第51話 新たな一手


 しばらくすると、ジェーンは皿に歪な丸い形の何かをのせて戻ってきた。


 真っ白いそれは、ほかほかと湯気を立てている。


「ありがとう」


 皿をお父さまとわたしの前にそれぞれ置くと、ジェーンはその隣にオリーブオイルや塩を並べた。


「これは?」


「ふふふ。お父さまにも試食いただきたいのです」


「ふむ」


 お父さまは片眉をあげて、わたしの顔を見つめ、意図をはかろうとした。


 わたしはさっそく皿のうえの白い塊を一口の大きさに崩す。


 しっかりと火を通されたようで、力を入れなくてもホロリと割れた。


 そっと口に運ぶ。


 ふわっとした湯気とともに食欲をそそる匂いが鼻に届いた。


「わ、わっ、熱い……」


「お嬢さま」


 ジェーンが慌てて冷たい水をグラスに注いでくれた。


 わたしは「大丈夫」と目線で感謝を伝えながら、もぐもぐと咀嚼する。


 ほろほろっとほどける柔らかい食感が優しい。


 味付けはシンプルだったけれど、素材の甘味が塩で強調されて口の中に広がる。


「美味しい……!」




 ごくんと飲み込んで前を向くと、ちょうどお父さまも口に含むところだった。


「おお……」


 あまり顔に大袈裟な感情をのせない人だけれど、お父さまは目元を綻ばせた。


「柔らかいな。それに、塩だけでもいくらでも食べられそうだ」


「ふふっ。これは特にできが良いものなんです」


「しかし、これは一体なんだ? 初めて食べる味だが……」


「もうすでにお父さまも知っているものですわ」


「はて……。思い当たるものはないが……」


 お父さまは首を捻った。


「強いていえば、味は麦のような仄かな甘味があるな。だが匂いは根菜のような土を感じる香りもある。ーーそれにかなり腹に溜まりそうだな」


 わたしは頷いた。


 お父さまでも三つ食べれば満腹になるだろうし、わたしらひとつを平らげるのもやっとだ。


 とても好意的に受け止めているお父さまの様子を見てほっとする。


(これなら、きっと上手くいくわ……。彼(・)にアドバイスを貰えてよかった)


 もう一度ジェーンにお願いして、この正体を持ってきてもらうことにした。


「今お食べいただいたのは、これなのです」


 扉が開いて、庭師の手で持ち込まれたものを見て、父は目を見開いた。


「これはーー」




   ⌘ ⌘ ⌘




 目の前に持ち込まれたのは、ディランが見つけたあの紫の花が咲く植物だった。


 これは庭師に頼んで、部屋に運び込めるように鉢に植えてもらったもの。


 庭師は床を汚さないよう、布を広げた上に鉢を置いた。


 今は季節を過ぎてしまったので、だいぶ葉がしょんぼりと力を失い、色味も黄色く枯れてしなだれている。


「これが……?」


「はい。正確に申し上げれば、この植物の根(・)にできる部分です」


 わたしが合図すると、庭師は根本から思い切りよく植物を引っこ抜いた。


 それまで土に埋もれていた部分。


 軽く土を払うと、ゴロリと手のひら大の茶色い歪な丸い物体が、いくつも細いひげ根に絡みつつ掘り出された。


「この丸い部分がーー別大陸では麦に代わる主食とされている、馬鈴薯(ポテト)です」


「馬鈴薯(ポテト)……」


 無骨な茶色い塊を見て、お父さまは小さく呟いた。


 そう。


 この芋こそ、これからやってくる飢饉を変えるほどの力を持つものだった。




 寒さや日光不足に弱い麦に対して、それらを物ともせず、もし畑が踏み荒らされたとしても土の中で育つ生命力の強さ。


 麦に代わって、腹を満たし、毎日食べられる食材。


「今は泥だらけですが、洗って薄い皮を剥けば、このようにクリーム色の身がでてきます」


 わたしは再び皿に目を落とした。


「今日お出ししたのは、この馬鈴薯(ポテト)を蒸したのものです」


「ほう……」


「癖がないぶん、さまざまな味付けが合いそうだな」


「はい。揚げても良さそうですし、柔らかくミルクと煮て、スープにしても良いのではないかと、シェフも言っていました」


 調理法もさまざまで、料理の仕方によっては満腹感も出るし、胃を痛めている時だってスープにすれば麦がゆの代わりにもなる、幅広さも魅力だった。


 それに、さらにもう一つ重要な特徴がある。


「この芋は、昨年の冬にディランが持ってきてくれたものを、わたしの部屋から見える庭にできる限り多く植えてもらいました」


 植えたのは雪解けからすぐだった。


「冬の終わりに植えて、実は春の終わりには一度収穫しているのです」


「……今この目の前にあるのは……?」


「収穫したあと、また初夏に植えて、今この秋に収穫期を迎えた苗です」


「短期間だな……!」


 その通りだった。


 それに対して、麦は約一年の時間がかかる。


 秋に種を蒔き、春になったら麦踏みや雑草を刈り、夏に収穫を迎える。


 刈ったあとも、脱穀をする必要があるし、パンにする小麦なら挽いて粉にしなければならない。


 なかなか手のかかる主食ではあった。


 それにくらべると、馬鈴薯(ポテト)は優秀だ。


 いつ植えたとしても三カ月程度の期間で収穫できてしまう。


 圧倒的に育成のスパンが短く、さらにはただ泥を落として加熱するだけで食べられる。


 あらゆる点で飢饉に強い作物だった。


「いま食べたのは春の終わりに収穫したものです。皮を剥かずに日の当たらない涼しい納屋に置いておけば、萎びたり腐ったりせず、日持ちもすることがわかっています」


 それもまた、未来に帝国で推奨された理由なのだろう。


「さらに、いくつかの土地に植えてみてわかったことですが、馬鈴薯(ポテト)は他の野菜が育たないような痩せた土地でも育つのです。ですから、麦が育たないような場所にでも植えておくことができるでしょう」


 わたしはしっかりとお父さまの目を見た。




—————————————

長らく更新が滞ってしまいました。

ここからは毎日18時に一旦の完結まで投稿します。

よろしくお願いいたします。


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