なにかを呟いた。
「え? お父さま……? すみません、うまく聞き取れませんでした」
「ーーいや、今はいい」
お父さまは首をふった。
「いずれにしろ、ディランを頼りなさい。彼はお前の体を救う手立てを見つけてくれた男だ。わたしもやりとりしていて、一定は信頼している」
「かしこまりました」
しっかりと胸に刻む。
一つ目の条件は、わたしのことを思うとともに、ディランという専門家を頼ることで、より目的を確実に達するためのものだった。
続けて、お父さまが口を開く。
「二つ目にーー」
そして、お父さまから提示された条件に、わたしは目を見張った。
⌘ ⌘ ⌘
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